第16話、桃太郎、ダンジョンを目指す
川から流れてきた巨大桃。中には、昔話と同じく赤ん坊が入っていた。
「で、桃ちゃん、これ食べるの?」
「はぁ?」
カグヤの一言に、オレはカチンときた。
「食べるわけねえだろ! 相手はガキだぞ!?」
「は?」
カグヤが引いたような目になった。
「え、桃ちゃん……まさか、赤ん坊を性的に頂こうと――」
「んなわけねえだろうがっ!? な、何言ってやがる!」
ショタならぬ赤ん坊に手を出すって、犯罪だろうがよ! というか、あまりに想像外の言葉に、冷や汗が止まらないわ。
お鶴さんが、優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、桃ちゃんさん。もし、性的に溜まっていることがあれば、言ってください。わたしがお相手しますから」
「……は? 何を言ってるんだ?」
いや、割とマジで。
「大丈夫です。わたし、桃ちゃんさんに全てを捧げますからっ! 助けてもらったあの時から!」
おいおい、何を言ってんの? なんでお鶴さん、恋人ムーブかましてるの?
本当に大丈夫? 赤ちゃん見てから、オレも含めて皆おかしくない? 動揺しているのかこれ?
そういえば、昔話でも助けたお礼と言って、鶴なのに人間の爺さんのところを訪ねたんだっけかこの人。大人しそうに見えて、本性はかなり強引な押しかけ型なんじゃねえか……?
「……それにしても」
カグヤが巨桃の中の赤ん坊を見下ろしている。
「この子、泣かないわね」
さっきまですやすやと寝ていた赤ん坊が起きていた。小さくて可愛い……はともかく、目をきょろきょろさせてオレたちを見上げている。なーんもわかってねえ顔してらぁ。……確かに起きたら急に泣き出すかと思ったけど、確かに泣かねえなコイツ。
「大丈夫なのかしら?」
「デカい桃の中にいる時点で大丈夫じゃなくね?」
少なくとも『普通』の範疇にいれちゃいけないと思う。というか、この桃、赤ん坊用の籠みたいなものなのかな。外見は桃だが、中身はどうなんだこれ? 桃の匂いはするけど、食えるのかな――あ、カグヤが『食べるの?』って聞いたの、外のやつのことだったか! オレってば早とちりだぜ。
「あ、寝たか、コイツ」
赤ん坊は目を閉じて動かなくなった。
「大人しかったのも、おねむの時間だったってだけか」
「この子、どうします?」
お鶴さんが、わずかに顔をしかめた。そうさなぁ、川から流れてきたってのがな……。昔話の桃太郎にそっくりな展開だ。オレという転生桃太郎がいながら、別の桃太郎ってか。
「川へ流したら、川に洗濯にきたどこぞのお婆さんが拾ってくれねえかな?」
「そんな都合よくいるかしら?」
「昔話じゃないんですから、それって可哀想じゃないですか?」
カグヤ、そしてお鶴さんが言う。うーん、誰かは拾ってくれると思うんだがなー。特にこの世界なんて、拾ったものは俺のものー、が通用するし。
「悪い人に拾われて、奴隷にされちゃったりとか、ありそうですよね」
「それは寝覚めが悪いよなぁ」
……拾ったものはオレのものー、か。
「とりあえず保護して、町に戻ったら探してみるか。何かの間違いで赤ん坊を川に流して困っているヤツとかいるかもしれないし」
「……」
「……」
カグヤとお鶴さんは黙っている。暗にそんな人いる?――と言いたげな顔をしている。……オレもそう思う。
「で、どうするの? ダンジョンに行く途中だったんだけど、引き返すの?」
カグヤが嫌そうな顔をしながら聞いてきた。そりゃ道中、赤ん坊を拾うなんて、普通ないもんな……。
「いいですよ。ダンジョン、行きましょう」
お鶴さんが、赤ん坊を抱き上げた。
「桃ちゃんさんとカグヤさんがダンジョンに行っている間は、この子はわたしが見ておきますから」
「いいのか? ……悪ぃな、そんじゃ頼めるか?」
はい、とニッコリのお鶴さん。ダンジョンに行けると聞いて、カグヤもニッコリだ。
さあて、移動だ移動。いざダンジョンへ! ……でもいいのかなぁ。お鶴さんが面倒を見てくれるっていうけど、赤ん坊がいるのって。
・ ・ ・
キヌウスのダンジョンは、ちょっとした岩場にあった。その中に洞窟があって、地下へと伸びているようだった。
「なんつーか、こういうの見ると盗賊のネグラっぽいな」
この世界での初ダンジョン。前々世にもなかったけど、前世では本でいっぱい読んだ。
カグヤが前に出る。
「ただの洞窟に見えて、ダンジョンだから。いくら鬼退治が得意な桃ちゃんでも油断は駄目よ? この中は、外の世界とは違う。一種の魔法空間みたいなものだがら、あり得ないことも、普通に起こるからね」
「いちいち驚いていたら、キリがねえってこと?」
「そういうこと。でも驚いてもいいのよ? それに我を忘れてダンジョンに殺されなければね」
「へいへい」
油断はしねえさ。でも、初ダンジョンだからワクワクしてる。
「中は、外以上にモンスター、魔物、色々いるからね。頼りにしているわよ、桃ちゃん」
「任せておけって」
と、オレにイッヌが鼻を寄せてきた。おー、よしよし。
「お前も頼むぜ、イッヌ」
フェンリルは小さく吠えた。そのモフモフな毛並み触れていると落ち着くわ。
「じゃ、お鶴さん、あとよろしく」
「はーい。お気をつけて」
手を振って見送ってくれるお鶴さん。彼女が馬車――犬車――車に入ると、それごとスゥーと消えた。前世でいえば光学迷彩みたいだが、こっちでは魔法の類らしい。これがあるから、お鶴さんと赤ん坊と離れても大丈夫……らしい。凄ぇな異世界。
「じゃ、行きましょうか」
カグヤ、オレ、イッヌは、洞窟入り口から、ダンジョンに入った。……やっぱ、入ってすぐはただの洞窟っぽいな。
「いや、奥へ進んでいるはずなのに、明るいような」
「ま、ダンジョンだからね」
カグヤが手にランタンを持った。真っ暗ではないというだけで、薄暗いのは間違いない。
「当面は、すでに開拓されているからいいとして、目指すは発見されたばかりの地下階層ね」
「それって結構先かい?」
そこでイッヌが振り返った。……おう、乗ってけだって? 何となく言いたいことがわかる。じゃ、頼もうかな。
イッヌの背に乗り、おーい、カグヤ、お前も乗れ! 二人くらいならイッヌの背に余裕だからな。
いざ、フェンリルに乗って、ダンジョン奥へ!




