第62話、桃太郎、灰の大地から脱出する
グングニル。それは、主神オーディンが愛用していた神話上の武器。
前世の記憶によれば、投げたら必ず敵に当たる、と、敵を貫いたら勝手に手元に戻る、との解釈があったんだけど――
「っぶね!」
高速で戻ってきて、思わず避けちまった。オレがキャッチしなかったおかげで、グングニルは灰の地面に刺さり、灰を盛大に巻き上げた。
戻ってきたってことは、あの巨人を仕留めたのか……?
「見て!」
カグヤが叫んだ。彼女が指さした方向、こちらに向かってきていた毛むくじゃらの巨人が、糸が切れたように転倒した。
ズウン、と派手な震動と多大に周囲の灰が吹き上げられた。
「やったか?」
自分で言って、それはフラグだと思った。前世の記憶ぅ……。
「倒れましたね……」
お鶴さんが言い、カグヤも帽子のつばの端を持ち上げた。
「あれで倒しちゃったって言うなら、さすがドヴェルグの魔法武器ってところね。あのサイズの巨人が一撃なら、ドラゴンだって一発じゃない?」
たぶんな。しかもグングニルの凄いところは、近づかずに敵に向かって放り投げれば、そこから真っ直ぐ飛んで、必殺の一撃を命中させてしまうところだ。それって、空を飛んでいるドラゴンにも届くってことだもんな。
「とりあえず、巨人の死体を確認しよう」
敵意を持って近づいてきたのだから、まあ間違いなく敵だ。そもそも巨人種は大体肉食で、しかも食人もする連中だから厄介なのだ。
イッヌがその嗅覚で『敵』と判断したのだから、しょうがないね。
オレたちはスキーズブラズニルに乗り込み、倒れた巨人の元へ飛んで近づく。周囲の地形と見比べて、凄まじく大きいとは想像できたけど、船で移動して、改めて遠いのに気づかされる。
徒歩で行ったら何時間かかるんだって道のりだ。サイズ感バグるよな、こりゃ。
サルに舵を任せ、甲板から下の様子を眺める。こっちのグングニルが、前世世界の神話と同じ性能を持っていれば、倒せたとは思うが、確認は必要だ。
巨人は倒れたまま動かない。どうやら仕留めたとホッとしたのも束の間。新たな問題が発生。
「桃ママ! あそこに、また!」
太郎が指さした。おー、何てこったい。倒した巨人と同型の奴が遠くから駆けてきやがるぞ。
「あ、あそこにも!」
お鶴さんが反対側を指さす。
「何だよ……。さっきまで静かだったのに、こんなに巨人がいたのかよ」
毛むくじゃらの巨人がノシノシと大地を駆ける。灰の丘陵を突き破って、姿を現す巨人たち。隠れていたのかよ!
「いっぱいいるわ……」
カグヤも絶句する。それらの巨人は一カ所に集まる。オレたちはスキーズブラズニルの甲板から見つめる。
集まったのは、先に倒した巨人のもと。仲間を気遣ったのか……なんてこともなく、駆け寄った巨人たちは、同胞と思われる巨人の死体に食らいついた。
「っ!?」
「……!」
嫌な予感はしたんだ。バリバリと嫌な音が聞こえ、気分が萎える。お鶴さんが嫌なものを見たとばかりに引っ込み、カグヤも言葉が出ないようだった。
「太郎、あんま見るもんじゃねえぞ」
へりに掴まり、固まっているように見つめている太郎に声をかけておく。
まさかの巨人の共食いとはなぁ。イッヌがあの巨人に理性がないってのは、こういうことか。
「サル、反転だ。ここから去るぞ」
『ダジャレですか?』
「うるせぇ、反転しろ」
『了解』
サルが舵を切り、スキーズブラズニルは元来た道を引き返した。
初めての場所を見たというのは、冒険者冥利に尽きるが、毎度気分がよく終われるもんではない。
死せる灰の大地に、凶暴な巨人たち――さて、こんな話をして誰か信じてくれっかな。
本音を言えば、もう少し探索したかったけど、あれだけ巨人がいるとその気も失せた。グングニルを使えば、ちまちま一体ずつ倒していけるだろうけど、ここから先は単なる虐殺になる。身を守るためなら容赦しないけど、こっちから突っかかるのは、好きじゃねえんだよな。
さすがに皆、疲れたのか、甲板上で休んでいる。サルは疲れないから、舵をそのまま任せるとして、俺も少し横になるかな。
・ ・ ・
『モモ、起きてください』
「――あー、どうした?」
仮眠から起こされたオレは、すぐさま集中する。敵の襲撃、非常事態――それらに備えて、起きてもすぐに動けなくてはいけない。
『そういえば、ドックは上のほうだと途中で気づいたのですが、見てください』
サルが前方を見るよう促せば、スキーズブラズニルの前方に巨大な断崖絶壁があって、さらに洞窟らしい入り口があった。
なるほど、来る時は上から大地を見つけて下降したわけだが、引き返した時、上昇せずに水平に移動したので、行きでは見逃した別の出入り口っぽいのを見つけたと。
『このスキーズブラズニルでも余裕で通行可能ですが、どうしますか? ドックに戻りますか? それともこの先に進みますか?』
「そりゃ、興味はあるけどな」
オレは思わずニヤリとした。ただ、灰の大地のこともあるし、安全策を取ろう。
「鏡よ、鏡。あの通路を進んでも安全か?」
『はい、安全です』
魔法の鏡さんの答えは簡潔だった。なら、決まりだ。
「サル、前進だ」
『了解です。……鏡に聞くのは安全だけですか?』
「それ以上知ったら、冒険の楽しみがなくなっちゃうだろ」
危険は避けるもの。魔法の鏡さんが安全というんだから、まあ、何があるか知らないが寄り道してもいいだろう。
「前にカグヤが言っていただろ? 『ダンジョンというのは、人が入るのが困難だけど、手段さえあれば行ける場所にお宝があるもの』ってな」
『ここはダンジョンなんですか?』
「さあな、細けえことはいいんだよ」
スキーズブラズニルは、別の出入り口と思われる穴へと侵入した。長い長い通路のような穴を進むことしばし、行き止まり――
「いや、上だ……!」
光が見える。上っていけば、明るさは次第に大きく、強くなり――
「外だ」
スキーズブラズニルは、洞窟を出て外に出たのだった。ひぇぇ、絶景かな。緑溢れる大自然に岩山。おっ、遠くに見えるのは、ひょっとしてガーラシアの町か。
戻ってきた。やっぱり太陽の下は最高だな。




