第42話、桃太郎、相談する
桃さんたちがダンジョンの探索に出て、僕はオーガたちのアジトにいる。
鶴ママは、アジトで回収した戦利品について、売り物になるよう細かな調整をしたり、手直しをして時間を潰している。
今は、ク・マさんが入り口で門番よろしく見張りに立っている。
門を入ってすぐ、砦で言うところの中庭にキャンプがあって、僕たちもそこにいる。いくら安全を確保したといっても、お互い見えないところにいると何かあった時に対処が遅れるかもしれないから。
で、僕は、最近よく話すオウロさんと休憩がてらお喋り――否、社会勉強の真っ最中だった。
お題、子供な僕がオーガを倒すには?
「――標準的なオーガと、君では体格差が離れ過ぎているからなぁ」
オウロさんは、眉間にシワを寄せて考え込む。
「物理攻撃で君がオーガを倒すのは、まず無理だ。剣や斧ではリーチ差があり過ぎて、近づく前に一蹴されてしまうだろう。槍を持ったとしても、君が持てるサイズでは、オーガとようやく対等。でも仮に刺しても、傷をつけた程度で終わりだ。やはり一撃で潰される」
現実は非常である。
「そもそもタロウ君。君、武術は習っていないよね?」
オウロさんは優しい。Aランク冒険者でありながら、僕のような子供を相手にも真摯に向き合ってくれる。……そう、決して馬鹿にしないのだ。だから僕はここ三日で、この人のことは好感を抱いている。
「見よう見まねです……」
「だよね。そもそもモモとは体格も違うし、彼女みたいに剣を振れないでしょ?」
「はい」
体は五歳児程度だもんね。ただ武器の重さというものは、多少重いかな、と思う程度で振り回すことはできる。力については、そこらの同年代より強いらしい。
鶴ママが運ぶ時、難儀している魔法の臼も僕は持ち運ぶことができるからね。
「剣術なり武術なりは、まず体ができないことにはな。体力をつけるトレーニングをして、戦士の体を作っていくのがいいだろう」
「僕にもできますか?」
「もちろん。聞いた話では、騎士や戦士の子供は、物心ついたら剣の学ぶというからね」
そういうものらしい。
「君は真面目だからな。方法を覚えて、体がついてくれば戦えると思うよ」
オウロさんは目を細めた。
「俺も十歳の頃には、ゴブリンを倒せるくらいになっていたからな」
十歳……。普通に考えれば、まだ子供だし、凄いことと思うけど……僕は三、四カ月程度で五歳児。果たして十歳くらいの体になるのは、いつになるやら。このまま普通に五年くらいか、それとも一年もしないうちにそれくらいに達してしまうのか。
「ちなみに、初めての魔物……ゴブリンはどう倒したんです?」
「ん? 拳で」
オウロは力こぶを作るように腕を上げた。
「幼い頃から、ク・マとレスリングをやって力はあったんだ。体当たりする勢いで突っ込んで、ぶん殴ったら、ゴブリンの顔面が陥没してしまってね……」
「うわぁ……」
オウロさん、十歳の頃からすでにパワーファイターだった。今は二十代っぽいけど、Aランク冒険者として見たら若い方になるんだろうな。やっぱり子供の頃から凄い人っているんだな。
「そういえばタロウ君は、魔法が使えるんだよね?」
「はい」
大したものではないが、火起こしなど細かなところで魔法を使ったところは、オウロさんも見ていた。
「俺は魔術師じゃないから、あまり言えないけど、体力の不利も魔法ならある程度補えるんじゃないかな」
「なるほど」
魔法に関しては、イメージがかなりの影響を与えるという。もちろん魔力を操作する力も大事ではあるのだけど、魔法の天才といわれるような人間は、幼い頃から開眼している場合も少なくないらしい。
「もし今オーガを倒す可能性があるのは、魔法ということになるんですかね?」
「……倒せるかどうかは保証できないけど、どちらが可能性があるかと言えば――」
オウロさんは腕を組んで黙り込む。この人は火起こし程度の魔法しか見ていない。そんなものをオーガに向けたところで殺せるかと言うと……まあ無理でしょうね。
「正直な人だ」
「……すまん。俺はタロウ君がどれくらいやれるかわからないから、断言はできない」
オウロさんは、どこまでも真面目だった。別に頭を下げなくてもいいのに、子供に対しても誠意を以て接してくれる。
「もしよければ、僕に武器の持ち方を教えてくれますか?」
「……いいだろう」
少し間があったが、オウロさんは了承してくれた。
「こんなダンジョンにいる早熟な君のことだ。いつ何時必要になるかわからないからね」
何年後ではない。僕はもうすでに戦いに巻き込まれているから、オウロさんもそれを理解したのだろうね。
・ ・ ・
あーあー、最悪だ!
縦穴の底から、毒の沼の滴らせながら姿を現した竜。どう見ても不健康そうな色をしているし、敵意を周囲に撒き散らしてやがる。
「毒沼に竜ですってぇ……!」
カグヤが唸った。
「こいつが原因で毒沼になったのかしら。そんなことはどうでもいいか。桃ちゃん!」
「何だ?」
「間違いなく毒攻撃をしてくると思うわ! 環境適応魔法だって毒を直接浴びせられたら防ぎきれいないからね!」
「了解、食らうなってことだな!」
オレだって、毒を浴びるなんてご免だね。……とはいうものの。
「どうすりゃいいんだ?」
泥沼に入るわけにもいかないし、そうなるとこっちの近接武器は届かないんだが? イッヌもサルもお手上げじゃね?
「一端、退却も選択肢に入るんじゃ――」
その瞬間、毒沼の竜が大口を開けた。おぅ……嫌な予感。
ドバァ、と泥のようなものを吐き出した。いや絶対これ、毒だろう!? 回避だ、回避!
走れぇー!
飛んできた毒液が岩に当たり、肉を焼くようなジュゥと音を立てた。溶ける溶ける、やべぇぜこれは……!




