第43話、桃太郎、前々世の力を引き出す
どうにも毒沼の竜は、オレたちを帰してくれそうにない。それとも飢えているのか? 大蛇のような長い図体ながら沼の真ん中にいたら、こちらから近接攻撃できねえ。飛び道具か魔法で戦うのがセオリーだ。
「カグヤ、妖光を――」
月の妖しい光で、戦意を喪失するカグヤの魔法なら――と思ったんだが、それより早くイッヌが動いた。
吹き出す業火。ファイアーブレス! 伝説の魔狼フェンリルは炎を吐く。その火炎放射は、沼の中心に届き、竜を燃え上がらせた。
おおっ、燃えてる燃えてる!
毒沼の竜が絶叫する。効いてるぞ……!
「やったぜ、イッヌ!」
さすがフェンリル。大したもんだ。カグヤも相好を崩した。
「案外、大したことはなかったわね」
まともに戦ってたら、ヤバかったぜ。体格差、リーチ差がインチキレベルに開いていたもんな。
サルの目を光った。
『あまりよろしくないお知らせです』
「なんだよ、サル」
『あの竜。一体だけではないようです』
「え……?」
は?
毒沼が沸き立つ。毒の泥をかきわけて、ドラゴン頭に大蛇のような胴体が次々に姿を現す。
「嘘だろ……!」
ダメだこりゃ。いくらイッヌのファイアーブレスでも、この数は無理だ。毒沼の竜たちが一斉に毒液をばらまいたら、オレたちもやられるっ!
ヤバいな。さすがに上に戻るのは空でも飛べない限り、毒沼の竜の毒吐きからは逃げられないだろう。
毒沼の竜たちが次々に叫び、気の早いやつが毒液を噴いてやがる。逃げるのも無理。かといって竜の懐に潜り込んで、盾にする戦い方も、毒沼という地形のせいで無理。無理無理無理!
くそ、普通に一対一での近接戦でも難儀する大物だってのに、この数は反則だろうが。
じゃあ諦めるかって? それで諦める性格なら、桃太郎なんてやってないっての。
どうせ死ぬかもなら、賭けだってなんだってするさ。太郎やお鶴さんを、残して逝けるかっての!
前々世の魂を受け継いでいるのなら、記憶だけでなく力もあるはずだ。大力があったんだ。あの力もあるはずだ――
「桃ちゃん!」
カグヤが叫んだ。
「一か八か、妖光を使う!」
「無駄だ、カグヤ! 妖光は陰にいる奴には届かないだろ!」
前列の奴は無力化できても、図体がデカいから、後ろにいる奴らには光は届かない。後ろから毒液を放射線を描くように放たれたら、結局おしまいだ。
「でも!」
「ここは、オレが何とかする!」
毒沼の竜たちの視線が続々とこちらに集まる。もうさほど時間はない。
百田の力。オレの中に眠っているのならば、目覚めろ!
左手に光が宿る。――来たッ! 俺は右手を添える。弓矢姫の力を我が手に!
左手に現れるは光の弓。オレの魂に刻まれた大切な人との絆。引き絞る。鉄の意志、鬼を貫け!
放つ。桃太郎の扱いしは強弓。大力によって放たれたら矢は、敵を、あらゆるものを砕く!
一筋は、たちまち二十になり、四十となり、やがて百となる。
風の如く駆け抜ける矢は、毒沼全体に広がり、毒沼の竜たちの胴を穿ち、首を吹き飛ばした。
竜たちの絶叫は上がった途端に消えた。あるいは何が起きたかわからなかった竜もいたかもしれない。ボタボタと切り離された胴体や頭が沼に落ちていき、やがて、場は静かになった。
ゴポゴポと沼から音がする以外、辺りはしんと静まり返る。
やったか、は禁句だろうけど、毒沼の竜はどうやら全滅したようだ。
「桃ちゃん!」
カグヤの声がする。サルが来て、イッヌが傍らに来たので、オレはその体にもたれかかる。悪いな、イッヌ。ちょっと力が入んなくてさ。
「凄いわ、桃ちゃん! 今の何よ?」
『まったくです。あんな技が使えたのですか!』
うん、まあ、ね……。オレは若干痛む胸もとをさする。
「桃ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「ちょっと前々世の力を使ったんだが……。たぶん、今ので寿命削ったわ」
さすがに魂から無理やり引き出したから、負荷がかかったぽいな。
「知ってるか? 桃太郎ってのは弓の名手でもあるんだ」
昔話じゃ、弓の部分は端折られているけど。実際、鬼退治も、犬、猿、雉だけじゃなかったし、鬼との戦いで命を落とした者も少なくない。
「今のは、鬼退治に参加したあるお姫様からもらった力でもある」
「お姫様?」
カグヤが首を傾げた。
「前に聞いた桃太郎の昔話に、お姫様は出てこなかったと思うけど?」
「一般的な昔話ではな。その辺り省かれるからな」
鬼ヶ島から取り戻したお宝も、鬼によって被害を受けていた人たちのものが大半だしな。
「そのお姫様、オレの彼女、ってか、婚約者だったんだけどねぇ」
「婚約者!? いたの!? あ、ちょっと待って。あなたは前々世、女だったわよね?」
「そう、だから結婚はしていないんだよね。男装していたオレを男と思って、妃にって言われたお姫様だったんだけど……」
女同士ってことで、まあ仲良くはしたけれど。
「その後、どうなったの?」
「鬼との戦いの途中、斃れた」
戦死というやつだ。自分たちの生活を守るために、男も女もなく戦ったんだ。そして鬼退治には、彼女の力が役に立ってくれた。オレたちが鬼を討伐できたのも、彼女のように多くの人が協力してくれたおかげでもある。
「ま、昔話では語られていない昔話さ。力を使ったら、ちょっと思い出しちまってな……。あー、やめやめ、辛気臭ぇ!」
柄にもなくセンチメンタルになっちまった。素面で語るには、ちとハズいな。
「イッヌ、悪ぃ。乗せてくれ」
力出し過ぎて、ダルい。
「さて、取りあえず、出てきた竜をぶっ倒したし、今のうちに戻ろうぜ」
どうせ毒沼の上の竜の死体は回収できねえし。もったいけど、毒に触れたくないしな。
『その件で一つご報告があります』
サルが相変わらず機械的な調子で言った。
『あちらに、通路のようなものがあります』
「あら本当」
カグヤが、サルの指し示した手の先を見て、それに気づいた。
「底まで来なければわからなかったわね。でも、桃ちゃんはどう? 具合悪いなら、出直そっか?」
「いや、イッヌが乗せてくれるなら問題ないさ。せっかくここまで来たんだ。見に行こうぜ」




