第23話、桃太郎、愚者の森に入る
オレたち『ニューテイル』は、この三カ月で随分と知名度が上がった。
フェンリルがいて、メカニカルゴーレムがいるとなれば、一目見ただけで普通じゃないってわかるよな。
そのフェンリル=イッヌと、ゴーレム=サルも、太郎同様、すっかり馴染んでいる。
「ちょっと待って、イッヌ」
太郎が、石臼を挽く。すると粉、ではなく肉が出てくる。
魔法の石臼――三カ月前のキヌウスのダンジョン。古代文明の水上遺跡で発見したお宝の一つである。
ただの石臼かと思ったがとんでもない魔法アイテムだった。前世で『海の水はなぜからい』とかいうマイナーな昔話があって、そこに挽けば食べ物や色々なものを出せる魔法の石臼が登場したような気がする。
はっきりそれという確信はないけど、石臼を色々試していたら、その魔法効果に気づき、今では俺たちニューテイルの食料事情に多大な貢献をしている。
太郎が出した肉の塊を、イッヌに与えている。……このイッヌが、とんでもない大食らいだったからな。さすがフェンリル――なんて言ってられないほど底なしの胃袋をお持ちだから、ぶっちゃけダンジョンで、魔法の石臼を引けたのはラッキーだった。
ちなみに、起き抜けに太郎がオレに持ってきた飲み物、あれはコーヒーで、この石臼から出したものだったりする。
「これで桃が出れば完璧だったんだけどなー」
「また言ってる……」
太郎がオレに呆れの目を向けてくる。
「そうだよ、オレはお前がいつか、その石臼から桃を出してくれる日を夢見ているんだよ」
レパートリーに加わってくれば、それほど嬉しいことはない。だが太郎は桃を知らないからと首を横に振る。お前が入っていたものだよ!――と言ったところで、赤ん坊の頃のことは覚えていないよ、だってさ。……ざっけんな! 三カ月前はその赤ん坊だっただろーが!
「そんなに言うなら、自分でやってみれば?」
「お前さあ、それで一回、パンクしたの忘れたのか?」
オレだって、魔法の石臼を回してみたんだよ。そしたら出てくるのは大量の粉、粉、粉。しかも止め方わからなくて、やり方を教えてもらったけどまあ大変な目にあった。だから――
「オレは、その石臼は二度と使わない!」
「そうですかー」
太郎は何とも言えない顔になるのである。さて、イッヌが食っている間に、オレも朝食を済ませる。
特に調理しなくても、朝からローストビーフが食べられて、付け合わせのパン――シュークリームの皮みたいな食感のものが食べられるのは、魔法の石臼様々だ。……本当、なんでこれで桃がないの?
草を踏む音が近づいてくる。カグヤと、SALだ。
「あら、起きた?」
「見ればわかんだろー。おはよう」
「おはよう。朝ご飯を食べたなら、出発しましょう。今日中に森を抜けて、ガーラシアの町に行きたいからね」
オレたちニューテイルが、次に立ち寄る予定のガーラシアの町。
なんでもこの地方には未開拓も含めてダンジョンが多いって話だ。そんなところなら、見逃す手はないよなぁ。カグヤの探し物や、いまだ叶わぬ桃探しに何かしら手掛かりがあるといいんだがな。
『それにしても――』
サルが森へと振り返った。
『薄気味の悪い森ですね』
「まったくだな」
オレたちが森に入らず、外で一泊したのは、この薄ボンヤリと霧のようなものが掛かっている森を警戒したから。
「愚者の森か。大層な名前をつけちゃってまあ」
名前のせいで不気味さマシマシってか。昨日聞いた話だと、入ったら出てこられないとかいう伝説があるとかないとか。なお普通に通行できる模様。
「死者が彷徨う森ね」
カグヤが腰に手を当て、そして太郎を見た。
「太郎ちゃん、念のためもう一度言うけれど、暗がりの森の中で光を見かけても、フラフラとついていったらダメよ? その光は人魂で、ついていったら永遠に森を彷徨うことになるから」
太郎は、人形のようにコクコクと首を振った。太郎は素直だからな。幽霊とか信じちまうよなぁ。
「おい、カグヤ。あんま太郎を脅かすなよ。所詮伝説だろ?」
「甘いわね、桃ちゃん。いくら街道が通っているからって油断は禁物。毎年、行方不明者が出ているんだから。……特に土地勘のない旅人や冒険者がね」
そもそも魔法やら不可思議な力がある世界だ。ファンタジーな伝説も、まんざら嘘とも言えねえってわけだ。
「ちな、その人魂って剣で斬れる?」
「知るもんですか。私は斬ったことないもの」
「物理攻撃が効くといいんだけどなあ」
振り返ればイッヌが口を開け、サルも右手を挙げた。オレたち前衛、物理攻撃組!
「ま、魔法は効くのですか、カグヤママ」
太郎が聞いた。カグヤは肩をすくめる。
「効く場合もあるし、効かない場合もある。相手次第だけど、太郎ちゃんは無理に戦わなくていいんだからね! あなたはまだ子供なんだから」
オレとの扱い、違くね? カグヤママは、ガキには甘いな。
「んじゃまあ、行きますか」
愚者の森を通って、ガーラシアの町へ。
・ ・ ・
森というのは薄暗い。よく晴れた日中でも高くそびえる木々と、広げた枝葉が光を遮り、影を落とす。
視界が悪い時は、聴覚や嗅覚に頼るのも手ではあるが、……青くっせぇ森だ。如何にも森の中ですっていう緑が放つ香りが鼻を刺す。
視界を遮る木や葉も多いこういう場所は、イッヌの嗅覚と聴覚が頼りだが――
「そういや、人魂って臭うのか?」
物知りなカグヤさんに聞けば、彼女は知らないとばかりに手を振った。
「イッヌ、どうだ?」
聞けばイッヌが一声吠えた。するとサルが喋り出す。
『イッヌが言うには、今のところ、それらしい臭いはないと言っています』
このメカニカルゴーレム、フェンリルの言語が理解できるのだそうだ。オレは、イッヌの言葉はわからないけど、見ていれば大体言わんとしていることはわかる。だが完全な意味を知りたければ、通訳できるサルに確認するのが一番である。
「そういうサルはどうだ? 何かスキャンできたか?」
『残念ながら、木と植物だけです。……そもそも疑問なのですが、ゴーレムの索敵装備に、人魂は捉えられるのでしょうか?』
「お前が知らないもの、オレが知るかよ」
このメカニカルゴーレム、猿の記憶を作動プログラムに利用しているせいか、その思考も機械ではなく、生き物っぽいんだよな。
「くそっ、霧か……?」
森の奥のほうで、白い霧がうっすらと見えた。カグヤが言った。
「足元、気をつけてね。沼とかあるらしいから」
「へへ、そんな見え見えのもん、気を付けるまではねえだろ――」
びしゃり、と水溜まりを踏んだ。あーあー。雨でも降った後のように地面が濡れていて、大気も微妙に水っぽい。
「桃ちゃん?」
「何でもねえよ」
足元注意と言われた直後に、水溜まり踏むとか、洒落にもならない。
愚者の森、か。陰気くせぇ場所だぜ、まったく。




