第17話、桃太郎、キヌウスのダンジョンを探索する
キヌウスのダンジョンは、蟻の巣のように深く、入り組んでいた。
イッヌに乗ってかっ飛ばしたが、これといって何か遭遇もなく――いや、テンポ遅れの落石トラップが発動したようで、後ろで音がしていたくらいかな。
カグヤ曰く。
「探索済のところのモンスターは大したことないわ。洞窟コウモリとかスライムとか、ゴブリンが少々。むしろ怖いのはトラップの方ね」
油断すると落石トラップが直撃して即死とかな。実際、イッヌが、ゴブリンだかを道中、二度ほど跳ね飛ばしていた。轢き逃げだー!
正直、初めてのダンジョンなんだから、もっとゆっくり言っても、と思ったが、イッヌの足で結構進んだのに、雑魚しか出てきていないので、パスしても全然よかったと思い直した。
そして、いよいよまだ踏破されていない地下階層に到着した。オレたちはイッヌの背から下りる。
カグヤが地図と見比べる。
「うん、ここから先ね。地図にない通路。少し先にいると広い空間に出るけど、そこから先は、まだギルドでも把握されていないわ」
「この先にお宝があるのか?」
「さあて、行ってみないとわからないわ」
探索してのお楽しみってわけだな。ダンジョン探索感が出てきた。
「わかっているだろうけど、桃ちゃん。油断しないでね。文字通り、何があるかわからないんだからね」
「了解。心配すんな、探索の心得はあるつもりだぜ」
前々世じゃあ、鬼退治にこの手のダンジョンもどきに入ったことあるし、鬼ヶ島も攻略してっから。こちとら、探索もまったくの素人じゃない。
イッヌがすっと先導するので、俺、カグヤの順で続く。動物ってのは異変にも敏感だから、割とトラップにも気づく。イッヌが、真っ直ぐではなく、妙にカーブを描いて『何か』を避けるような歩き方をした場合、オレはイッヌの踏んだ場所をなぞるように進んで『何か』があるらしい場所を避けた。
「それにしても、ここまで結構楽に来れたけど、まだ未踏ってのはマジ?」
ダンジョンに新たな階層発見ってなったら、お宝があるかもって、冒険者たちが我先に探索しそうなんだけど。
「それは冒険者によって、それぞれね。魔物狩りが得意なバトルジャンキーも入れば、探索中心の冒険家気質もいるし、採集ばかりするタイプもいる」
カグヤは答えた。
「新階層と聞いて、喜び勇んでいくのは、冒険家気質の人か新人って相場が決まってる。中堅や経験豊富な一般冒険者は、ルートがはっきりするまでは来ないわよ」
「そうなのか?」
「冒険者って、魔物退治とか危険がつきまとうからね。慣れてきた冒険者は、安定を取るようになるのよ。未開拓なんて、何があるかわからないから対策もとれないし、遭難のリスクもある」
なるほどねぇ。安定か……。
「手柄を焦る新人は、未踏と聞くと突っ込んでしまいがちだけど、それで返り討ちになったり死亡したり……まあ、知らないところへ行くリスクがどんなものか、暗に物語るってやつよ」
「カグヤやオレみたいなお宝目当てでもなけりゃ、無理することはねえってことだな」
オレは、チラと後ろを一瞥する。
「カグヤ、お前、杖なんて持ってたっけ?」
「ああこれ? 魔法収納から出したの」
宝玉に棒のような持ち手がついた、いかにも魔法の杖というそれ。なお宝玉が薄ぼんやり光っている。
「一種の探索呪文が刻まれていてね、ダンジョン内を記録しているの。あとで地図を作るのよ」
「へぇ、それってオートマッピングってやつか」
歩いた場所を地図起こしできる魔法らしい。探索のお供、未開でも迷子になる率を減らす一品。
「こういう未踏の場所の地図は、ギルドで売ってお金になるのよ。ちょっとした小遣い稼ぎね」
「リスク背負って探索するんだ。それくらい特典は欲しいよな」
開けた場所に出た。分岐のようで、いくつか穴があった。探索――!?
イッヌが吠えるのと、オレが見上げたのは同時だった。天井に何か張り付いてやがる!
「トカゲ……?」
ペタペタと張り付いていたそれが、次々に落ちてきた。
「気をつけて、リザードマンよ!」
トカゲ頭の亜人種族。紫っぽい皮膚を持つそれ。おうおう、言葉がわかるわけじゃねえが、殺気をヒシヒシと感じるねぇ。言葉は不要っぽいな。
オレはショートソードを構える。お鶴さんが鍛え直したそれは、刃が銀のように輝いている。
なので銀丸とつけた。安直なネーミングとか言うなよ、わかりやすさ重視ってやつだ。ダンジョン探索ということで、取り回しが利くものを選択した。
地面に降りてきたリザードマンたちが突っ込んできた。オーケー、先に手を出してきたのはそっちだからな!
オレとイッヌは、向かってきたトカゲ野郎を迎え撃つ。意外にリザードマンの動きは速い。亜人っていうより、トカゲの化け物を相手にしているような感じだ。
斬!
肩口からざっくり! リザードマンから鮮血が飛び散った。ギャッ、と怯んだリザードマンの頭を返す一撃で仕留める。
だが、それに感じ入っている余裕はない。次のリザードマンが、オレの側面に回り込んでいたからだ。死角を突こうたってそうはいかねえ。
「光弾!」
光が過り、リザードマンの頭が吹っ飛んだ。カグヤが攻撃の魔法を使ったのだ。魔術師だもんな。杖からではなく、かざした手の平から放たれるのはご愛敬。そういえば、カグヤが攻撃魔法を使うの、初めて見た。
イッヌも噛みつき一回で、リザードマンを一体引き裂き、倒している。さすがフェンリル。
現れたトカゲ野郎どもは、あっさりと返り討ちにできた。二人と一体が相手じゃ、この程度は歯応えないかもな。
おっ、イッヌ、こいつらを食いたいか? 放置しておくと土地が穢れそうだし、始末していいぞ。
「リザードマン、か……」
カグヤが呟く。
「どうした?」
「うーん、このキヌウスのダンジョンって、今までリザードマンって目撃されてないらしいのよねぇ」
「未踏の場所っぽくなってきたな」
オレがニヤリとすると、カグヤが首を捻った。
「近くに水場があるのかもね。とりあえず、リザードマンたちの武器を回収して――」
「こいつら、武器は持ってなかったぞ」
亜人というより、デカいトカゲの仲間っぽい動きだったし、オレもよく知っているわけじゃねえけど、トカゲ以上、リザードマン以下っぽいと思った。
「残念。戦利品になるかと思ったのに。……仕方ない。討伐部位だけ採って――」
「あ、悪い。イッヌに食わせちまった」
イッヌさん、襲ってきたリザードマンを平らげてご満悦。スタッフが美味しくいただきましたってか。ダンジョンにゴミを残さない冒険者の鑑。
「次からは、討伐証明を採ってからにしてね……。報酬やランクに影響するから」
カグヤさん、ぐっとこらえて初見さんに優しく注意。いやー、オレだったら怒鳴ってたね。さすが前世はお姫様、人間ができていらっしゃる。……月面人だけど。




