第35話、桃太郎、鬼ごっこする
イバラと名乗った上位オーガ――女さんに迫られています。生後三、四カ月の僕、太郎です……。
どうしてこうなった!
下手くそな透明の魔法で、近づいてきたイバラが、弓を使う鶴ママを攻撃しようとしていたので、それを阻止したんだけど――結果、鬼に捕まりましたよ。
鶴ママが怪我しなかったのはよかったけど、人質はよくない。カグヤママが、イバラを攻撃できなかったわけだから。
……うーん、やっぱり、咄嗟に行動できないあたり、僕はまだまだ未熟だ。桃さんなら、捕まりそうな段階で、二、三別の手で反撃なり回避をしていたに違いない。
「ねえぇ、タロウちゃぁん!」
うぅ、なにこのねっとり絡み付くような声。イバラは僕をきっちりホールドすると、頬をすり寄せてくる。
「やっぱり、タロウちゃん、可愛いぃよぉ! ……ねえ、ワタシたちぃ、どこかで会ったことない?」
「……ぇぇ。初対面ですけど」
「ほんとにぃ? 本当? タロウちゃぁん!」
ガクガクと揺さぶらないで、脳が揺れるぅ……。くそぅ、このままでは幼児虐待、セクハラの嵐にさらされそうだ。この状況、何とか抜け出さないと――
「何か、すっごく懐かしい。何でだろう。……まあ、いいや。ワタシィ、タロウちゃんのこと、気にいっちゃったぁ! お姉さんのモノにならない?」
嫌です。――と面と向かって言えたらよかったのだけど、戦闘経験なんてほぼない僕は、上位オーガに対して無力だ。……本当に無力だろうか?
「ネェェ、ワタシィのモノにぃ――」
怖い怖い。鬼の目怖い。オーガって、こんなドロドロしたおぞましい目だっけ? 桃さんたちがやっつけていたオーガと違うんだけど!
これが上位種、なのか。この心を押しつぶしそうなプレッシャーは。
「で、でも……」
「デモォ?」
「僕、人間なんで――」
オーガの側にいたら、何かの弾みで食べられてしまうんで。性的に、じゃなくて、物理的に。そもそもオーガって食人鬼って意味だ。
「アハッ! 人間だから、ダメ? じゃあ、ワタシィ、タロウちゃんを鬼にしてあげちゃうわぁ。それならイイでしょ?」
鬼に、なる? 何を言ってるんだ? 僕は人間だぞ? 鬼になる、なんてそんなこと――!
「っ!?」
お断りだ! その瞬間、僕の中で何かが弾けて、ついで、僕の上に圧し掛かるイバラの体が吹っ飛んだ。
「がはっ!?」
天井に叩きつけられたイバラ。……って!? 今、僕がやった? 魔法が発動しちゃった?
マズい……! マズいマズいマズい。事故だろうが何だろうが、鬼を吹き飛ばしてしまった。これは明確な攻撃。鬼が、それを許すはずがない!
逃げなきゃ。上位オーガを相手に戦える力は、僕にはない。……そうだ、透明の魔法で!
「タロウちゃぁぁん! 痛いじゃなぁい――」
すっとイバラの声が途切れる。彼女は僕を見ていない。いや、見えていないのだ。
「あらぁ、タロウちゃん、子供なのに魔法が使えるんだぁ? へぇぇ……」
周囲をゆっくりと見回しているイバラ。……うん、彼女は、僕が見えていない。イッヌさんとサルに手伝ってもらって秘密特訓した透明化魔法が、ここで役に立つとは!
「透明化の魔法ねぇ……。でもタロウちゃん、知ってるぅ? その魔法、あくまで姿を消すだけで、音やニオイまではぁ、消せないのよぉ?」
だからぁ――と、イバラは、スンスンと匂いを嗅ぐ。……嗅いでいる。
「あら、姿を消すと同時に逃げたのかしら。ニオイがしないわ」
イバラが歩き出して、たぶん僕を探しに離れた。……ふぅ、フフ。イッヌさんの嗅覚でも探れないように、研究、改良した透明化魔法だ。そう簡単に見つかるかい。
イバラがもう少し離れたら、こちらも移動しよう。しかし、ここはどこだ? きっとシドユウ・テジン・ダンジョンの中だと思うけど。
・ ・ ・
太郎が女オーガに誘拐された。たまたま近くにいたから人質にされたんだろうが、早く助けないと、鬼に喰われちまうかもしれない。
何せ、オーガは人を生で喰うからな。
イッヌの聴力やサルのスキャンでも見つからない。ダンジョンの外に脱出したとは思えないが、カグヤは落ち着きねえし、お鶴さんはショックと責任感で潰れそうだし……。焦るよなぁ。
ゴールド・ボーイが見つけたこのダンジョンの地図を睨んだところで、居場所について確証はないし、たぶんわからん。だけど、推理はできる。
「この赤い線は、シドユウ・テジン内のオーガのテリトリーのような気がする」
ゴールド・ボーイが自身の顎に手を当て考え込む。
「俺たちが通ったルート、そしてこの大部屋も、赤だ。しかしダンジョンの他の部分は色がついていない」
「ここはダンジョンだからな」
ク・マが言った。
「他のモンスターもいるはずだが、確かにこっちの赤いルートには、オーガしかいなかった。もし、それ以外の場所に行って、他のモンスターが出れば、間違いないだろう」
「で、それが何だって言うんだ?」
シドユウ・テジンの勢力図がわかったって、それが太郎の居場所の手掛かりに――
「待てよ。転移で逃げるとなりゃ、自分にとって安全な場所へ飛ぶのが普通だよな?」
「危機的状況から脱したくて転移したのなら……まあ、そうなるだろうな」
ゴールド・ボーイが同意した。そうなると――
「ダンジョンの奥にある、赤い場所。こことは離れているが、オーガのテリトリーだって言うなら、こっちをセーフゾーンに転移したって可能性は?」
「充分にあるな」
「他に手掛かりがないんだ。行く価値はあると思う」
ク・マも頷いた。
「よっしゃ、そうと決まれば先を急ぐぞ。太郎の身が危ねえからな!」
オレは、イッヌを呼ぶと、その背中に飛び乗った。
「先行するから、後から追ってきてくれ。ゴールド・ボーイ、クマ! カグヤとお鶴さんをしっかり守れよ」
前衛のオレとイッヌが先に行くんだから、前衛できるのがサルしかいなくなるからな。
「任せろ、モモ。前衛職の名にかけて、後衛は守ってみせる!」
こういうところは、好感が持てるよなゴールド・ボーイは。
「イッヌ!」
フェンリルはオレを乗せて走り出した。高速移動なら、イッヌの足が一番だ。待ってろよ、太郎!




