第78話、桃太郎、鏡の件で説教する
魔女アルチーナは力を失った。
魔法の宮殿もまた、彼女の魔力が作り出したものだったらしく、みすぼらしい廃墟の宮殿跡のみが残った。
アルチーナを捕虜にしたはいいが、問題は一つ。この島で、彼女の魔法の犠牲になった百人近くの男たち。
半分が討伐隊だったが、残り半分が魔女の誘惑と誘拐で連れてこられた美形男子。
「おおっ、モモ様、あの魔女から救い出していただき、ありがとうございます!」
「お美しいカグヤ様! どうか、私めと結婚を――」
「お鶴殿、どうか! 僕と――」
魔女によって動物や植物に変えられていた勢が、感謝もあるのだろうが、うぜーの何のって。気持ちはわからんでもないが、ノーサンキュだぜ。
しかし、そんな野郎たちを、大陸へ届けないといけない。何せ、ここは孤島。魔女の力が失せたことで、何もない島だから、このままだと帰れないわけだ。
スキーズブラズニルがあってよかった。折り畳みのこの船、大きさを変えられるおかげで、百人以上乗っても大丈夫なサイズにできた。
さすがドヴェルクが神様の依頼で作ったという船だ。ただ空を飛ぶとなると、また余計な話題になりそうだったので、海を行く普通の船として航行させた。
ま、それでもマスト一つ、風が勝手に押して進むことができるという、今でも充分チートな船だったけど。
さっさと島から国の海岸まで進んで、魔女の犠牲者たちを上陸させて解放した。
「じゃあな、お前ら元気でな!」
「モモさんたちは、どうするので?」
大半が降りる中、何だかオレたちについてこようとしている気配を感じた者たちがいたので、丁重にお断りする。
「ちょっと島に忘れ物したから、取りに戻るんだよ。じゃあな!」
さっさと船を出して、島へターン。面倒は御免だ。
「ありがとうー!」
「ニューテイルに敬礼っ!」
討伐隊だったという者たちが、見送りしているのが見えた。お前たちも、故郷に帰って家族を安心させてやんなよー。
「――で、何を忘れたの桃ちゃん?」
カグヤが聞いてきた。
「別に忘れてねえよ」
ただの口実ってやつ。ただ、まあ――
「あそこで黄昏てる奴はいるみたいだけどな」
カエルの王子様が、水平線を見て落ち込んでいる。背中が泣いてるぜ。
「アルチーナ婆さんが何か知っていないかなぁ……」
「魔法の鏡が言った解決法は一つだけなのよね?」
「異性とベッドで一晩だってさ。……もちろん性的な意味で」
誰が好き好んで、モンスター扱いのカエルと同衾するかっての。世界中、探しても、そんな奇特な女はいないぜ?
「そうかしら? 世の中、爬虫類好きな女性もいるわよ?」
「カエルは両生類だ」
そりゃ童話のカエルの王様では、お姫様が約束を口実にカエルとしたらしいけどさ、現実にそれは……ねえだろう。
「魔法の鏡に聞いてみる?」
「カグヤ。何でも鏡に聞こうとするのは、よくないぞ」
ほんと、役に立っているからガチで依存しかかってる。ヤバいぞあの魔法のアイテム。
「絶対、聞いたほうが早いと思うけど」
「かもな。……で何を聞くっていうんだ? カエルと寝てくれる女を探すってか?」
それで見つかったら、その女性のところまでカエルの王子を連れて行ってやると?
「あー、えっと、桃ママ?」
太郎とイッヌが、オレたちの会話に入ってきた。
「その件なんだけど、僕、聞いちゃったんだ……」
「何を?」
「その……王子様と寝てくれる女性がいるかについて」
これを聞かされた時のオレの心境、誰かわかるか? 思わず天を仰いだね。でもオレは怒鳴らなかった。怒鳴っていてもおかしくなかったけどな。
「で、結果は?」
「素面でフロッグとどーきん、してくれる女性はいないって」
「だろうな。よかった」
その答えにオレは心底ホッとした。太郎は続けた。
「それで考えたんだけど、王子様が元の姿に戻れるか、鏡に聞くのはどうだろう? 戻れたのなら、その方法を聞けば――」
「太郎」
オレは、それを遮った。
「それは駄目だ。それはやっちゃいけない」
「桃ちゃん?」
「桃ママ?」
カグヤも太郎も、キョトンとする。オレは、自分でも強い口調になっているのを感じたが続けた。
「いいか、それは未来を知ることだ。そしてその未来に強制されることを意味する」
「……」
いまいちわかってないって顔だな。オレも今ので言いたいことがきちんと伝わったか疑問だったけど。
「あの鏡の言うことは、真実だろうよ。だがそれを知って、その通りに動くのは、自分たちが思考することを辞めて、鏡の奴隷になるってことなんだよ」
「奴隷って……桃ちゃん、言い方」
「違うとは思ってねえよ。何かをやろうとした時、鏡は無理だという答えを出したら、その時点で努力もしなくなるだろう? だってやっても無駄だから。でも人間って、それで諦められるものでもねえ」
物によってはすっぱり諦められるものもあるだろう。懸命にやったけど、どうしても駄目で、踏ん切りをつけたいから聞くってならわかる。だがやる前から答えを知って、過程をすっ飛ばすのはよくない。
「明日、太郎が死ぬって鏡が言ったとして、オレは、はいそうですかって、諦められない。何か手はないか探すだろう。でも答えを知っちまった。悪い想像は拭えない。そして死ぬとわかってその最期を迎えたくないのに、その時がきてしまう絶望――」
もしよ、鏡に、レグルシが元に戻れるか聞いて、『戻れない』なんて答えがきたらどうするよ? お前ら、それに責任持てるのか?
「本人のためと思ってやった行動が、必ずしもその人のためにならないことってあるもんだ」
他人にことだから、気軽に聞こうって気持ちない? そんないい加減な気持ちで、人の人生を無理やり知ろうとしてない?
だから……あぁ、くそ、上手くまとまらない。オレ自身、頭の中がグチャグチャになってきた。
「とにかく、魔法の鏡に頼るにしても、その質問の仕方に注意が必要だ。安易に、軽はずみに使うものじゃないし、もしそう使うなら内容もまた軽いものであるべきだ。使うなら、慎重に、間違いがないように使わないといけないものなんだよ」
便利なものは、いいこともあれば悪いこともある。諸刃の剣ってやつだ。反動もまたでかい。白雪姫での鏡の持ち主も、鏡を盲信した結果、身を滅ぼすきっかけになった。
「そこまで考えてなかったわ」
カグヤが肩を落とした。
「便利な道具だから、軽くみていた……」
「僕も」
消え入りそうな声で、太郎は言った。
「ごめんなさい……」
「……わかってくれればいいんだよ。別に怒ったわけじゃねーし」
イラっときたのは認めるけど。それにレグルシの件は、帰って国王陛下にご相談案件。いっそ任せてしまってもいいだろう。オレらの依頼に王子様を元に戻して、はないし。
なんなら、アルチーナ婆さんが責任をとって、カエルと同衾するという手もある。婆さんは美女に化けられるから、そこは誤魔化してもらって――いや、やめよう。オレは知らない、うん。




