第15話、桃太郎、噂が広がる
王都に近いアイバンの町に、Sランクモンスターのフェンリルが現れた。
その報告は、王都を震撼させた。先日のオーガ軍団の襲撃に続き、またも災厄が発生したのだ。
国王は、ただちに討伐隊の編成をオルガノ騎士団長に命じた。斥候隊がアイバンの町に急行したが、事件は解決していた。
斥候隊の伝令の報告によれば、襲撃してきたフェンリルは、現地の冒険者が倒し、町への被害、死傷者は軽微だった。
「そんな猛者が、アイバンの町にいたのか?」
伝説級の魔獣を討伐など、口で言うのは簡単だが、実際に戦いとなった場合、周辺被害は凄まじいことになっていたはずだ。死傷者は少ない? そんなもので済まないはずなのだ、普通は。
が、現実にフェンリルが退治され、それ以上被害が出ないというのなら、認めないわけにはいかないだろう。
「それで、その冒険者とは何者だ?」
「モモ、というAランク冒険者だそうで」
「Aランク……。モモ……いや、聞いたことがないな」
上級ランクの冒険者、それもAランクともなれば、それなりに有名人である。Aランクはもちろん、有力冒険者についても情報を仕入れているオルガノだ。会ったことがなくても名前で、引っかかるはずなのだが、『モモ』という名前はおぼえがなかった。
「どうもアイバンの町の外から来た者らしく、登録初日で、いきなりフェンリルを討伐してしまったとか」
「……何だと?」
登録初日――それは、オルガノが知らないはずである。だがそれは最低ランク冒険者が、伝説級魔獣を倒すという大金星であり、同時にとても信じがたいことだった。言ってみればあり得ない。
「これは……確かめるしかないな。アイバンの町の被害確認を兼ねて視察する!」
かくて、オルガノ騎士団長は小隊を引き連れて、町へと向かった。
到着した町は、一部外壁が損傷していたものの、伝説のフェンリルが襲ってきたという割には被害は少なそうであった。
中へ入れば、なるほど、倒壊した民家もいくつか目につき、それなりに大物が暴れたのだろうと見当がついた。
しかし、やはりフェンリルのそれにしては、町は原型を留めている。気を取り直して、件の冒険者モモに会うべく、冒険者ギルドへ赴く。
だが――
「モモさんはおそらく、ダンジョンに向かわれたと思います」
騎士団長に応対したギルドマスターは、そう答えた。当人不在。しかし視察のついでに、冒険者ギルド側からも、事態の詳細を確認する。
「フェンリルを従えたぁ……!?」
オルガノは一瞬言葉を失った。なんとモモという冒険者は、フェンリルと単独で戦い、叩きのめして、さらにそれを従属させてしまったというのだ。
「そんなことがあり得るのか?」
「実際にこの目で見ていなければ、我々も信じられなかったでしょう」
神妙な調子でギルドマスターは言った。
「まるで犬を可愛がるように、フェンリルを撫で回していました。フェンリルもまた、モモに懐いていた」
「とても信じられない」
「でしょうね」
「……それは本当にフェンリルだったのか?」
狼型の異常変異個体ではないか、とオルガノは思った。
「そうであったなら……」
ギルドマスターは首を横に振った。
「町で採集された例の狼型魔獣の毛を、鑑定の魔道具に掛けたところ、記録なしと出ました。まったく未知の種でなければ、可能性は――」
「伝説級の魔獣フェンリルくらいしかない、か」
オルガノを瞑目した。そうなると、やはり気になるのは――
「今回武勲をあげたモモなる冒険者だが、どのような人物だ?」
そのような実力者について、まったく知らないというのもよくない。特に非常事態になれば、上級冒険者は王国から召集の可能性もある。国王に報告するためにも、戦功者について情報を仕入れておきたい。
ギルドマスターは腕を組んだ。
「先日登録したばかりなので、まだよく知らないんですよ。私も直接話していないので。二十前後の、勇ましい娘でした」
「娘!? 女子なのかっ!?」
フェンリルと単独でやりあったというから、屈強な男かと思ったが、思い込みというのは恐ろしい。
モモという名前は、このあたりでは聞かない名前なので、男か女かの想像が難しかったが、まさか女だとは思っていなかった。
しかし、そうなると――オルガノの脳裏に、オーガの集団を単騎で蹴散らしたミリッシュ・ドゥラスノ元侯爵令嬢がチラついた。
侯爵家を追放され、どこかへ姿を消したミリッシュだが、もしかしたら彼女が名前を変えて、今回活躍したのではないか……?
――いや、しかし幾ら彼女でも、フェンリルを相手になど……。
違うような気がしていたが、オルガノは一応確認してみる。
「そのモモは、紺色の長い髪の麗しい女子だったか?」
「紺……うーん、色合いは近いですが、髪は肩ぐらいの短めで、かなり勇ましい雰囲気でした」
――違う、か。
「非常に男勝りで、喋り方も男口調。とても喧嘩っ早いようで、初日にギルドフロアにいる冒険者たちを相手に、腕倒しを挑んで全勝したとか。かなり力があるようで」
――きっと、よく鍛えられた、男のような体をした女子なのだろう。
探しているミリッシュとは別人のようで、ガッカリするオルガノである。
ギルドマスターから聞き取りが終わり、オルガノ騎士団長は冒険者ギルドを後にしようとする。
――何やら騒がしいな。
見れば、休憩所にいる冒険者たちのようだった。
「いいか、お前ら。若くて見慣れない胸のデカい女冒険者を見かけても、気安く誘おうとするな。そいつがフェンリルをも従えた豪腕のモモさんだ」
どうやら、モモを知る冒険者が、知らない冒険者に語っているようだ。さらに別の大男も――
「おれ様が、まさか腕倒しで負けるとは……とんでもない女だと思ったね。何か卑怯な手を使ったんじゃねえかと疑った」
大男――ドルダンは大仰に言った。
「だがおれ様から手に入れた大剣を手に、あのフェンリルと戦い、勝っちまった! これでわかった! あの女――モモの姐御は本物だってな。おれ様が負けたのも当然だ。フェンリルを従える女だぞ? 姐御に勝てる男なんて、この世に存在しねえ。間違いねえ!」
――あの大男を腕倒しで勝てる女子?
やはり、モモという冒険者は屈強な大女に違いない。オルガノは、モモの凄さを吹聴する冒険者たちに生暖かい視線をやった後、ギルドを出て、王都へ帰還した。




