第30話、桃太郎、待ち伏せされる
「オ、オーガだと!?」
ゴールド・ボーイが、姿を現したオーガ上位種に驚愕している。……やーっぱ気づいてなかったのね。
「女子供と、美味しそうな獲物がいるから、期待したけどバレちゃあしょうがないわねぇ」
人間の女に近い背丈のオーガ上位種は、妖艶に笑んだ。
「でもまあ、シドユウ・テジンに来てくれるっていうから、そこで待っているわ。全員で来なさいね?」
常人離れした跳躍で逃げるオーガ。ゴールド・ボーイが「待て!」とか叫んだが、もう行っちまったヤツに待てもクソもないだろう。
「参ったな……」
オレが呟けば、カグヤがそばにやってきた。
「全員の顔、見られたわね」
「あぁ。これ、ヘタに、太郎とお鶴さんを待たせると狙われるパターンだわ」
こんなところで、旅人を引っかけるオーガがいた時点で、他にも監視役が近くに潜んでいるとみていい。アジトから離れたところで、太郎を待機させておくつもりだったが、これ、分散したやつから狙われるだろう。
「多少危険だけど、全員で行くしかないわね」
「むしろ、そっちのほうが後顧の憂いなく戦えるまである」
残してきた子供を心配して注意散漫になるより、目の届く範囲にいたほうがいいってやつだ。戦場では、守らなければならないから、足枷にもなるが置いていくよりマシだ。
「あっちは、こっちをエサだとか敵と見なしていたから、遠慮なくぶっ叩いていいのがわかったのが、唯一のいい点かな」
「あら、オーガ相手に遠慮してたの?」
「いいや。悪党だとわかって、やる気が出てきたところだよ」
前世の漫画やアニメの影響で、人に近い種族とは、話し合いができるのでは、という思考が、時々顔を覗かせる。オレが侯爵令嬢を辞めるきっかけになった王城に攻めてきたオーガどもや、今みたいに明らかに敵対的なヤツには同情も容赦もしないがな。
「つーわけで、太郎、お鶴さん。お前たちもシドユウ・テジンまで来てもらう。極力、フォローするけど、油断はすんな」
「わかりました」
お鶴さんが頷いた。いきなり前線に引っ張り出されても動揺しないお鶴さんだが、太郎は青い顔をしている。……すまんな、怖いだろうけど、オレたちが守るからな。
・ ・ ・
廃村を出て、シドユウ・テジンがあるという山を目指す。さほど登らないところにダンジョンの入り口が存在していて、同時にそこが、オーガどもの巣になっているらしい。
「ところで、モモ。一つ聞いてもいいか?」
「何だ、ゴールド・ボーイ?」
「さっきの娘が、オーガだってどうしてわかったんだ?」
「え? わかんなかった?」
オレが聞き返せば、ゴールド・ボーイが大仰に肩をすくめた。
「全然。大きさも普通に人間のそれだった。オーガはもっと大きいだろう? まさかあれがオーガだとは……」
「オーガと言っても、色々いるってこった。今回のは上位種だな。特に人間に近いヤツは、オーガの中でも能力が高い。あの跳躍力見たろ? あれでパワーも、そこらのオーガより強いぜ?」
「そんなに……」
ゴールド・ボーイは絶句する。あー、そうそう、何でわかったかってことな。
「最初から胡散臭かったが、確信したのは、オーガに襲われたのに、家族はさらわれて娘が残っていることだ。オーガってのは、若い娘を置いていくとか見逃すってことは絶対しないんだ」
前々世もそうだったし、この世界でもそう。性的にも食用にも、女のほうがいいんだと。ケッ!
「なるほど。娘が残っているほうが不審だということか。……それなら待ち伏せするのは、女ではなく男であったほうが不審がられないということになるのか?」
「整合性をとるならそうなんだけど、男だと誘いに乗りにくいから、釣りとしてはあまりよろしくない」
旅人――移動する冒険者だったり商人ってものは男が多いし、男が助けてくれ、と言うのと、女が助けてください、と言うのでは、どっちが話に乗りやすいかって話だ。……女を囮にしたほうが、オーガにビビっている雑魚でも、下心で釣れるからな。
「お前も、釣られかけただろう、ゴールド・ボーイ?」
「むぅ……」
反論の余地なしって顔である。まあ、お前さんの場合は、善意だろうけどな。お人好しだし。ただ、そういう善意も釣られやすいから注意が必要なんだけど。
「それより……。気づいているか?」
「ああ」
ゴールド・ボーイが担いでいた大斧を取った。ク・マもイッヌも周囲に気を配っている。そしてサルが言った。
『モモ。どうやら我々は――』
「言わなくてもわかってるぜ、サル。太郎とお鶴さんを死んでも守れよ」
『了解』
こちらが武器を抜いたのを見て取ったか、周りの岩陰から、次々にオーガが現れた。そのデカい図体を窮屈そうに隠れさせていたのはご苦労様ってところだな!
「さあて、鬼退治の時間だぜぇー!」
銀丸を抜剣。
「来いやぁーっ!」
腹の底から声を出す。それは獣の咆哮の如く、周囲に轟き、オーガどもが向かってきた。
身長2メートルから3メートルの間。筋肉ダルマなオーガどもが棍棒や斧で武装し、ドスドス迫ってくる様は、中々に圧巻だ。
並の兵隊なら、騎兵突撃にも等しい迫力に尻込みするだろう。だが、んなもんにビビるほど素人じゃないんでね!
「うらあっ!」
棍棒を躱し、ガラ空きの首を斬! さすがお鶴さんが手を加えた銀丸。オレの力に乗って、オーガの丸太のような太首を吹っ飛ばした。
イッヌがオーガに飛びかかり、一噛みでその部分をごっそり抉り取り、倒す。ゴールド・ボーイも大斧で、文字通りオーガを分断。ク・マはオーガにも劣らぬ体で、瞬時に懐に飛び込むと、爪付きの豪腕でその首を切り落とした。
やるじゃん。オレも負けてらんねえな! 向かってくるオーガの攻撃を避けて、カウンターで急所を斬撃。意識が切り離されて、バランスを崩す巨体の陰で態勢直しと次の敵を瞬時に確認。そして突進。
体格差とリーチから、どうしても先攻はオーガ側だ。まずは一撃を回避。そして二撃目をやらせず肉薄し、敵が身構える前に刃を滑らせ、切り込む。刀ではないので、ここからは力で吹っ飛ばす。
オレがそこを執拗に狙うのは、一撃で終わらせるためだ。
間違っても剣で刺すな。一撃で倒せないからな。深く刺している間に筋肉が硬直して抜けにくくなるってのもあるが、相手が即死でない以上、掴まれたり武器で反撃を食らいやすくなる。
相手の数が多い時は、一人を相手に長引かせない。その間に他の敵に回り込まれるからだ。
一撃必殺。オレはそれを心掛け、襲い来るオーガどもを斬り倒していった。




