第71話、桃太郎、特Aランク冒険者になる
オルガノ団長が、慌てて様子を見に行ったから、何となく嫌な予感はしたんだ。
貴族身分を剥奪され、王子失踪に関わると言われ収監されていたナリンダは……。はっきり言えば、壊れていた。
「体は治癒魔法で何とかなっても、心のほうは……」
治癒術士の報告には、オルガノは沈痛な表情をしたが、プロメッサ王はさほど気にしていない様子だった。むしろ、こうなって当然と言わんばかりである。
温厚として知られる国王様も、ナリンダに対しては王族のメンツを潰されたことに加えて、王子のカエル化と失踪と面倒をかけられたので、憎悪や怒りの感情が強いのかもしれない。
一度は愛した……今もそうかは知らないが、カエル姿の王子様も、ショックを隠しきれないようだった。
ナリンダは牢に閉じ込められていたが、レグルシ失踪の重要参考人――いや、容疑者として苛烈な尋問を受けていたようだった。
実質、拷問のフルコースだっただろうな。さすがに同情するぜ……。
ぶっちゃけ糸の切れた人形みたいになっているナリンダと、カエルの王子様に同衾ってのは酷な話だよな。
いや、この状態のほうが抵抗もされないで楽なのでは――などと思ったけど、さすがに空気を読んで言わなかった。とはいえ、婚約破棄されたオレには復讐の大義名分が――普通に悪役ムーブなんだよなそれは。
元婚約者としての義理は、レグルシを王城まで連れてきたことで充分過ぎるだろう。後は当人たちが解決すべき問題だ。そこまで面倒は見切れん。
王子が元に戻りたさに、廃人同然のナリンダとヤってしまっても、あるいは死体ともやってしまうような特殊性癖があろうとも、オレには関係ない。
しかし、空気は読んでいるオレだから、王様に宝物庫の中身について催促は控えた。プロメッサ王の心中は、少なくとも普段の穏やかさや冷静さを保っていると言い難い。王様が気づいて口に出すまでは、こちらも辛抱強く待とう。
・ ・ ・
しばらくして、オレは王城の一角、客人用の部屋に行った。今夜はここで一泊だ。
「桃ママ」
「よう、太郎。どうだ、お城は?」
豪華だろう、とどこかおじさん的な振る舞いをしてみたが、太郎は真顔で言った。
「王子様の件、どうなった?」
「おめーが心配することじゃないだろ」
「気になるじゃん」
それは太郎だけでなく、カグヤやお鶴さんも同様だった。本当は皆、野次馬したくてしょうがないだろう。
カエルになった王子様が、王様に認められた件は気になるだろう。
「いや、私は、そっちよりも器の件のほうが気になるわ」
カグヤは、野次馬ではないアピールしてきた。
「話はできた?」
ここの宝物庫に収蔵されている『仏の御石の鉢』が目当てで来たのだ。本命こっちなんだよな。特にカグヤにとっては。
「そっちの話はつけてきた。我がニューテイルには、器に目がないマニアがいるから、そういうお宝がないか見せてくれって。王様は快諾してくれたよ」
「ねえ、その器マニアって誰のこと?」
「お前のことだよ!」
うおー、お客人用ベッドにダーイブ! VIP用だけあって、めっちゃフカいベッドだ。
「私、器マニアじゃないんだけど?」
「古物収集家ってことにしておけばよかったか?」
「……そっちのほうが箔がつきそう」
おいおい、マジかよ、カグヤー。
「器収集家のほうがリッチーなイメージがあったんだけどなぁ」
雅な趣味人、高貴な人のお遊び。古物収集家だと、学者っぽいイメージ。完全に個人の偏見で実像とかけ離れているかもしれないけど。
「それで話の腰を折って悪いですが」
お鶴さんがニコニコ顔で言った。
「王子様、どうなりそうですか?」
スマイルゼロ円でする話題じゃないよな、それ。
「さあな。あんま深入りすると、こっちまでとばっちりが来そうだから、あんまり首を突っ込まないように引っ込んだから知らないよ」
カエルの王子様の同衾チャレンジに興味ないし。
「桃ちゃんさんは、淡泊ですよね」
おっ、何、皮肉か?
「よしなさいな、お鶴ちゃん。桃ちゃんと王子様は元婚約者なんだから、ねとられ当事者が愉快な気分で話せるわけないじゃない」
「おい、カグヤ。お前、オレにケンカ売ってる?」
顔に書いてあるんだよな。挑発する気満々って。ご高名なかぐや姫様は、宮廷ゴシップに関心おありってか? ……昔話じゃ、そういうところはなかった気がしたけど。
「……あんま愉快な話じゃねーぞ?」
「王宮のこの手の話で、明るい話なんてないわよ。はじめからそういうの期待していないって」
サバサバしているカグヤ。ホラー話でも聞くテンションなんだよな。カグヤやお鶴さんは、大人だからいいけど、太郎には早いんじゃないか、宮廷ゴシップ。
・ ・ ・
翌日。オレたちニューテイルへの受勲式典が開かれた。
シドユウ・テジンのオーガ討伐など、これまでの活躍が語られ、集まった貴族たちの前で、オレは国王陛下から直接、特Aランク冒険者に昇級を認められた。
もっとも、女ばかりに子連れ、フェンリルとメカニカル・ゴーレムを連れた一団に対して、奇異の視線や実力を疑う声なども周囲からあるにはあった。ま、とても耳のいいイッヌが、声の主を特定し一睨みして黙らせていたけど。
オレはこの手の式典に慣れているから、ヘマはしなかったし、むしろ巷に流れているモモ像を覆す結果になった。
世間じゃ、バーサーカーとか女傑ってイメージが先行しているようで、筋肉モリモリな大女に見られているフシがあった。
だから、ちゃんとご挨拶できる貴族令嬢のような雰囲気の持ち主とアピールはできただろう。……元貴族令嬢だけど。
実際、噂と現実のギャップは大きかったようで、思いのほかオレのことを美人だって言っているヤツがぼちぼちいたようだ。……だから、実力を疑う声なんかもちらほらあったんだろうな。
オレが美人過ぎて、本当にオーガと戦えるのかってな。金棒でも片手で振り回してやればよかったかな?
さて、式典も終わり、そろそろ宝物庫の件でお声がけしてほしいと思っていたら、国王陛下から呼ばれた。
内心ワクワクして行ったら、そんな空気ではなくて――
「モモ嬢。特Aランク冒険者に依頼したいことがある」
はいはい、嫌な予感がしてきましたよー。




