第28話、桃太郎、鬼退治を語る
ガーラシアの町から西へ三日ほど行くと、オーガどもが巣くうダンジョン、シドユウ・テジンがあるという。
ここのオーガたちは、近場の集落だけに留まらず、かなり遠方まで遠出して略奪や娘御の誘拐をしているらしい。
過去、何度も討伐が行われたが、根絶までいかず、またシドユウ・テジンというダンジョンが鬼たちの味方をしているのだという。
三カ月前の、レッジェンダ王国王都へ乗り込んで城攻めを行ったオーガ軍団。何でも複数の集団が絡んでいたらしいが、シドユウ・テジンのオーガも参加したって話だ。……へぇ、そこの鬼たちもいたんだ。
話からすると、前々世の鬼ヶ島レベルほどではなさそうだが、それなりの規模がありそうだ。
「正直言って、危険な場所だ」
オウロ――ゴールド・ボーイが真面目ぶる。
「何せ、こちらでも全体像が把握できていないからね。それにオーガたちも略奪した宝物なんかも抱えているから、ここを攻略できたら、一生遊んで暮らせるほどのものになるんじゃあないかな」
「金は二の次。珍しいモノがいいなぁ」
な、カグヤ? 俺が見れば、彼女は頷いた。ゴールド・ボーイは眉をひそめる。
「珍しいモノも、あるとは思うが、何せ鬼の感性までは保証できないから、実際に見てみないと判断できないと言っておく」
「まあ、そうだよな」
開けてビックリ玉手箱。開けてみるまでわかんねーわな。それも楽しみの一つってやつだ。
「鬼と聞いちゃ、オレも放っておけねえしな。宝があるなら、カグヤも行くよな?」
「正直、鬼のアジトになってるって聞いて、遠慮したい気持ちもあるけれど、……行くしかないわね。お宝と聞いたら、ね」
「君ら正気か?」
ゴールド・ボーイは目を見開いた。
「俺の話を聞いても、なお行くつもりなのか?」
「略奪や娘とか誘拐している奴らだろう? オレ、そういう鬼、大っ嫌いなんだよな」
前々世からの因縁。オレが女なのに、桃太郎なんて男の子の名前をつけられたのも、鬼どもから子供を守るための呪いみたいもんだった。
その手の人間に手を出す鬼どもは、これ以上犠牲者が出ないように始末する。鬼殺しの血が騒ぐ。
「さすがは噂のダンジョン・アタッカー。狂犬モモと言われるだけあって、凄い胆力だ」
「あ? 誰が狂犬だ、誰が!」
たくっ、変な噂流しやがったのは、誰だー?
「だが、やっぱり、お勧めできない。いくら何でも危な過ぎる」
「お前、さっきからそればっかりだな、ゴールド・ボーイ」
それなりの冒険者なのだろうに、お前も。
ク・マが背筋を曲げた。
「オウロは、心配しているのさ。こいつはこう見えて、底抜けにお人好しだ」
経験のある冒険者だからこそ、無謀は避け、堅実さをとる、とも言われるらしい。そうだよな、それなりの実力者ってことは、安定期に入ってるってこなんだろう。
「そいつはありがとうよ。でもなぁ――」
オレは、ク・マとは逆に背筋を伸ばした。真面目な話だ。
「さっきも言ったが、略奪や誘拐をしている鬼がいると聞いて、見過ごすことはできねぇ。何故ならば――」
「何故ならば……?」
「オレが桃太郎だからだ。前世、いや前々世からの因縁ってやつよ。鬼に苦しめられているヤツがいれば、助ける!」
まあ、この世界じゃ鬼以外にも魔物がいっぱいいるが、それも同じだ。人間を襲うヤツは叩き切る!
「危険? んなもん承知の上よ。殺し殺される、そいつが戦いってもんだ」
ほぅ、とゴールド・ボーイとク・マが感心するような目を向けてくる。いや、そんな大層なことは言ってねえからな?
「人のために、己の危険を差し置いて、飛び込むというのか?」
「勘違いすんなよ。困っている人や苦しんでいる人ってのを助けるって言っても、結局のところ、オレが嫌なモノを放置しておけないだけだ。鬼とか、そういうのにビクビクして生きるってのが嫌なだけなんだからな」
オレの前々世の両親も、周りの奴らも、鬼に怯えて暮らしていた。幼い時からそんなものを見て育てば、鬼を排除してオレも含めて皆が不安なく生きていきたいって思うもんだろ。少なくともオレはそう思った。
そして当然、同じように鬼や魔物に震えているヤツらがいるって聞いたら、気分がよくないわけだ。この桃太郎さんが、そいつらの不安の種を取り除いてやる。
「ん? どうした、ゴールド・ボーイ?」
何かがくりと首が曲がって、俯いてるけど。ここまでガクッて曲がりは、初めてみたわ。
「……オウロ?」
ク・マも心配げに相棒を見ている。
「……俺は、自分が恥ずかしい」
「は?」
「オーガたちによる略奪や襲撃があると、前々から聞いていたのに、俺は他人事のように聞き流していた。自分たちの住むガーラシアにオーガが現れたら、戦う覚悟はしていても、奴らはここにはこなかった。それが当たり前になっていた」
「いいんじゃね? 自分のいる町を守る。お前はそのつもりだったんなら、何も恥じることはねえだろ?」
「違うのだ、モモ。俺は、シドユウ・テジンのオーガという存在を知りながら、何もしてこなかった。被害が出ているのに、俺自身が成敗してやろうという気持ちにならなかった」
だから、お前は冒険者で、別に王国の騎士とか領主の兵隊じゃないだろ。本来、討伐しなきゃいけないのは、そういう治めている偉い人の仕事で……。そこで頼まれたが断ったとかなら、まあわからんでもないが。
「決めたぞ、ク・マ。俺はモモたち、ニューテイルと、シドユウ・テジンに乗り込み、オーガ討伐をする!」
「おおっ!?」
「いや、ゴールド・ボーイ。別にお前らに来てくれって頼んでねえぞ?」
「お前ら? わしも入ってる?」
ク・マが何か言ってるが、無視する。ゴールド・ボーイは真顔である。
「確かに頼まれていない。だが、俺もオーガ討伐がしたいのだ! 実際にガーラシアが襲われたわけではないが、それはたまたまで、いつ襲われてもおかしくない。そんな状況を、いざその時まで放置するわけにもいかない。モモに言われて、俺も目が覚めた。こちらから乗り込むべきだと!」
熱血野郎だな、ゴールド・ボーイ……。
「モモたちがシドユウ・テジンに行くのなら、我々も便乗させてもらう。同じ目的を持つ者同士だ。協力できると思う!」
「ふん。言ったからにはタダ乗りさせるつもりはねえぞ。精々お前らにも働いてもらうからな」
「望むところだ!」
そういうやる気のある奴は嫌いじゃねえよ。後は実力が伴っているなら文句はねえ。




