第82話、桃太郎、幻想塔ダンジョンを目指す
火鼠の裘は、ゴールド・ボーイたちに任せるとして、残るは、蓬萊の玉の枝と、燕の産んだ子安貝の二つだ。
「でー、どっちから行く、カグヤ?」
オレとしちゃ、どっちからでもいいんだが。
「近い方」
カグヤはブレないご様子だ。回りくどいのあんまり好きそうじゃないから、近い方を選びがちだ。無駄が嫌いなんだろうな。
魔法の鏡に聞いたら――
『幻想塔ダンジョンの子安貝の方が近いです』
まあ、そんな気はしていた。蓬莱の玉の枝のほうは、海の底だから仙人世界とか、ちょっと遠そうだったし。
スキーズブラズニルに乗って、いざ幻想塔ダンジョンとやらへ! ……で、幻想塔ってどんなところ?
『地下100階層あるダンジョンです。フロアごとに転移で行き来するため、下るダンジョンでありながら登っていくところもあります』
「へぇ……何か複雑そう」
でも内心では、ちょっとドキドキしてる。やっぱ冒険者やってるからには、ダンジョン探索は華だよな。
「まさかと思うけれど」
カグヤが問うた。
「目当ての子安貝は最下層とは言わないわよね?」
『燕の産んだ子安貝は、絶壁の巣、ダンジョン44階層にあります』
44階層。半分とは言わないが、結構いかないといけないな。
太郎が口を開いた。
「そのダンジョンって、最深部まで踏破されてる?」
『いえ、現在73階層まで解放されています。一定の階層に転移部屋があるので、解放されている階層の間で、ショートカットが可能です』
それって、全部クリアしていかなくても、目的の階層かその近くまでパスできるってことか? エェ……。
「よかった。全部通らないといけないかって、目眩がしそうだったから」
「カグヤァ……」
つれないこと言うなよー。楽しもうぜ、ダンジョンだぞ。
「目的のものを手に入れたらね。その後は自由に冒険すればいいわ」
カグヤさんはドライだ。ロマンがねぇよ。オレたち冒険者だろ?
「ちなみに、44階層まで最短の転移部屋は?」
『一番近いのは45階層ですが、このダンジョンは転移以外で階層戻りができないため、44階層への最短は41階層の転移部屋になります』
41階層。ショートカットしても4階層ぶんは歩いていかないといけないわけだ。
「ダンジョンとしては40階層辺りって中盤だろう? やっぱモンスターとか、そこそこなのか?」
『……』
魔法の鏡がだんまりである。これはオレの聞き方が悪かったか。そこそこなのか、でクソ真面目な魔道具さんは答えに困ってしまったかもしれない。
カグヤが呆れ口調になる。
「モンスターの強さなんて、ピンからキリでしょうよ。比べられないわよ」
「そりゃそうだ」
とはいえ、気になるじゃん。太郎を連れていっても大丈夫なのかってことはさ。イッヌやサルは心配していないけど。
・ ・ ・
スキーズブラズニル船内。大きさを変えられる神様用に献上された船だけあって、中も可変式となっている。当然部屋があって、それぞれ個室を使える。
そんな中、カグヤは自室にいた。ダンジョン近くにつくまでしばし仮眠をとろうと、ベッドに入ろうとしたら来客があった。
「カグヤさーん、いらっしゃいますかー?」
「あぁ、お鶴ちゃん、どうしたの?」
「あ、お休み前でしたか?」
「決まった時間に寝つけないからね」
呪いの影響なのかはわからないが、普通に夜に寝るというのが難しいカグヤだった。案外眠れる時もあるのだが、夜は中々寝付けず、気づけば昼間だったり、夕方だったりと不規則な睡眠をとっている。
眠れないわけではないので、睡眠量は充分なのだが、不規則さが祟って、余計に夜に眠れなくなる悪循環には陥っている。
閑話休題。
「それで、何かあった?」
「ちょっとご相談がありまして」
「なによ、改まって」
カグヤは先を促す。
「実は前々から気にはなっていたんですよ。太郎クンのことで」
「……というと?」
「彼も、前世持ちだったみたいじゃないですかー」
「そうかもね。ただ、本人も思い出せないようだけど……」
それで、何が聞きたいのか。
「太郎クンの前世、何だったんでしょうね」
火鼠討伐の時の圧倒的な大魔法。生まれて半年程度にも関わらず、人間のそれより遥かに早い成長速度に、魔法の才能。
「アレ、絶対に普通の人間とは違うと思うんですよ」
「聖杯の影響かもでしょう」
人間離れした成長速度や力も、聖杯の力を授かったからかもしれない。
「そうなんですけど、そうじゃないかもしれないじゃないですか。……その辺り、はっきりさせませんか?」
「……」
あまり人の過去とか、まして前世とか探ってどうにかなるものでもないと、カグヤは思った。大体、好奇心の影響で、実際に前世を知ったからどうだという話でもある。
「そもそもですね、人が桃から出てくるというのもおかしな話です」
「桃ちゃん曰く、昔話の桃太郎では、川から流れてきた大きな桃から生まれたそうだけど」
「昔話は、ですよね? 実際の桃ちゃんさんは、普通にご両親から生まれたって話ですし」
――お鶴ちゃんって案外グイグイくるわね……。
少々呆れるカグヤだが、それに気づかず彼女は言った。
「それでですね。当人である太郎クンも憶えていないので、魔法の鏡に聞いてみようと思ったんですよ」
「えぇ……。それ、桃ちゃんがメッチャ怒るヤツよ?」
魔法の鏡に頼り過ぎるのはよくないと口を酸っぱくする桃である。現状、聞いたほうが早い、考えても時間の無駄案件の場合は使ってよし、ではあるが、必要のないこと、知らなくても問題ないことまで鏡に頼るのはよくないとされている。
――そもそも、その前世が、私たちにとってあまりよろしくないものだったらどうするの?
前世がどこかの神様だったーとか、悪魔でしたーとなった時、つきあい方を変えるのか? 知る前と同様、太郎は太郎として付き合うことができるのか?
レグルシ王子がカエルから戻れるのか、という問いを鏡に聞こうと提案された時、桃は説教したのだ。もし『戻れない』という答えがきたら、それに責任持てるのか、と?
「世の中ってのは知らないほうがいいこともあるわよ」
カグヤは言った。
「別に知らなくたって死にはしない。私にとって太郎は太郎。そのままの関係でいたいから、探らないほうが誰にとっても幸せだと思うわ」
触らぬ神に祟りなし、である。しかし、彼女は納得いっていないようで、うーんと唸っていた。




