第37話、桃太郎、鬼を倒す
「あらあらぁ、さっき踏み込んできた人間じゃない。もうこんなところにまで来たんだぁ~?」
ねっとり絡み付くような不快な声。あの上位オーガ女! お前がここにいるなら、当たりだな!
「さっきぶりだな、鬼女ァ! 子供を迎えにきたぞ」
「あらぁー、じゃあ、まだそっちに帰ったわけじゃないんだ。そっかー」
鬼女が体をくねらせる。気持ちヤツだなぁ。というか、そっちに帰った、ってどういうことだ? お前が連れ去ったんだろが!
「じゃあ、まだタロウちゃんは、この中に――」
「おい、てめぇ! 何で太郎の名前を知ってるんだ?」
「さあて、どうしてでしょうねぇー」
ニヤニヤとクソムカつく顔をしやがる鬼女。太郎に何かしやがったら、ただじゃおかねえぞこの野郎!
「あたしとぉ、タロウちゃんは相思相愛って言うかぁ――って!?」
黙れ、鬼女。オレは瞬時に、ヤツに肉薄。銀丸でその細い首を狙った。しかし鬼女は地面を抉るほどの急加速で後ろへ飛んで躱した。
「っぶな!」
「てめぇが喋っていいのは、太郎の居場所だけだ」
「何よ何よ、アンタァ! タロウちゃんの何だって――」
「喋っていいのは、居場所だけっつったろ?」
瞬時に距離を詰めて、執拗に鬼女の首を狙う。跳躍、壁を蹴って距離を取ろうとする鬼女。
「怖い怖い怖いぃ! 居場所吐いたら、助けてくれるとても言うのぉ?」
「お前らがここで殺した人間全員、蘇らせたら助けてやるよ」
無理だろうけど、な! 斬! ちょっこまかと逃げ回る鬼女。間に入ってきたオーガを両断。
この場所はよろしくない。まったくよろしくない。感じるぜ。ここで殺された人間の怨恨が。オーガどもに喰われたり、玩具にされて殺されたりした奴らの無念を。オレの中で、それらが後押しするんだよ。怖ぇぐらいに、さ!
「狂戦士……!」
鬼女がニヤリとした。
「アンタ、鬼と関わりが深いわね? お仲間になる素質あるわよぅ」
かもな。オレも鬼に取り憑かれているかもな。それだけ鬼をぶっ殺してきたからなぁ!
鬼女に斬りかかる。しかし鬼女は拳を地面に叩きつけた。そこから岩塊が飛び出して、オレを串刺しにしようとする!
気合い防御! 腹部に強い衝撃! とっさに魔力を腹に集めて防御した。串刺しは逃れたが、ぶん殴られたような痛みと衝撃までは殺せず、吹っ飛ばされた。
背中から地面に落下。瞬き程度の時間が、やけにゆっくりに感じ、受け身を取れた。そのまま素早く起き上がると、鬼女が片手で大岩を掴み、それをオレに投げてきた。
「クソがっ!」
素早く横へ走って回避。飛んできた大岩が壁にぶつかり、めり込む。挟まれたらぺしゃんこだった。あの細腕で、巨岩投擲とか、さすが上位オーガ。
「しぶといわねぇっ!」
鬼女は、地面から岩を引き剥がして、相次いで投げる。片手でそれをやるものだから、投擲間隔が短い。そこを俺は走り回れば、外れた大岩が外壁や門をぶち壊し、イッヌと戦っていたオーガが巻き添えをくらう。……おっと、これもらうぜ!
すでに倒れているオーガの金棒を拾い上げる。そしてそれを渾身の力でぶん投げる! 正面から大岩を金棒が突き刺さり、粉砕した。岩は細かくなって散弾よろしく鬼女へと飛ぶ。
「っ!」
その前にオレの投げた金棒が飛んできて、鬼女は回避した。さらに岩の破片が追い打ちをかけ、さすがに躱しきれず腕で防御する。
その隙は、逃がさない! オレはつま先に力を込めて、地面を蹴る。弾丸のように鬼女との距離を詰めて再度銀丸に持ち替え、力を注ぐ。
鬼斬り! 防御のために前に立てていたその腕を切り落とす!
「ガァァっ! 人間……っ!」
連斬! 返す刃で、鬼女の首を断つ! そして、胴体と分かれた鬼女は、その場で動かなくなった。
あ、やべ。居場所聞き出す前に倒しちまった。
・ ・ ・
何度か激しい震動がした。地震ではない。外で何かが暴れている?
僕は透明魔法で身を隠していたけど、このままだと危ない気がした。まさかこの洞窟、崩れたりしないよね……?
見張りのオーガも不安なのか、キョロキョロしている。動揺している隙に、通過してしまおう。
僕は、移動を開始した。倒そうかどうか迷ったけど、結局は隙を窺うということで待ってみた。だけど、動揺して注意が疎かになっている今、そのまま抜けてしまうほうが、一番可能性が高いと思ったのだ。
まだ外でズシンズシンと衝撃音が聞こえているけど、これ絶対外は大変なことになっているよね? 桃さんたちだろうけど、派手にやってるんだろうなぁ……。
そっと、そおーっと、ゆっくり、慌てず、慎重に。足をつけるタイミングは極力、音と揺れを感じるタイミングで――うーん。
あと、ちょっとで大広間の出入り口というところで、静かになっちゃった。何でだよー。
その時、見張りが動き出した。しかもよりにもよって、大広間に入ってくる。僕が避けないと、右半身が当たる。
ああ、もう! オーガの目線は僕を見ていないから気づいていないんだろうけど、このままでは接触して気づかれる! しょうがない!
着火! 激しく、燃えろ!
オーガの眼前で、炎が具現化する。間近に炎が現れ、オーガはビクリと立ち止まった。この炎を、オーガにぶつける!
『あっ! あつっ!?』
炎がオーガを襲い、その体を燃やす。肌を焦がし火傷を負わせるが、あいにくと燃やすものが足りないから、のたうっている間に消火される。何とか炎を振り払おうとするオーガ。
この隙に全力で逃げる? しかし軽傷ならば足音を聞きつけて追ってくるかも。
倒す? でも武器になりそうなものは、護身兼解体用ナイフのみ。これで僕の力でオーガの分厚い体を切るのは不可能。下手に刺したり切ろうとすれば反撃で、たぶん怪我をする。怪我では済まないかもしれない……!
ああ、また考えてしまった。逃げるに最善のタイミングを逃した! 火も自力で消してしまった。……一撃! 殺せないまでも地面に倒して時間を稼げるくらいの打撃を……!
こんなことなら、もっとカグヤママに攻撃魔法を教わっておくべきだった。魔力を手の先に集めて、渾身のエアショット。それを相手の顔面にぃ、放つ!
胴体は駄目だ。僕の素人へなちょこの攻撃は、厚い肉体に阻まれる。狙うのは頭。ここに強い衝撃を与えれば、相手の感覚を狂わせ、動きを制限できる可能性がある。
放った渾身のエアショットは、オーガの顎を吹き飛ばした。さながらアッパーを食らったように。僕とオーガの身長差を考えれば、頭を狙えば当然、斜め下からになるわけだ。
吹っ飛んだオーガは、わずかに体が浮いたようだった。そして背中から落ちて、木製の粗末な机を破壊し、後頭部を派手に打ち付けて動かなくなった。
……倒した?




