第57話、桃太郎と魔法の鏡
怪しい本が置いてあった。……いや、辞書みたいに分厚いが、見た目は普通に本だ。じゃあ何が怪しいのかって言うと、嫌な気配を感じるんだ。……何だろうねこれ。
ドヴェルグの宝物殿、お宝部屋から離れたドックのような場所、そこにある倉庫の一角で、オレたちが、怪しい本と無意味な睨み合いを続けていると、カグヤが木箱の山の向こうからやってきた。
「何? どうしたの?」
「……あそこの本、何か変な感じしない?」
太郎が指差した。カグヤもそれを見て、ムッと顔をしかめた。
「確かに、嫌な感じね。触ると呪われそうだから、こうして――」
カグヤが左手を向けると、本がフワリと宙に浮いた。
「こう!」
右手から火の玉――ファイアーボールを放って、本に命中させた。
「触らぬ神に祟りなし! 臭いものは燃やせ!」
「そこは蓋をするんじゃないのか……」
ちょっと過激じゃないかね、カグヤよぉ。問答無用で燃やしちまったぜ、この魔術師。触らぬ神なら、あのまま放置するのが正解なんじゃねえのか……?
「それより、桃ちゃん」
怪しい本を焼却したカグヤがオレと、その手にある鏡を見てきた。
「それ何? 何かの魔道具?」
「お、こいつか?」
オレは、両手で持った鏡を、カグヤに向ける。ちょっとイタズラしてみよう。
「これはな。魔法の鏡と言ってな。質問に対して何でも答えてくれるんだ」
「本当なの?」
さっそく疑うような目を向ける。オレは真面目なふりをする。
「うむ、前世でな、白雪姫って童話に出てきたアイテムだ」
「じゃあ、これ異世界漂流物ってこと?」
そうじゃね?――はい、嘘です。
「『鏡よ鏡』、って呼びかけて、質問をすると答えてくれるぞ。やってみ?」
「それが呪文なの? まあいいわ。鏡よ鏡――」
本当に言った――オレは笑いを堪える。
「桃ちゃんの言ったのは本当?」
うっ、驚かすつもりが、こっちがちとビビる質問しやがって。ただの鏡だから当然、返事はないが――
『はい。本当です』
鏡が返事した。
「喋った!?」
「うそぉっ!?」
カグヤとオレで、別の驚きの声が出た。魔女さんが睨む。
「え、嘘って?」
「しまっ――あははー」
嘘のつもりだったんだけどね。この鏡、マジで魔法の鏡だったみたい。そんなことってあるー?
「魔法の鏡」
お鶴さんと太郎が不思議そうな顔で、オレの持つ鏡を見つめる。
「見た目は普通の鏡ですよねー」
「ちょっと豪華そうですけど……。凄いですね」
「マジで凄いぞ、この鏡は」
これが白雪姫に出てきた魔法の鏡って言うなら、質問には何でも答えてくれる上に、嘘をつかない。
何せ持ち主のお妃様の質問に、忖度せず真面目に答えた筋金入りだからな。これが主人に媚びへつらう性格だったら、白雪姫の暗殺未遂も起こらず、お妃様もざまぁ死を迎えることもなかった。
「そうだ。本当のことしか話さないから、こいつに聞いてみよう。カグヤ、さっきのお宝部屋で見つけたお宝のこと質問してみようぜ」
「それ、いい考えだわ!」
物は試し、という気分になったか、収納魔法でしまっておいたお宝を出して、魔法の鏡に質問してみた。
まず最初。イッヌが、雷神トールの小手ではないかと、仮識別の鉄の小手を見せて質問する。
『これは雷神トールが保有した三大装備の一つ、「ヤールングレイプル」です』
確定。
お鶴さんが口を開いた。
「鏡さん。三大装備とは何ですか?」
『トールの三大装備とは、ハンマーのミョルニル、力帯のメギンギョルズ、そして鉄の小手ヤールングレイプルのことです』
ミョルニルで思い出した。シドユウ・テジンで回収したこれはどうでしょか?
『雷神トールの保有する鎚「ミョルニル」です』
「おお、やっぱりそうだったか!」
鉄の小手をはめて、ハンマーの柄を掴む。素手だと火傷しそうなくらい熱かったそれも、ヤールングレイプルごしだと熱を感じない。
とはいっても、ミョルニル自体そこそこ重いから、柄の短さから片手でぶん回すことになるけど、そこそこ腕力ないと使えないだろうな。オレは大力あるから、片手で余裕だけど。
ヤールングレイプル単独でも腕用の防具として使えそうだし、これからはヤバそうな敵にはトールハンマーことミョルニルも使えるな。
次に、魔法の鏡に鑑定してもらうのは……ドックの船とよく似た船、そのちっちゃな模型。お宝部屋にあったわけだけど、ただの模型じゃないよな……?
『こちらは「スキーズブラズニル」。ドヴェルグの匠たちが、神のために作った船であり、最高傑作でございます』
聞けば、この模型サイズは折りたたみの縮小状態で、開くと、すべての神様を乗せられるほどの巨大帆船になるのだそうだ。
帆を張れば、勝手に風が吹いて船を前進させられるという。
「なにその、チート」
大きさを自由に変えられて、気まぐれな風を読まずとも前進できるとか。ドヴェルグたちって、こんな凄いもん作るとか、職人としての技術、神がかってない? 持っていた太郎が、あまりの凄さにガクガクと震えているぞ。
じゃあ、この部屋の外にある船は、このスキーズブラズニル……慣れないと言いにくいな。この船と同型っぽいけど、あれは?
『あちらは未完成ゆえ名前はないようです。ただし型はスキーズブラズニルと同型です』
あっちは未完成なのか。じゃあ、こっちのお宝の方の船を使わせてもらうこととしよう。……船の出番があるかは知らんけど。
で、例のイッヌが拒否反応を示した紐を見せたら、魔法の鏡は『グレイプニル』と答えた。……なあ、イッヌよぅ、そんな嫌そうな顔すんなって。
「じゃあ、魔法の鏡、次はこれなんだけど……」
お宝部屋で見つけ、ドヴェルグ銅像を軽く破壊した槍を見せる。
『こちらは、魔法槍「グングニル」でございます』
な、んだと……? これが、かの有名なグングニル、だと……!
「凄い武器なんですか?」
お鶴さんが聞いてきた。
「凄いぞ。前世の世界での神話じゃ、トールより上って扱いだったオーディンの武器だからな」
狙った獲物への命中率100パーセント。投げても敵を刺し貫いて自動で戻ってくるチート機能付きだ。
ミョルニルもヨルムンガンドを除けば、ほぼ必殺武器のミョルニルにも、投げたら必ず当たって戻ってくるという機能があるが、それを備えているわけだから、弱いわけがない。
「ねえねえ、次、私いいかしら?」
カグヤがウズウズしながら、魔法の鏡に歩み寄った。
「私は四つの秘宝を探しているんだけれど……それがどこにあるか、教えて?」




