第36話、桃太郎、挑む
うわぁ……うわぁ……。何だここ……。めっちゃおっかないよ……。
僕はただいま、透明化の魔法で姿は隠している。この洞窟内はオーガたちのアジトだった。シドユウ・テジン内なのは間違いなさそうだけど、どこだよここぉー。
「だからぁ、子供よ、子供ぉ! 見かけても殺しちゃぁ駄目なんだからねっ!」
イバラと名乗った鬼女が、オーガたちにキンキンとした声で喋っていた。上位オーガは人間に近いっていうけど、遠目から見ると、少女と巨人のようだ。
「あんたたちも見ていないなら、まだこの近くにいるはず! 探しなさぁい! 行け!」
鬼女の命令で、オーガたちが動き出す。見た感じ、上位オーガって、やっぱり一般オーガより立場が上なんだなぁ……。
しかし困ったな。
大広間のような場所。木製の机と椅子が並び、大食堂っぽくある。以前立ち寄った町のそれに比べると、随分とボロっちぃけど。
グツグツと煮だつ大釜には、赤黒い液体と何やら骨とか浮いている。……マズそう。
あくまで洞窟内で地肌むき出しの床や壁、天井。掃除をするオーガなんてイメージわかないけど、まあゴミやら骨やらがそこらに散らばっている。きちゃない……。
オーガたちが、僕を探して行ったり来たりしている。一体どれくらいのオーガがいるんだろうか。
外に出るには、やっぱりあっちの出入り口っぽいところを通らないとだめか。見張りが立っているんだよな。
いくら姿を消しているとはいえ、ギリギリを通っていくのは怖い。僕からみたら、オーガなんて、巨人みたいなものだ。ちょっと手を伸ばせば届いてしまいそう。
もちろん、ああいう図体の大きい相手は、狭いところや足元を掻い潜れば、逃げられそうではある。
ただ、一度見つかれば、そこからは他のオーガも駆けつけるだろうから、どう考えてもおしまいなんだよね。
見つかったらおしまい。見つかったらおしまい……。
そんなんだから、攻撃するなんて以ての外。五歳児相応の物理攻撃なんて、オーガに効くわけがないし、攻撃系の魔法だって一対一ならともかく、複数に囲まれた時点で詰みだ。
持久戦になるかなぁ。いくらオーガと言えども、疲れたら寝るだろうし、皆が寝静まる頃に動いて、脱出の機会を窺うか……。
「……!」
ノシノシと、近くをオーガが歩いていった。息を殺し、それを見送る。心臓がドキドキして痛い。こういうのはほんと、勘弁してほしい。
桃さんたち、どうしているかな。やっぱり、僕を探しているんだろうか……?
・ ・ ・
「どけっ、雑魚ども!」
イッヌが駆け、巨大芋虫を蹴飛ばす。シドユウ・テジン内をオレはイッヌの背に乗り、突っ切る。
今のところ、先にゴールド・ボーイが見つけた内部図の通りだった。そして赤ルートを出たら、オーガ以外のモンスターと遭遇するようになった。
もっとも、そいつらをじっくり観察する暇はないけどな。イッヌはまさに風のように速い。しかも並みの狼より大きく、大虎のような体格しているから、そこらの雑魚は戦車みたく吹き飛ばしていくのだ。
「イッヌ、次は左だ」
内部図は暗記している。オレはイッヌを誘導しつつ、さらにダンジョンの奥へ。
っと、そこでイッヌが跳躍した。でかい穴があってそれを飛び越えたのだ。オレも気をつけないと、イッヌから落ちそう。
「ようし、イッヌ。そろそろオーガどものテリトリーに――」
言いかけ、正面が広くなっていて、洞窟内なのに、砦のような壁があった。へへ、オーガどものアジトってか。他の魔物が侵入してこないように、だな。
門は開いていて、オーガが数体立っていた。
「言うまでもなかったな! 閉められる前に突っ切れ!」
イッヌが吠えて、足を早めた。オーガどもがオレたちに気づき、慌てだしたがもう遅い!
弾丸の如く突っ切り、イッヌが一体、その背中からオレも銀丸で一体、すれ違いざまに斬り倒した。
攻撃を逃れたオーガが、角笛を鳴らした。侵入者ありってか? 上等だ、掛かってこい鬼ども!
オレはイッヌの背から飛び降り、ドタドタとやってくるオーガを迎え撃つ。なんて、待ってやらねえ。こっちも突っ込んで、先頭の奴から斬る。
空を切るオーガのぶん回した棍棒。へっ、てめぇのターンは終わりだ。空振りした次の瞬間には、オレが急所へ一撃入れる。オーガが倒れる前に、次のオーガへ肉薄し、やはり敵の攻撃を躱すと同時にさらに距離を詰めて、一撃。五秒の間に三体、仕留める。
今こっちは最高にハイってるんだよ。オーガからしたら、オレの動きは空気のように捉えどころがなかったかもしれない。太郎に手を出したら殺す。手を出さなくても殺すぞ、鬼ども。
・ ・ ・
大広間の外が騒がしい。さっき角笛のような音がして、オーガたちが駆けていったから、どうも侵入者っぽい。
でも……。どうしても出入り口のところの見張りのオーガは動かなかった。一瞬動きかけたんだけど、通りかかった別のオーガに、ここにいろって言われていた。騒ぎがあったからって、僕を探すのも終わったわけではないってことだね。
面倒だなぁ。そんなところ律儀に守らなくていいからさ、君も他のオーガと同じように行っちゃえよ……!
外の騒がしさは、ちょっと尋常じゃなさそうだった。桃さんたちかな? 並みのオーガじゃ、プッツンした桃さんに敵うとも思えない。それならここまで来てくれるまで大人しく隠れていたほうが賢明だろうか?
でも、あのイバラって上位オーガは、たぶんそこらのオーガより強いんだろう。桃さんも強いけど、大丈夫なのかな?
おそらくだけど、外が大変そうだから、イバラもそっちへ行ったと思うんだ。他のオーガは、もうこの辺りにいない。
いるのは出入り口の一体のみ。……一体なら、やってしまうか?
僕は子供だし、同行しているだけでニューテイルのメンバーではない。冒険者じゃないから。
でも、遅かれ早かれ、桃さんたちと一緒にいれば、いずれ冒険者になると思うんだ。なら、モンスターの一体も倒せないのはよくない。
最初の相手にオーガは、難度が高いと思う。でも、やり方はわかっている。できる!――頭の中では。
心臓が鳴る。わかっている。緊張している。
同時にネガティブな思考ももたげる。やり方はわかっても、僕の力、魔法では、オーガに致命傷を与えられないぞ、って。体格差、経験差を考えても、一撃で仕留めなければ、僕に勝機はない。不意打ちで倒すしかないんだ。だけど、僕の渾身の一撃がオーガを殺せなければ、その時点で負けだ。
これは賭けになる。確実を期すために、ここは自重し、助けを待つべきか。僕はまだ子供だ。戦士でも冒険者でもない。
どうする……? 迷った時点で負けな気もするが、焦って突っ込んで自滅するのは、もっとダメなんだ。
確実に、確信をもてる手を考えろ。それができなければ、かっこがつかなかろうがどうだろうが、動くべきではない……。




