第64話、桃太郎、使者に会う
「服を調達する必要があるな」
オレが言えば、お鶴さんも太郎も首を傾げた。ここはガーラシアの冒険者ギルド、その一角にある休憩スペースである。
「太郎ちゃん用の新しい服ですか?」
「そういえば、今の少し小さいかも……」
「うんうん、太郎は成長早いもんな――じゃなくてだな! 王城へのご招待なんだ。まともな格好してかなきゃまずいだろ?」
国王陛下に対面するかどうかは知らんが、呼ばれるからには国の偉い人の誰かには会うだろう。冒険者だからって、フル装備で行ったり、だらしなーい私服で行くってわけにもいかんわけよ。
「だらしない、ね……」
「おう、太郎。オレの目を見て言えるか?」
タンクトップに短パンと、まあ、やや肌面積が広いのは認める。動き易さ重視ってやつだ。ついでに今世じゃお胸さんのボリュームが凄いから、まあ野郎どもがチラチラしているのは知ってる。
もちろん、こんな格好は屋内だけだ。冒険中は肌もしっかりガードしている。ちょっとした傷が重症化することもあるし、付着するとやばい毒とか血がつかないように工夫するものだからな。
「桃ちゃんさんの部屋着って、ちょっとその……」
お鶴さんが眉をひそめる。もう慣れてくれてはいるけど、話題となったら小言の一つも言いたくなるのだろう。
わかってるよ。オレの場合、前世の影響が強すぎてこんな格好してるけど、この世界の一般的な女性がする格好ではない。これで元貴族令嬢だって言って、信じる奴いるかって話だ。
「カジュアル過ぎるのは認めるよ。休憩でもなけりゃこんな格好はしない」
「いや、できればギルドの中でも、他の冒険者たちの目もあるので、自重していただけると……」
「オレは冒険者だぜ。冒険者ってのは自由な存在なんだ。……それに手足は出ているけど、デリケートな部分はちゃんとガードされてんだろう?」
その点は、しっかり守ってる。スカートめくれてパンツが見えるとか、そういう事故も起こらないんだぞ?
「それはまあ……そうですけど」
「ともかくだ。オレだってこの格好がフォーマルじゃないことくらいはわかってる。だからさ、それもあって、しっかりちゃんとした礼服ってのが必要になるわけよ」
「わかりました」
すっとお鶴さんが背筋を伸ばした。
「外に出しても恥ずかしくない礼服を、わたしが作ります」
うちのクラフターが、きっぱりと告げた。作れるのー?――というのは愚問だ。太郎の服だって、お鶴さんお手製だ。彼女は武器、防具、ついでに服装も完璧に仕上げる。
「あ、ズボンタイプでよろしくな。冒険者として行くんだから、パーティー用ドレスなんかにするんじゃねーぞ」
何なら男物の格好でもいいくらいだ。女騎士がパーティーで着る礼服っぽいのでもいい。
「それとカグヤとお鶴さんは、好きなもの着ていいからな。何ならドレスでもいいぞ」
「まあ、ご親切にどうも」
お鶴さんは笑顔に少々圧が入る。
「はい、わたしたちはフォーマルなドレスにしておきますので」
「お、おう……」
何か地雷踏んだか? わからん。それはそれとして――
「太郎にも、格好いいやつが欲しいな」
「僕……? いや、いいよ、僕は――」
太郎は遠慮するように小さくなった。そういうところだぞ、子供っぽくないってのは。普通、お前みたいな歳のガキは、どういうものかわからず取りあえず、一緒に行きたがったり、真似しようとするもんだ。
「ま、実際王城にお呼ばれしても、全員とも限らんけどな。どういう感じになるかわからんが、何かあった時に備えるのが大事ってもんだ」
「そうですね。太郎ちゃんの礼服は、格好よくしますからね!」
お鶴さんも機嫌がよく、今から張り切っているようだった。子供の晴れ舞台に力を入れる母親って感じ。空回りしないことを祈る。
・ ・ ・
二日後、再びガーラシアの冒険者ギルド。その面談室にオレはいた。王城からやってきた使者と、オレたちニューテイルの登城のための顔合わせ件打ち合わせのためだ。
「……失礼を承知で言わせてください。想像と違ってました」
使者――ピーターと名乗った王国騎士は真面目な調子で言った。
「ほう、どう想像に違ったかな、使者殿」
「私のことは、ピーターとお呼びください」
「それで? 続きを」
「はい。お噂では、モモ様はとてもワイルドな方で、公衆の面前で肌を晒すのも厭わない女傑のようと伺っておりました」
この若い騎士、はきはきと言うなぁ。その言い方だと公然猥褻ものの露出魔みたいに聞こえるのは、前世での話の影響か。失礼を承知で、と前置きしているとはいえ、面と向かって言える度胸は認めてやらんでもない。
「ですが、いざ対面致しますと、身なりもしっかりしていて、姿勢もよく、どこかの騎士の家系の方のようにも見えます」
「まあ、さすがに普段着で、使者と会うわけにもいきませんからね」
フォーマルな礼服その一。どこの騎士の普段着のような格好である。これでも一応、公式の場も出られるだろうが、パーティーで着ていく分には不足、失格である。……オレは元侯爵令嬢だからね。
「成り上がりの冒険者――すいません、悪い意味ではないのですが、儀礼にも精通した熟練の冒険者のような雰囲気がありまして。さすがです」
「お褒めに預かり恐縮です」
どこまで本気で褒めているか知らないが。失礼な言い回しも、こちらが不快を示す前に断りを入れるあたり、この若い騎士は、普段から悪意なく思ったことを口にする性分なのだろう。
……そんなのを使者、交渉、連絡役に寄越すのは人選ミスじゃないかと思う。
ともかくとして、一週間後に、王城に登城することになった。冒険者ランクの昇格儀式と、軽いパーティー、そして国王陛下と少々の歓談という簡単なスケジュールも教えてもらえた。
ちなみに参加は、可能な限りニューテイルメンバー全員で、ということだった。
「――という感じなのでしょうが、問題はありませんか?」
「結構です。ではそのようにこちらも準備して、登城いたします。国王陛下にも、そのようにお伝えください」
「かしこまりました。そのようにお伝え致します。本日はお時間を頂き、ありがとうございました」
きちんと挨拶し、頭を下げるピーター。騎士というのは冒険者を見下す傾向にあるが、こういうところで彼の生真面目を感じる。使者役に選ばれたのは、冒険者を軽く見ない性格だったのが理由かもしれない。
ま、普通にこちらはAランク。上位冒険者ともなると、歴戦の騎士も一目置くというから、ただそういう態度だっただけかもしれんけど。




