第59話、桃太郎、譲る
何やら、冥界に行っても生きて帰る方法があるらしい。
うちのイッヌが冥界の女王のお兄さんなので、多少無理筋も通せるようだ。
「うーん、せっかくの申し出だけどな。さすがに桃を食べたいがために、冥界に行くとか、ちょっと考えさせてくれ」
何というか、大冒険の予感がするが、果たしてそこに命をかけるのは、如何なものかと理性が働く。
個人的には、桃は食べたいし、今でも食べたいが、あいにく桃を食べなきゃ死ぬ病気でもあるまいし、正気になれば『死ぬほど食いたい』でマジ死ぬ奴はアホ過ぎないか?
「あんがとな、イッヌ。まあ、他にどうしようもないけど、どうしても食いたくなったら手伝ってくれな」
ナデナデ、ヨシヨシ、イッヌ。オレがもふもふを堪能している横で、太郎が安堵したのを見逃さなかった。
……そうだよな。いくら好きだからってママが桃のためにあの世に行くなんて、穏やかじゃないもんな。これが太郎とか仲間たちが冥界に連れ去られたっていうなら、問答無用で助けに行くんだけど。
「いいの、桃ちゃん?」
カグヤが聞いてくる。心配してくれるのか?
「まあ、今はこの世界にないだけで、魔法の鏡が言っていた通り、将来、異世界から漂流してくることがあるかもしれないし。それに蓬莱の山だっけ? そこも仙境とかいう異界で、桃があるかもって話だし。もしかしたら、案外簡単に手に入るかもしれない」
さっきも思ったが、オレのは制限時間はないからね。異世界でのんびり冒険者業をやりながら、ぼちぼちやっていけばいいのさ。
「今は、カグヤの方を優先だ」
「本当にいいの?」
「美人薄命、なんだろう? いい恋できるうちに、呪いを解いておこうぜ」
ということで、このオレの話は終わり。ここからはカグヤの探し物の話といこう。
「で、どうする、カグヤ? 四つの場所がわかったけど、どれから行く?」
「場所はわかった、と言っても、レッジェンダ王国の王城以外、調べないとわからないわ」
あー、そうね。オレも幻想塔ダンジョンとか、蓬莱の山がどこにあるか知らない。特に後者は何か特別な方法が必要とか言っていたような。
「じゃあ、とりあえず王国か?」
「ガーラシアの町に戻って、一通り調べてから、王城かな」
カグヤは言いながら、お鶴さんへ視線をやった。
「どうかな? 問題ない?」
「ええ、いいと思いますよ」
お鶴さんも意見や反論は特にないようだ。それじゃ、そういう方向で。
「と、その前に――」
カグヤが魔法の鏡を覗き込んだ。
「ここにあるもののこと、質問するから答えてね!」
倉庫にある品物で、何かお宝とか金目のものがないかの確認を始めるカグヤ。しっかりしてんなぁ……。
・ ・ ・
カグヤがサルを助手にお宝鑑定をやっている間に、オレとお鶴さん、太郎とイッヌは倉庫部屋を出て、ドックに戻っていた。
このドックの出口。真っ暗だけどどこに通じているんだろうか……。
「見えませんねぇ……。真っ暗です」
「イッヌ、お前は?」
鳴き返すイッヌだが……太郎、わりぃ、何言ってるか通訳お願い。
「イッヌさんも、よく見えないって。ただ何というか、この世とは違う、異界の空気みたいなものを感じているって」
「異界の……? それって、もしかして冥界とか?」
「冥界ではないみたいだけど……イッヌさんも、よくわからないみたい」
「ふーん……」
ますます謎。気になるなぁ。お鶴さんが首を傾げた。
「魔法の鏡に質問してみます?」
「それが無難だな」
今はカグヤが使っているけど。……おい、太郎。
「危ねぇぞ」
桟橋の端のほうへ歩いていった太郎とイッヌに注意を促す。
「桃ママ、この船、浮いているよ」
「うーん?」
ドックに水はないみたいだから、船底は床について……ない!
「本当だ。この船、浮いているわ」
お宝として回収した魔法船の『スキーズブラズニル』と同型の未完成船。よくよく見れば、まるで水面に浮いているように、底が浮いていた。
「ってことは……。ひぇぇ……」
太郎のところまで歩いてみれば、そこから先は、断崖絶壁の如く、切り立っていた。底が見えない。この先は地底湖に通じている? とんでもない。水がないんだから、広大な地下の大穴が開いているってことじゃないか。
「ねえ、桃ちゃんさん。スキーズブラズニルって、この船の同型なんですよね……?」
お鶴さんが恐る恐る言った。
「もしかして、スキーズブラズニルも、浮かび上がって空を飛べたりなんか、しますかね?」
自分でも馬鹿なことを言っていると感じたように言うお鶴さんだが。
「オレも、オリジナルの船のことは前世でも覚えがないからな。普通、船だから水の上なんだろうけど、神様の、となれば、空を飛んでもおかしくないかなぁ」
前世の知識っていっても、北欧神話系なんて、漫画やアニメ、ゲーム知識が大半だからな。ファンタジーな創作なら、神様の船って言えば空を飛びそうだけど、実際の神話ではどうだったのか。……まあ、神話だって本当のことが伝わっているかは別だけど。
「ちょっと試してみますか?」
お鶴さんが提案した。
「もしスキーズブラズニルが空を飛べるなら、今後の旅もとても役に立つと思うんですよ。蓬莱の山のある東の海にも、ひとっ飛びじゃないですか?」
「そう言われれば、そうだな……」
せっかく船を手に入れたんだし、試し乗りは必要だよな。
「よっしゃ、一つやってみよう!」
・ ・ ・
帆船の模型が、倍々で大きくなっていく様は異様だった。
途方もなく大きくできるらしいけど、それを試すスペースもないし、甲板の上の移動も面倒なことになりそうなので、ほどほどの大きさになるよう、調整する。
「なるほど、これ中々綺麗な船だな」
マストは一本しかないシンプルな帆船だ。北欧神話とは直接関係ないけど、ヴァイキング船を大きくした印象を受ける。
「でも、この帆一枚張れば、あとは風が勝手に押してくれるんだろ?」
「そうらしいですね」
お鶴さんが頷いた。ほんと、便利だよな。魔法か何か仕込んでいるのかね。それはそれとして――
「おい、カグヤとサルを呼んできて、スキーズブラズニルの試乗会といこうぜ」




