第75話、桃太郎、アルチーナの島へ
魔女アルチーナは、西の海に自分の島を持っているという。……レッジェンダ王国からさほど遠くない場所でよかった。
もっとも、空を飛べるスキーズブラズニルがなければ、辿り着くまでかなりの日数を必要としただろうけどな。
「本当、普通だったら島に渡るための船を手配しないといけないところだったわね」
カグヤはスキーズブラズニルの甲板から、その島を見下ろした。お鶴さんも周りの海を見回す。
「魔女の島なんて、ぜったい周りに危ない海の魔獣がいますよね。……空から行けてよかった」
「おいおい、お鶴さんや。飛行してくる魔物とかいるかもしれないだろ?」
オレが指摘すると、カグヤが眉間にしわを寄せた。
「やめて、桃ちゃん。言葉には力が宿るんだから、悪いことってのは本当に起きてしまうんだから」
「フラグってやつだな。わざわざそういう悪いことを補強してくれてどうも」
オレは念のため弓矢と、切り札のグングニルを用意する。スキーズブラズニルに対して空から迫る敵には、オートエイムかつ戻ってくるグングニルは役に立つだろう。
「……ねえ、桃ママ?」
太郎が何か言いたげな顔をした。
「魔女の島って言っても、別に魔獣の巣というわけじゃないよね?」
事前の話では、悪さをする魔女で、彼女を討伐しようと言った騎士たちは、その色香に惑わされて、あしらわれたという話で、魔獣の話はこれっぽっちも出ていなかったとか云々。
「あのな、太郎よ」
オレは、坊やに教えてやった。
「オレのような腕っ節の強い特Aランク冒険者が駆り出されるような依頼だぞ? 当然、魔獣とか化け物が出るという想定はしておかないといけない」
「……そうかなぁ?」
「そもそも、野郎が魅了されるってだけの相手なら、女騎士たちで捕まえにいけば済む話だ。だがそれが話題にもならず、こうして依頼になるってことは、そこらの女騎士の討伐隊もしくじっているってこった」
そうなると――
「ただ、男を虜にするだけの魔女ってわけじゃねえってことだな」
「仮にも魔女だし」
カグヤが、後ろから太郎を抱きしめた。
「魔法にも通じていると見るべきだわ。強力な魔法をガンガン使ってくるかも」
「う、うん」
コクコクと太郎は頷いた。ようやく理解したか。相手の規模、戦力はわからないから、こっちも鬼ヶ島に乗り込む気分で挑まなきゃいかん。……鬼ヶ島は過剰かもしれないが、わからないってのはそういうこった。
「あー、一つよろしいか?」
マントを羽織ったカエル――レグルシ王子が口を挟んだ。
「おう、何だ?」
「その島に魔物がいたとして……それって、本当に魔物だろうか?」
「どういう意味だ?」
「前に、魔法の鏡が言っていたではないか」
カエルの王子様は、ギョロリとした目を動かした。
「アルチーナは恋愛大好き美女だが、飽きると相手を動物や植物に変えて玩ぶ、と」
そういや、そんなことも言っていたな、あの鏡。
「すると何か? 島にいるかもしれない動物、魔獣や魔物含めて、性悪魔女によって姿を変えられた奴らかもしれないってことか?」
「左様。私のこのザマを見れば、あながち間違いではなかろう?」
そういってマントを広げて、カエルの体を見せつけるように胸を張るレグルシ。
「前を開くな」
変質者かよ、まったく……。言いたいことはわかるがな。
しかしそうなると、気になるな。アルチーナに惑わされた男たち――その中には、魔女を討伐しにいった奴らもいるんじゃなかろうか。知らずにとはいえ、さすがに斬るのは寝覚めが悪い。
あまり頼り切りというのはよろしくないが、人の命がかかっているかもしれない。背に腹はかえられないので、魔法の鏡さんに確認しよう。
「鏡さんよ。アルチーナの島に魔獣など敵対生物はいるか? それらは元人間だったりするか?」
『敵対生物はいます。元人間の生物もいますが、オーク兵士以外は、草食系ばかりで、攻撃はしてくる者はいないでしょう』
「つまり、島で肉食系の動物や魔獣はいたとしても、それは人間じゃないってことでいいんだな?」
『はい』
そうか。じゃ、突然飛行型の魔獣が来ても、遠慮なくグングニルをぶん投げていいわけだ。
「ところで、オーク兵士以外ってことは、島にいるオークは元人間ってこと?」
『はい。島の警備として、アルチーナに使われています』
オークは殺さずに無力化しとけばオーケーってことだな。よしよし。
「しかし、何でオークなんだろう……?」
「そりゃ、ブタ野郎だからじゃない?」
カグヤがそんなことを言った。
豚系の亜人とか言われるのがオークだ。オーガと名前は似ているが、まったく別だ。体つきも、オークは大きめだが、オーガに比べると屈強さは落ちる。しかし、そこらの成人男性より体格に勝る分、兵士としては強いか。
「ブタ野郎ね。アルチーナってドSなのかね」
「男を弄んでるんでしょ。きっとそうよ」
カグヤのそれは多分に偏見入ってるけどな。その点、お前だってどっちかっていうとSっぽいぜ?――という偏見。
やがてスキーズブラズニルは、アルチーナのいる島へと到着した。身構えていたのだが、飛行型の魔獣が飛んでくることはなかった。
「なんでぇ、ずいぶんと寂しいお出迎えじゃねえかい」
「そういう危ない歓迎はないほうがいいのでは……?」
お鶴さんが苦笑する。いやいや、それは違うぜ。
「面倒なのは、さっさと済ませたほうがいいんだ。むしろ、ここでまとめて出てきてくれたほうが、いざって時は態勢を整えるために撤退もしやすいからな」
船に乗って退避できるのは、最初だけだからな。もしアルチーナの根城についた後だと、万が一の時も大変だ。
「しかも鏡さん曰く、この性悪魔女は、相当ヤバい奴だからな。仕掛けもあるって話だし、オレはできれば進みたくないぜ」
でも、魔女の捕縛が依頼だから、アルチーナを探して探索しなくてはいけない。そこがこの依頼の辛いところよ。
「さ、お仕事を始めよう」




