第32話、桃太郎、見て学ぶ
心配されてるなぁ、って僕は思うんだ。
桃さん率いる冒険者パーティー『ニューテイル』は、オーガの武装集団がアジトにしているシドユウ・テジンに向かっている。
ママたちが言うところの鬼退治。実のところ、子供である僕は鶴ママと、安全なところで待っているはずだったんだけど、シドユウ・テジンの鬼に見られたから、分離するとかえって危ないということで、僕は最前線にくっついている。
桃さんとイッヌさんが強いのは、今まで見てきたから知っている。今回、レイドで組んでいるオウロさんとク・マさんも、中々の実力者だ。
オーガたちの待ち伏せを受けた時、僕はサルの背中に乗って、戦闘の様子を眺めていた。
子供だからね。桃さんたちも、僕に戦闘を期待していない。どこの世界に生後三、四カ月の幼児に戦いをさせる親がいるというのか。
基本前衛の桃さんたちがオーガを倒して、後衛であるカグヤママが魔法、鶴ママが弓矢で援護している。
で、メカニカルゴーレムであるサルは、後衛の少し前にいて、前衛を避けてきた敵を迎え撃つポジションにいた。
後衛の護衛、盾役を引き受けたのがサルだけど、たぶんに僕の警護担当なんだ。サルは鈍重そうに見えて、中々器用。前衛に負けないパワーを持っている。
今のところ、お荷物以外のなにものでもない僕。パーティーに同行して戦闘自体を見ること事態は、何度も経験している。
正直、まだ不安もある一方、僕でも、この程度のオーガなら、一体一なら何とかできるんじゃないかと思っていたりする。
上手く隠せているか自信はないけど、僕には力がある。わずか三カ月近くで五歳児まで成長した体が普通のわけがないのだ。
まず、第一の力。魔法が使える。大気や大地、その他色々に存在する魔力に触れて、形を変えて、魔法として放ったりできるんだ。空を飛ぶのは無理だけど、浮遊したり、姿を消すことも一応できる。
カグヤママを見様見真似したり、教えてもらったりして覚えたふうを装っているけど、結構オリジナルもある。思いついた魔法については、イッヌさんとサルにこっそり監督してもらって、助言をもらっているけど。
次に第二の力。聞く力。僕は、人間以外の言葉、声でも人語に変換して理解することができる。サルが時々発する機械語も、イッヌさんが何を話しているかも。基本、地獄耳なので、注意を払えば、離れていても内緒話も聞けるんだけどね。
そして第三の力。他者を感知する能力。相手を凝視すると、その考えや感情がわかる。表面的なものではなく、相手の思考が読めるというやつ。
慣れれば、おそらく色々な場面で役に立つと思うんだけど、まだ完全に体得はしていない。さっきのオーガの待ち伏せでも、その力を使ったせいで、敵の憎悪や怒りに触れてしまったから、ちょっと震えが止まらなかったんだよね。
桃さんから、大丈夫かって声をかけられたのも、僕がオーガの敵意に当てられて青い顔をしてしまっていたせいだと思う。こっちはまだまだ慣れが必要だと思う。
それはともかくとして、第三の能力を制御できるようになったら、その時は僕も、ニューテイルの戦力になれるんじゃないかなと思う。
魔法を駆使すれば、多少は戦える。ただ、未だに無力な子供を演じている理由は、戦場での覚悟、飛び交う感情の波に打ち勝てる自信がないからだ。
要するに、勇気の問題なんだ。
戦場での死に物狂いの感覚。頭で理解していても、追いつかない体、感情というものがある。強い敵意は人を怯ませる。それに気圧されている時点では、駄目なんだ。
桃さんみたいに、自分に向けられた殺意や憎悪を、耐えているのか躱しているのかはわからないけど、感情に動じず、淡々と敵の命を奪えるくらいにならないと、生き抜くことは難しい。
死に物狂い。殺し合いの場では本当に何が起こるかわからない。致命傷を与えたと思っても、腕の一本、足の一本が残っていれば、死ぬ前に向かってくることもあれば、武器がなくとも噛みついて、一矢報いようとする。
何故そこまで戦えるのか? 死にたくないからだ。理屈じゃないんだ。目の前の死、恐怖に麻痺して、人だって獣に変える。瀕死の敵も怖いんだよ。
その点、桃さんはプロフェッショナルだと思う。この人は大力持ち、要するに力があってそれを活かしているけど、基本、一撃で相手を仕留めに掛かる。
一撃必殺。瀕死の敵の怖さを知っているからだ。怪我を負わせた敵に付き合って、負傷するリスクを、とことん避けている。
敵に傷を与えれば、確かに戦闘力は落ちるかもしれない。だけど、そこで気を抜いたら駄目なんだ。そこで満足しているようでは二流以下だ。
相手は殺し、自分は無傷。それが真の一流だ。
その点、桃さんは、僕にとって理想の先生でもある。戦場で、あの人の戦いぶりを見ているだけで勉強になる。
『ま、お前も桃から生まれた桃太郎なんだ。なれるんじゃね? 訓練積めば』
そう言って、僕の頭を撫でてくれた桃さん。本当の血の繋がりはないけど、桃さんが最高にお母さんだった時のことは、思い出しただけでも胸が熱くなる。
でも同時に思うことがある。もし僕に本当に前世があったなら、きっと親子関係、上手くいってなかったんじゃないかって。
もしかしたら、僕がママたちに力をあまり見せないように隠そうとする気持ちも、その前世が関係しているかもしれないって、確証はないけどそう思うんだ。
今のところ、桃さんも、カグヤママも、鶴ママも、僕がやったことには褒めてくれる。でもあまりやり過ぎると、怖がられて嫌われるのではないか? そういう不安の感情がある。
捨てられるんじゃないかって。そもそも、僕は大きな桃に入れられて流されたのを拾われたという。
つまり、本当の親からは捨てられているわけだ。ママたちは、まだ捨てられたと決まったわけじゃない、って言っているけど、たぶん僕に気をつかっているんだと思う。
桃さんは、僕を怖がらないよね? 怖いものなしの桃さんなら、僕を捨てないよね……?
皆いい人だ。イッヌさんもサルも。でも僕はすでに普通じゃない。
普通の成長をしていないんだ。今は色々できるから褒めてくれているけれど、それが反転して、不気味だ、異常だと放り出されるのではないかって不安も拭えない。そもそも、物心ついても人生わずか三、四カ月だぞ!
やり過ぎは控えるようといったって、日常生活でもうすでに五歳児体格で精神年齢それ以上で見られているって、すでにやり過ぎ状態なんだから、加減なんてわかんないし!
「――おーい、太郎。大丈夫か?」
「え?」
「え、じゃねえよ。もうすぐダンジョンだぞ」
桃さんの声に、僕は現実に引き戻された。
「ぼー、としたら、死ぬぞ。いいな?」
「うん」
この辺り、桃さんは、心配はしているけど、子供として扱っていないと思う。集中しろ、僕!
山肌にぽっかり開いた大穴。洞窟型ダンジョン、シドユウ・テジンに、僕たちは到着した。




