第61話、桃太郎と灰の大地
灰色の大地に降りてみた。
スキーズブラズニルは地面よりスレスレのところで停止。地面と接触して船底を傷つけるのも嫌だったからな。
「おわっ、灰かこれ……」
こんなに灰が積もって……。細かく柔らかな地面だった。一歩を踏みしめたら、塵のような灰がふわりと舞った。
「火山でもあるわけでもないのに……」
辺りを見回す。緩やかな丘陵がどこまでも広がっている。まるで砂漠みたく、殺風景だ。でもこれ、とんでもなく広いが一応洞窟の中なんだぜ。
「まるで海のようにも見える……」
「海ですか?」
お鶴さんがしゃがんで、パウダーのような灰に触れる。
「燃えカス。死せる大地……」
そんな地面から生えている巨大な肋骨のような岩を近くで見上げる。
「でけぇ……。これが骨だって言うなら、生前は巨人だったんだろうな」
この肋骨の下で、キャンプができそうと言えば、大きさも想像がつくだろう。しかし感心はするが、それ以外に見るべきものはない。
少し辺りを探ってみたが、これと言って変化もなし。所々岩が突き出しているように見えたが、巨大な生物の――おそらく巨人の骨だと思われる。
「まるで巨人の墓場みたいね」
カグヤがそう表現した。
この生き物の気配が感じられない静寂なる大地。いったい何なのか。
「ということで、魔法の鏡よ。ここは何なんだ?」
『ここは巨人のなれの果てです』
何でも答えてくれる魔法の鏡は行った。
「世界にもなりきれず、残った部位が放置されたものとなります」
「……これ、意味わかった?」
オレはカグヤを見れば、彼女は「さぁ?」と言わんばかりに肩をすくめる。
「巨人のなれの果てってのは、あの骨のことか?」
『はい。この巨人はかつて神と戦い、そしてその死後、この体を利用して世界が構成されました』
体を利用して世界が作られたとか、前世でそんな神話があったような気がする。いわゆる創造神話とかいうやつで、世界の至るところで語られるパターンの一つだ。
『そしてここは、その巨人の一部。世界を構成するパーツになり損ねた余りものです』
なり損ねたとか余りものとか、パーツとか、あまり愉快な気分になれない言葉の言い回しが続いたな。
「つまり、ここは、何にもなれなかった巨人のカスでできた場所ってことか」
灰と骨。なるほど。全ては燃やし尽くされた痕ってことか。自然もなく、生き物もなく、ただただ不毛というわけか。
「それはそれで寂しいわね」
カグヤが、そうコメントした。太郎が巨大な肋骨を見上げる。
「鏡さん。この骨も、その巨人のもの?」
『いいえ。これは最初の巨人が生み出した巨人です。最初の巨人が倒れた時、その一族もほぼ絶滅に等しい数の巨人が死にました。この骨も、その多数の死した巨人のものです』
なるほどね。オレたちから見たら、この巨人も充分にデカいが、世界のパーツというには小さ過ぎるもんな。
「たくさんの巨人が死んだんだ……」
太郎は見渡す限りの灰の原野へと視線を向ける。
「せっかく来たけど、特に何もなさそうだし……帰るか」
「ねえ、桃ママ。ここの灰、持ち帰ってもいい?」
「は?」
灰なんて持って帰ってどうするつもりだ。オレの当然の疑問に太郎は答えた。
「世界の部品になる素材だったわけでしょ? この灰、魔法の触媒とかに利用できないかな?」
……何だろう。砂場で城を作るような話みたいに聞こえた。大人の視点で言わせてもらうと、子供がそこらで見つけた花やらガラクタを何かに使えないかと持って帰ろうとするものって、大抵ゴミになるイメージだが。
「カグヤよ、どう思う?」
「まあ、魔術的素材という意味では、割とあるかもね」
専門家の魔女さんは言う。
「世界を作ったと謂われがある灰なら、ただの灰よりは触媒の見込みはあると思う。ま、試してみればいいのよ。もしかしたら有用素材かもしれないわ」
……そうだな。何事も試してみることが大事だ。
「そういうことなら、好きなだけ持ってけ!」
ということで、太郎の好きなようにやらせることにした。
そこで、唐突にイッヌが身構えた。おっ、ひょっとして――
「どうしたの?」
太郎はまだ気づいていないようだけど、イッヌの雰囲気からして『敵』だ。オレもイッヌが見ている方向に素早く視線をやる。……って!
「なんだ、ありゃあ……!?」
ぬっと巨大な人型が、こちらへ近づいてくる。かすかに、しかし力強い足音もかすかに聞こえる。遠くでそれって、スケール感バグってるな。どんだけデカいんだよ……!
「あれは!?」
「巨人……?」
お鶴さん、カグヤも身構えた。ここって死んだ大地だったんじゃなかったのか? 生きている化け物、もとい巨人のお出ましだ。
「というか、あれ巨人だよな?」
遠くてイマイチシルエッとがはっきりしないが、毛むくじゃらっぽく、首がないのか頭が胴体に引っ込んでいるように見えた。……何でそこに頭があるかわかったか。ギョロリと目が二つ、そこに光ってるからだよ。
「随分と不格好な奴だな……」
ズシン、ズシン、と震動がここまで伝わってきた。うーん、この巨人、近くまできたら相当デカいぞ。
「あれって敵なの?」
カグヤが言えば、サルが淡々と言った。
『少なくとも、お友達になろうという雰囲気ではありませんね』
「イッヌさんが、敵だって言ってる」
太郎が、唸るイッヌの声を通訳した。
「あの巨人、理性がないって。本能で向かってきてるから、戦うか逃げるかしないとやられるって」
「話し合いは通じないってことか」
まっ、巨人のお言葉なんざ知らないけど。
「こういう時は逃げるが勝ちよ! 船に戻りましょ」
カグヤが声を張り上げた。普通に考えれば、サイズ差が露骨すぎて、こちらに勝ち目はない。いくら俺が大力だろうと、アリがゾウを殺せるかって話だ。体格差ってのは残酷なものだ。
――だがな。
「せっかくだから、あれを試してみる。カグヤ、グングニルをくれ!」
収納の魔法でしまっているドヴェルグのお宝で回収したお宝――オーディン神の必殺武器! その複製品!
「桃ちゃん!」
「あいよ! ドヴェルグが神話の武器を再現したというなら、こいつで行けるはずだ」
投げ槍の要領で、投擲ぃっ!
「行けよ!」
ギュン、とグングニルは光の如く、飛んでいった。物理法則を無視したそれは巨人に吸い込まれ――戻ってきた。




