第73話、桃太郎、両親に絡まれる
レグルシが、魔女アルチーナの捕縛依頼に同行したいと行ってきた。オレの答えは、当然ながらノーだ。
「なんで、カエルを連れていかなきゃいかんのだ」
気持ち悪い、と言ったらガチヘコみしそうなので言わないでおくが、オレと王子様の婚約関係はすでにないの。お分かり?
「元はと言えば、この依頼は私に関係がある。魔女を捕縛しろというのは、私を元の姿に戻すためだ」
「……だろうな」
討伐しろ、じゃないところから、そうだろうとは理解しているよ。
「であるならば、私が直接行っても問題ないはずだ」
「問題大ありだ、馬鹿め!」
カエルの姿とはいえ、王子様なんだぞ? なんで危ないお外の世界で、王子様の身を守りながら、魔女探しをしなくてはいかんのだ。
「安全な城の中で、オレらの帰りを待ってな。その姿じゃ、人間の頃より貧弱だろう? 獣に喰われたいのか?」
守ってもらう前提ってのが気にいらねえよな。自分の身は自分で守れよ。こっちは大事な大事な太郎を守るので忙しいんだよ。
「そこまで邪険にしなくても……」
「邪険にされる理由の心当たりくらいはあるんじゃねえの?」
どのツラ下げて、婚約破棄した相手についていこうってんだ、うん?
「言えよ。……何で城で待っていないんだ?」
カエルは肩を落とす。サイズが縮んでいるせいか、子供が拗ねているようにも見えるんだよな。
「――城は……落ち着かない」
ボソリと、カエルは言った。
「周りが私を気味悪がっているのを感じる……」
そりゃ、その姿だもんな。いきなり王子様がカエルになったって言われても、そりゃ信じられないわな。
「私を不快なモノを見る目をしているのだ」
ベタベタとカエルに室内を触られるとか、掃除担当も執事もメイドも、いい顔をしないだろうなぁ……。
要するに、肩身が狭いってんだろう。しゃーねーな。と、その前に、ちら、と仲間たちを確認。
カグヤとお鶴さんが、思いっきり顔を逸らして、他人事を決め込む。どうぞあなたが決めてくださいって態度だ。まあ、一番王子と因縁があるのはオレだから、二人がどうこう言うのは筋違いってことなんだろう。気をつかわせてんな……。
サルの奴は表情変わらないからわからないし、イッヌも関心はなさそう。太郎がやけに同情的な目をカエルに向けているような気がするのは気のせいか。純真な子供の同情心につけ込みやがって、王子様よぉ……。
「ミリッシュ!」
と、そこへ声を掛けられた。その瞬間、ウェっ、と声が出かかった。
いたのは、今世のオレ、ミリッシュの父メント・ドゥラスノ侯爵と、その妻ブリース・ランラノ・ドゥラスノ侯爵夫人だった。
嫌なものを見た。つーか、親子の縁は切ったぞ。
「まさか、お前が冒険者になっていたとは!」
メント・ドゥラスノは親しげに近づいてくる。その隣のブリースもまた、無理矢理作り笑いを浮かべているのが見てとれて気持ち悪い。
「しかも特Aランク冒険者になるとは! さすがはミリッシュ。ドゥラスノ家の誇りだ!」
あー、そういえば受勲式典にもいたかもしれんなー、興味なかったから見てなかったけど。……この人、王都を拠点にされている貴族様だもんな。たまには領地の面倒を見たら?
「どちら様ですか?」
オレは威圧を込めて、言ってやった。ピタリとメントの足が止まる。
「ど、どちら様って、お前の父親だぞ」
「そうですよ、ミリッシュ。実の父に向かってなんて口のききよう」
「そうですか。オレはモモって言うしがない冒険者なんで、ミリッシュじゃないです」
耳ほじー。困るなー、ミリッシュって誰よ? オレの親のつもりのおかしな貴族様が声をかけてきたぞー。
「特Aランク冒険者には陛下から言われてなりましたけど、そこで『モモ』って言われてましたよね? ミリッシュなんて人、呼ばれてたかなー」
わなわなと震えている二人。まさかオレがこうも他人ヅラするとは思っていなかったってか?
髪を切って、決別してやったろう? お前たちがこっちの話を聞かずに、ミリッシュへ散々責任転嫁していたのを、忘れたとでも思っているのかね。
あー、そっか、受勲式典でも人の話を聞いてなかったんですねー、やれやれ。
おめでたい奴らだ。自分たちに責が及ぶのを恐れて喚きちらしたのに、こっちがお咎めなしどころか受勲した途端に、手のひら返しかよ。
「な、なあ、この前のことを怒っているのなら――」
またメントが歩み寄る。まだわかんねえのか、ボンクラ親父。
「何のことですか?」
「私たちは親子じゃないか、そんな連れないことを言わないで――」
「アナタ、そこにフロッグがいますわよ!」
ブリースが叫んだ。オレと王子様がお話しているのも眼中になかったってか? 聞かないだけじゃなくて、見えないんですねー。領に帰って隠遁したらどうだ?
「うわ、この汚らわしいフロッグめ!」
思いのほか近くだったせいか、メントが勢いつけて蹴飛ばそうとした。とっさに怒りにかられたのだろうが、体格差からすればまあ、蹴りなんだろうけど――そうはさせっかよ!
瞬時に距離を詰め、間に割って入ると、メントの胸を軽く押した。あまり体を動かしていないだろう親父は、蹴り上げようと片足だったところにバランスを崩されたので、後ろへすっ転んだ。
「レグルシ王子殿下に対して暴行を加えようとは、何事かっ!」
一喝すれば、ブリースが目を剥き、尻もちをつく格好になったメントは――
「お、お前! よくも父親である私を突き飛ばして――」
「いい加減、人の話を聞け! 王子殿下に害をなしたら、それこそ家が潰れるぞ!」
さらに怒鳴りつけてやれば、メントは目をパチクリさせている。現実を受け入れられないのだろう。
「そ、そのフロッグが王子殿下……? 何を馬鹿なことを言っているの?」
ブリースが嫌悪感を丸出しにする。寄生女は黙ってろ!
「どうしましたー!?」
王城の方から騎士たちが駆けてきた。王城の前だから見えていたのだろうが、やってきたのはいつぞやの使者を務めた若い騎士。
「ピーター君!」
「モモ殿! どうされたのですか、これは!?」
「ドゥラスノ侯爵が、王子殿下と知らずに蹴りつけようとしたので阻止したのです」
「それは本当ですか!?」
騎士ピーターは、すかさずカエルに向き直る。
「レグルシ殿下! お怪我はございませんか!?」
「あぁ、モモが間一髪助けてくれたのだ」
レグルシが答える。カエルが喋ったのを聞き、メントとブリースはこれ以上ないほど目を見開いている。わらわらと兵士が集まってくる。
「ドゥラスノ侯爵閣下、そして夫人。申し訳ありませんが、レグルシ王子殿下への暴行未遂についてご説明いただきたい。王城までどうぞ」
「な、いやそれは――」
「もし断られるのでしたら、この件を、オルガノ騎士団長ならびに国王陛下にご報告せねばなりません。……ご同道、願えますでしょうか?」
侯爵を相手にしてもまったく怯むことなく、生真面目なまでに職務を果たすピーター君。先任侯爵と国王の名前を出されて、メントと夫人はすごすごと王城へ連れて行かれた。
……人の話を聞かないからだ、ざまあみろ。
とか思ったのだが、そういえば未遂の両親は連れて行かれたけど、実際にぶん殴ったオレはお咎めなしだったんだよなぁ……。ははは……。




