第76話、桃太郎、魔法の宮殿を目指す
アルチーナの島には、彼女が根城にしている魔法の宮殿がある。
島の中央には山があって、宮殿はその東側、断崖絶壁の上に建っている。スキーズブラズニルで島に乗り込む時も見えていたんだけどな。
「如何にも魔女の城って感じだな」
「城の一部が断崖というのは、守備面を考慮するなら間違ってはいないんですけどね」
お鶴さんが言えば、カエルのレグルシも宮殿を見上げつつ口を開いた。
「断崖方向は、空でも飛ばなければ攻められないからな。防衛拠点として見るなら、守備面を反対側に集中できる」
攻められやすい場所に守備隊を向けられるってことだ。つまりは、オレらが目指す宮殿の門とかな。
スキーズブラズニルは島の南の浜辺に着陸する。城は中央から東寄りだけど、あまり近づくと直接宮殿から攻撃されるって魔法の鏡さんの忠告だ。……魔法の鏡、本当ヤバいな。全部こいつに頼り切りになりそうで、駄目だった。
魔女アルチーナを捕まえるために、色々魔法の鏡に確認したけど、何をするにしても鏡依存しそう。白雪姫でのお妃様が、魔法の鏡にべったりだったのが、お察しのレベルである。
スキーズブラズニルを折り畳んで収納して、オレたちは魔法の宮殿に向かった。
「悪趣味の極みだわ」
カグヤは口を尖らせた。
「この島にいる動物だけでなく、植物も元は人間だったって話でしょう?」
「迂闊に花も摘めないな」
動物や植物に変える。恐ろしい魔法だ。
そんなことをする魔女に対策で挑むのは無謀の極みってやつだ。だから、これまで討伐や捕縛が上手くいかなかったんだろう。
こっちは反射魔法をカグヤにかけてもらって、変身魔法に対策してきた。……いてくれてよかった魔法の専門家。
徒歩で宮殿を目指すルートの場合、最初にやってくるのは――
「来たぞ、オークの兵隊だ」
かつて島に乗り込んだ騎士や雑兵の成れの果て。武装したオーク兵士がドスドスと向かってくる。
太っちょ体格の豚亜人だが、あれでそこそこ足が早く、人間に比べて一回り体力や力が強い。魔法を使ってくるタイプではないが、個々の戦闘力は、むしろ人間の時よりパワーアップしている。
単独でも中々面倒なオークだが、それが集団ともなると非常に厄介だ。まともに戦えば、力でも押される。
が、オーガに比べてしまうと格が落ちるけど。
「いいか、あれも元人間。一応助けてやる予定だから、殺すんじゃねえぞ!」
特にイッヌやサル。お前たちが本気出したら、オークだって一発だもんな。
「カグヤ、頼むぜ」
前衛のオレたちが下がり、カグヤが前に出て『妖光』の魔法を使う。
月の妖しい光で、戦意を喪失する魔法で、向かってくるオーク兵士を、骨抜きにする。あっという間に脱力し、肩の力は抜け、膝が折れる。
殺さずに無力化する――さすが帝の兵隊も、流血なしに無力化した月の魔法。
オーク兵士がその場にへたり込んで動けなくのをよそに、オレたちは先を進む。ここはアルチーナの島。魔女と、その部下になっているオーク兵士以外に、オレたちに敵意を向けるものはない。
途中で鹿やイノシシを遠巻きに見かけたが、あれも元は人間なんだろうな。
さて、しばらく歩いて、魔法の宮殿――アルチーナの城の前に到着した。
「てっきり門を閉めていると思ったが、開いてるのな」
おかげでこっちは、侵入できるけど。
「罠ではないか?」
レグルシが警戒感を露わにした。そうだろうよ。鏡さんの話じゃ――
「魔女さんは、女が来るのを酷く嫌うらしいからな。さっさと罠にはめて、オークの餌にしたいんだろうよ」
性的な意味で。操っている兵士がオークなのも、捕まえた女騎士さんの精神をぶち壊すためなんだそうな。
なお、必ずしも女だから暴行するわけではなく、そこらの動植物に変えて、玩具にしたりもするらしい。
どちらになるかは状況や気分で変わるらしいが、まあ罠にはまって捕まるようなことになったら、ろくな目に合わないのは確定している。
「ま、こちらは魔女を捕まえないといけないから、進むしかないんだけどな」
ちら、とオレは太郎を見た。
「悪いが、お前はオレたちのお守りだ。皆の真ん中にいてくれ」
「うん」
イッヌの背中に乗った太郎が頷いた。
アルチーナは、女に冷たい反面、美形の男には優しい。子供とはいえ、中々イケてると思う太郎がいる状況で、まとめて攻撃するような魔法や罠は使ってこない――というのが魔法の鏡さんの意見。その特性を利用させてもらう。
お鶴さんが口元を緩める。
「もしかして、太郎クンがいるから、門を開けてくれていたりして……?」
「かもな。うちの太郎はイケメンだ」
「やめてよ、桃ママ」
照れるな照れるな、お子ちゃまが。
オレたちは宮殿内に足を踏み入れる。はい、オーク兵士の団体さんがお出迎え!
「カグヤ!」
「妖光!」
柔らかな月の光で脱力しろ。オークたちはたちまち戦意を喪失する。はい、ちょっと通りますよー。
そんな調子で、魔女の元へ。中は豪華絢爛、どこのお貴族様の屋敷と思うくらい金の装飾が見られた。漆喰の壁とか、磨かれた石の床とか、一見すると綺麗ではある。
魔女のいる主の部屋は上の階ということで、次の階への階段を探して、一階ずつ上がっていく。
「ここは通さないよ、侵入者」
おっとオーク以外のものが出てきた。どこぞの騎士らしい精悍な顔つきの男たちが三人。ほーん、これが今のアルチーナのお気に入りの男か。飽きたら動物か植物にされてしまうとも知らずに、虜になっている被害者たち。
「アルチーナのもとには行かせない!」
「カグヤー」
妖光を浴びせて、たちまち三人の騎士も戦闘不能になる。うん、これは奇襲さえされなければ、カグヤ無双だな。後で助けてやるから、大人しく横になっておけ。
普通だったら、騎士と血みどろの戦いを強いられていたんだけど、相手が悪かったな。オレたちは、そのままアルチーナのいる主の部屋に辿り着いた。
「ここまで、よく来たわね!」
扉を開けたら、宮殿の主だろう魔女――アルチーナの声が響いた。
「汚らわしいメスは招待していないのだけれど! ここまで勝手にきたこと、後悔してもらうわよ!」




