第60話、桃太郎、船に乗る
スキーズブラズニルに乗る。舵を動かしたら、マストの帆も連動しているようで、操作は一人でできるラクチン仕様。こんなものを作ってしまうなんて、ドヴェルグ職人って凄ぇよなぁ。
「浮いてる……」
太郎がイッヌと船の端から見下ろしている。あんまり身を乗り出すなよー。
「そりゃあ船だぞ。浮くにきまってらぁ」
「水の上には浮くけど、空中に浮くものじゃないと思うよ?」
マジ突っ込みどうも。
「宇宙に行く乗り物だって、宇宙船って船だから、空を浮こうがおかしくはないのだ」
「うちゅーって何?」
そっか、太郎は知らないんだな。まあ、オレだって前世で知っていても、前々世じゃあ知らなかったもんな。
「空よりもっと上、この世界の、この星のもっと上にある場所だよ。夜みてーに真っ暗なんだが……。まー、詳しくはカグヤに聞きな。あいつ、月面人だから」
お月様を行き来する一族生まれで、真空中でも活動できる魔法持っていたから、オレより詳しいのは間違いない。
どこからともなく吹く風が、スキーズブラズニルの帆を押す。ドヴェルグ遺跡のドックから外がどうなっているか、ちょっと出てみたわけだが……。
「広いなぁ……」
初めは地底湖みたいなもんかと思っていたけど、ところがどっこい、洞窟というには広すぎるし、壁があるみたいだけど、奥が見えないほど遠い。
「しかも高いんですよねぇ」
お鶴さんが太郎の隣から覗き込む。
「この船、浮いてますけど、下もよくわからないんですよね。地面が見えないほど深い、高いってことですけど」
「何か怖くなるよね、鶴ママ」
「そうだね、太郎ちゃん」
オレも見たいけど、舵を動かしているから見に行けないのよね。
「どこまで行けるのかしらね、ここ」
カグヤが、オレのところまでやってきた。それな!
「壁や天井が見えてるんだから、馬鹿でかい空洞を飛んでいるんだろうけど。船は船でも宇宙船だったかな、これ」
「まるで宇宙を進んでいるっていうのなら、似てはいると思う。……感覚だけは」
「そうだな。ここは普通に息ができるもんな」
本当の宇宙空間だったら、とうに死んでるぜオレら。
「どう思う、カグヤ。ここもドヴェルグの宝物殿、遺跡の中だと思うか?」
「何とも言えないのよね」
カグヤは腕を組んだ。
「洞窟内のようではあるけれど、こうまで広いのは違和感なのよね。私たちが宝物殿に入った反対側がこうなっている……というには変な感じだし」
「宝物殿の一部、異空間かな、ここも」
「そんな気がする」
「魔法の鏡に聞いてみるか?」
「もう聞いた。特に別の世界にいるわけではないそうよ」
へえ、話が早いね。ま、変なところではあるし、何なのか知りたくもなるわな。
「じゃあどこなんだい、ここは?」
「空洞、だそうよ」
「……空洞ね」
使えねえ答えだな、魔法の鏡の野郎。
「もう少しわかりやすく解説しようという気概がないのかね、あの鏡は」
「そうね。それより桃ちゃん、どうするの? どこまで進む気?」
「最初の予定じゃ、向こう岸まで行って帰るつもりだったんだけどな……」
広大ではあるが洞窟なのだから、向こう側ってのは必ずあると思うんだが、それが中々見えてこないんだよな。
行き止まりまで行ってターンするはずが、行き止まりがどれだけ先かわからないという体たらく。まあ、だからこそ、オレもカグヤもここに違和感なんだけど。
「ここまで来ると、意地でも向こう岸についてみたくね?」
どこまで広いのか確かめたくなる冒険心。オレが言うと、カグヤも頷いた。
「ま、いいんじゃない。果てはあるはずだし」
食料については魔法の石臼を回せば、いくらでも出てくるから心配はない。何の心配もなく、行けるところまでどうぞ――とカグヤは言うのだ。
「ねえ、鶴ママ。下」
太郎が何か言ってる。
「灰色っぽくない? 地面かな」
「本当ですね」
……うん? いま地面とか言った? 暇をしていたカグヤがそちらへ行き――ああ、くそ、オレも行きたいよ。
「おい、サル! 代われ!」
メカニカルゴーレムに舵を任せて、オレも見に行く。
「なんだ、向こう岸ってやつが見えたのか?」
「それならとっくに通り過ぎていたかも」
船の縁から見下ろせば、眼下に灰色の大地が広がっていた。
「高低差が合ってなかったんだな」
斜め下に下降しながら進んでいたら、とっくに向こう側についていたかもしれない。
「サルー! 少し下降しながら進め」
『了解です』
スキーズブラズニルは、ゆったりと進む。しばらく行くと、どこまでも広がっている灰色の大地が見えてくる。
「雪、じゃねえよな?」
「特に寒さも感じませんし……」
お鶴さんが眉間にしわを寄せる。
「雪が積もっているように見えなくもないですが、もしかしたら灰が積もっているのかも」
「あまり健康的じゃなさそう」
死せる大地、みたいな。動くものもなければ、砂と岩しかない不毛な大地を連想させる。
「冥界とか違う世界じゃねえだろうな?」
思ったことを口にすれば、カグヤが振り返った。
「どう、イッヌ? ここは冥界?」
イッヌが答えるが、当然オレらには詳しくはわからない。
『雰囲気は似ているが、違うそうです』
サルが通訳した。まだ高いから、近づいたほうがいいだろう。
「サル、もう少し高度を下げろ」
はっきり見えれば、もっとわかるだろう。魔法の鏡さんを使うか? また『空洞です』なんてつまらない答えは嫌だぜ?
下が近づくにつれて、よりはっきり見えてくる。雪のようであり灰のようである、味気ない色彩。自然もなければ、生き物らしき影も形もないから、余計に殺風景さを加速させる。冥界や地獄なんて印象になるのも無理ないわ。
「桃ママ! あれ!」
太郎が何か見つけたようだ。
「どうした?」
「岩みたいなんだけど……あの形」
灰色の大地から突き出した岩、いや――
「骨、か?」
馬鹿でかい生物の肋骨のようなものがそこにあった。巨人の国に来てしまったのかねぇ、こいつは……!




