第41話、桃太郎、シドユウ・テジンを探索する
シドユウ・テジン内、オーガの拠点をベースキャンプとする。
探索だが、オレとカグヤ、イッヌとサルで行う。太郎は安全なここで待機。お鶴さんは付き添いで、ゴールド・ボーイと熊にもここにいてもらう。
「ガキのお守りだ、嬉しいだろ?」
「言い方ぁ!」
ゴールド・ボーイに軽口を叩くが、ここまでのところコイツと熊を信用しているってことだ。何だかんだ言っても、太郎にはダンジョンは早い。
お鶴さんが口を開く。
「オウロさんとク・マさんが居てくれると心強いです」
「あ、はい。どうも……」
ゴールド・ボーイが急に赤くなって恐縮する。男って、お淑やかな女を相手にすると単純だよな。
探索に出発だ。オーガどもの拠点があることもあって、シドユウ・テジンの中の情報はほとんどない。
故に、何があるのかは行ってみないとわからない。サルにはマップを記録させるとして、用心しながら進む。油断するわけではないが、大体のモンスターは、事前にイッヌとサルが察知するから、待ち伏せされることはなかったが。
さて、そんな情報がないオレたちがどこを目指しているかといえば、もちろん奥ではあるのだが、オーガの入り口側拠点にあった内部図にあった、円形の空洞らしい場所だった。
妙にぽっかり空いているような奇妙な円があったので、実際に行ってみようってことだな。
洞窟型ダンジョンの定番通路を通って進む。途中出てきたワームや角モグラを打っ倒して、いざついたら――
「ひぇぇ……。深ぇぇ」
内部図にあった円形の空洞は、底までかなりの高さがある縦穴だった。カグヤがニヤリとした。
「深いといっても底が見えるだけマシね。よかったわ、地底まで続いている穴じゃなくて」
円状の空間、その壁に沿って下への道があった。この分なら、この道に沿っていけば底まで降りられそうだ。
「でも底の方も黒いつーか、暗いぜ? 実は底じゃなくて、穴なんじゃね?」
「近づけばわかるわよ」
そこでイッヌが警告するように吠えた。何か言ってる。
『イッヌが言うには、底から有毒なガスを感知したそうです。近づけば、毒ガスで意識を失います』
「さすがだイッヌ」
よく知らせてくれた。よしよし、もふもふしてやろう。
「なるほどな。ここは毒ガスが漂っているから、オーガどもがテリトリーにしなかったってわけだな」
ダンジョンを拠点にしている癖に、その支配領域が全体に及んでいないのは、妙だと思ってはいたんだ。
「別の道に行くか」
「いいえ、ここも探索するわよ」
カグヤは言うと、手を合わせた。
「神秘なる月の光。環境に適応する衣を我らに与えん」
お、まぶしっ。思わず目を庇う。
「何の魔法だ?」
「環境適応魔法。自分の周りを強制的に生存可能領域で包むの。毒ガスだって無効よ」
自信たっぷりのカグヤである。さすが魔術師。
「いい魔法を持ってるな。聞いたことなかったけど、そんな魔法もあるんだな」
「月人を舐めないで欲しいわね。こんなの必須よ必須」
「月……。あ、ひょっとして今の魔法使うと、宇宙空間も平気だったりする?」
「そゆこと」
かぐや姫は月の都の出身。昔話じゃ不思議チートでスルーされるけど、そういう仕掛けだったわけね。
全員に適応魔法がかかったので、ガスが立ち上る底をめざして、壁沿いの道を回って、下へと向かう。……この魔法、機械であるサルには意味ないな。
「有毒ガスが漂っているんなら、生き物もいないんじゃないか?」
「さあて、どうかしらね。生き物以外がいるかもよ?」
あぁ、そうね。アンデッドとか、活動するのに呼吸しない奴らは、動いているかも。
「……つーか、ガス臭ぇな。本当に大丈夫なのかカグヤ? 臭いが感じられるって、普通に貫通してんだろ」
「大丈夫よ、有害なものは変換されているから。幾ら吸っても、人体に影響はないわ」
「じゃあ、この臭いのも何とか変換して欲しかったぜ」
「いや、臭いは大事よ。違和感、異変を感知するためにもね」
カグヤから指摘されちまった。おかしなものに気づくためにも、五感は残しておかないといけない、ということだな。
「しっかし、広いな……」
グルリと円を描くような通路だから、余計歩かないといけないんだよな。
「いっそ飛び降りたほうが道中カットできるだろ」
「そうしましょっか」
浮遊魔法をかけるカグヤ。おーおー、体が軽い。ふわりと浮き上がり、一段下の通路へとジャンプ。まるで音に聞く月面ジャンプしてるみたいだ。
もちろん、前世で宇宙に行った経験はないけど、この浮遊感。月の重力六分の一って、こんな感じなのかねぇ……。
大幅にショートカット。しかし臭気はますます強くなっていく。
「なあ、カグヤ……。これ以上進むのって何か意味あるか?」
「ダンジョンというのは、こういう人が入るのが困難だけど、手段さえあれば行ける場所にお宝があるものなのよ」
ダンジョン探索経験が豊富なカグヤは、淀みなく告げた。
「毒ガスだらけで、オーガも近づかないなんて、絶対何かあるでしょうよ。ダンジョンのお宝が!」
「誰かが先に来て、宝を持ち去っているってことはないだろうな、確かに」
しかし、宝の期待は萎む。近づいていくことで底が見えてきたが、気味の悪い紫色。ご丁寧にゴポゴポいってる……。
「沼つーか、毒沼か?」
こんなところにお宝があるか? オレが振り向けば、カグヤは憮然とした調子で言った。
「文句は、実際に底まで降りて調べてから!」
なさそう、という思い込みが落とし穴ってな。まあそうだよな。諦めたら、そこで終わりだって言うし。
と……視界の中で何かが動いた。毒沼の中央が盛り上がったかと思うと、大きな何かが現れたのだ。こいつは……。
「竜、か……?」
毒沼から現れたのは大蛇のような長い体を持った生き物だった。全身から毒々しい液体をドロリと垂らして、辺り一面に轟く咆哮を発した。
おいおいおい、冗談じゃねえぞ、こんなの。




