第55話、桃太郎とドヴェルグ像
グレイプニル。それは前世のイッヌにとって忌まわしき代物。
将来、危険な存在となると予言されたことにより、フェンリルを封じることに決めた神々。そこで用意したものがレージング、ドローミ、そしてグレイプニルだ。
レージングという鉄鎖、さらにその二倍の強度を誇るドローミも、引き千切ったフェンリルだが、神々がドヴェルグに作らせたグレイプニルによって、テュール神の右腕と引き換えに捕縛されることになる。
乱暴者で有名かつ、将来の危険対象という予言によってフェンリルは拘束されたが、最終戦争ではその戒めを解かれ、神々に復讐を開始、かの最高神であるオーディンを殺したのが、このフェンリルだったりする。そのフェンリルも、オーディンの息子に殺されるのだが……。
イッヌがその前世、北欧神話のフェンリルならば、グレイプニルは自分を騙した神々が使った道具だから、不機嫌を通り越してお怒りになるのも無理はない。
というわけだが、フェンリルでさえ拘束できる紐というのなら、頑丈さは折り紙付きだ。いずれ何かの役に立つこともあるだろうから、保存しておこう。……こういうパターンは大抵使われずに終わるフラグ。
なお、このグレイプニル。非常にレア素材でできている。猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液を合わせて作られたという。世界にこの六つがないのは、グレイプニルを作ったから、とかわけわからん説明付けがされている。ドヴェルグ、ハンパない。
閑話休題。
ドヴェルグがそもそも北欧神話系に関わっている種族だからか、この宝物殿のお宝もそっち系のものばかりのようだ。
普通にお宝探しする分にはいいけど、カグヤが探しているような和っぽいものはないんよな。
おっと、お鶴さんと太郎が何やら見ている。様子を見に行けば、武器がいっぱい並べられていた。へぇ、こいつは、ドヴェルグの武器か。
ドワーフの祖先とか親戚と言われるだけあって、斧やハンマーが多い。
「さすがドヴェルグの宝と言われるだけある品ですね。いい仕事です」
お鶴さんが目を輝かせている。クラフターとしては、ドヴェルグの鍛治職人なんて、神様みたいなものだろう。……知らんけど。
「おや」
オレは近くに立てかけてあった槍を手に取る。ドワーフ系のドヴェルグが、槍なんて珍しい気がする。
しかもこれ、シンプルなんだけど力を感じるな。刻まれている文字は読めないけど、北欧神話系というなら、ルーン文字ってやつじゃないだろうか? ……まあ、さすがにこの世界のドヴェルグの固有文字かもしれないけど。
その時、ふっと風が舞った。吹き付けるような暴風に一瞬、怯む。
「なっ、何!?」
カグヤも驚き、お鶴さんは、とっさに隣にいた太郎を抱きしめた。ジャラジャラと金貨の山を崩し、光球の魔法がちらついた。もしこれが松明などだったら風で吹き消されていたかもしれない。
そしてそれはオレたちにとって、幸運だった。宝物や金貨の山の所々にあったドヴェルグの銅像が、動くのを視界に捉えることができたから。
「動く!?」
とっさにオレは手に持っていた槍を構えた。この手の宝物がある部屋で、置物が動くって、絶対、侵入者撃退トラップだろう。
ヒゲもじゃドワーフのような姿のドヴェルグ像が、斧やハンマーを持ったまま、オレたちに向かって高速で突っ込んできた! いくら不意打ちだからって、この像速ぇぞ!
銅像に槍って相性悪すぎじゃねえか、って構っている暇がないので突き! ぶん回している余裕がなかったこん畜生!
頭が飛んだ。うへぇ、なんだこの槍。ドヴェルグ銅像の頭を吹っ飛ばしちまった。頭を失った銅像は、そのまま力を失ったように倒れて動かなくなった。
「大丈夫か、太郎? お鶴さん?」
二人の前で庇ったが、とっさ過ぎて見ている余裕がない。
「大丈夫よ、桃ちゃんさん!」
「だっ、大丈夫!」
お鶴さんと太郎の返事。周囲を見れば、カグヤに迫ったドヴェルグ像を、サルがパンチで破壊。他のはイッヌが猛烈な勢いで向かってくる像の頭を一飲みにして倒し、次の像へと風のように襲いかかっていた。
「はえぇ……。イッヌ、何かぶちきれてね?」
「さっきのグレイプニル、だっけ?」
太郎が言った。
「たぶん、それで機嫌が悪いんじゃないかな……?」
「なーる。そういや、グレイプニルを作ったのはドヴェルグ。イッヌ的には恨みの一つもあっておかしくないってか」
しかし、宝物殿のお宝部屋に、動く像トラップがあったとはな。油断したぜ。
「きっと、銅像にして周りの注意を逸らしたんだと思います」
お鶴さんが立ち上がった。
「もし金で出来ていたり、高級そうな武器を持っていたら、そちらに真っ先に近づいてみようとするでしょうから」
「なるほどな。注意が向いているなら、不意打ちもしづらいってか。するとさっき吹いた風も、侵入者の松明を消して、真っ暗になったところを討ち取る罠だったんだろうな」
怖い怖い。魔法で明かりをつけていたから、風では消えなかったけど、危なかったかもな。普通にやっていたら、下手したら全滅もあり得たぞ。
「洒落にならねえ」
もう残っていないか? 用心しつつ、まだ銅像が残っていないか、ぐるっと辺りを見る。死角にあるんじゃないか、歩いて確かめる。
「……どうやら、もう残ってなさそうだな」
「まったく油断も隙もないわね」
カグヤが頬を膨らませた。
「お宝を見つけて、気が緩んだ隙に襲いかかってくるようになっていたのね。あのタイミングだったら、武器とかしまっていたり、近くに放り出していただろうし」
そこを襲われたらひとたまりもない。この宝物殿を作ったドヴェルグたちは、お宝を部外者にとられるのが相当嫌だったんだろうな。
……いや、それが自然か。こういう遺跡とか宝物殿って、作った奴らからすれば、そこに納めた宝を略奪者から守ろうとするのは、当然のことだ。罠なんて、その典型だ。
でもまあ、滅びてしまった者たちの遺産だからと、それをどう扱うかは後年に見つけた奴次第ではある。
冒険者ルールで言えば、遺跡やダンジョンなどから見つけた者は、明確に、生きている誰かのものと証明できない品については、懐に収めても問題ない。危険なモンスター討伐や探索業をしている冒険者へのご褒美。役得というやつだ。
リスクがある分、見返りもないと誰もやらなくなる。それで困るのは武力のない地元や、結局は領主や国にも響いてくる。
とはいえ、この莫大な財宝を、ニューテイルだけのものにするのは、ルール上ではセーフでも、周りがそれに従うかは別だ。
中には、お宝に目がくらみ、自分の物にしようと、入手した冒険者を狙う不届き者もいる。同業者の場合もあれば、噂を聞きつけた賞金稼ぎや盗賊なども、だ。
過ぎた財は、身を滅ぼす。金持ちになるにもリスクがあるってことだな。




