第13話、桃太郎、鶴と出会う
「ダンジョンに行く前に、防具とか揃えるんじゃなかったの?」
カグヤは、少々呆れを含んだ調子で言った。
そうだった。武器も何だかんだ、先輩冒険者たちから取り上げ――お譲りしてもらったものばかりで、まだしっくりきていないんだよな。
前世の記憶でも、ダンジョン探索で準備を怠るヤツはろくな目に合っていないから、抜かりなくやらねえとな。……まあ、前世といっても、異世界ラノベと漫画の話だけど。
「あ、あの!」
声をかけられた。女の声だった。何事かと見れば。
「あ、さっき助けたお姉さん」
銀髪の美人さん。イッヌ――まだ凶暴だったフェンリルにあわや喰われる寸前だった町の人である。
「その節は助けて頂き、ありがとうございました」
ペコリ、と丁寧に頭を下げられた。いやいや、お気になさらずに――とつい頭を下げそうになったのは、たぶん前世の影響。
「ぜひお礼をしたいので、少しお話しませんか?」
「いや、いいよ礼なんて」
オレは辞退する。目の前だったから助けただけで、礼を意識するようなものじゃない。
「駄目です。ぜひお礼をさせてください。こちらの気が済むまでは、ついていきますからね」
清楚、温厚そうに見えて、さらっとヤバさを感じたのは気のせいか。お礼がしたいというのはわからないでもないが、ちょっと押しが強そう……。
「わたしはアマーベル・グルアと申します。職業はクラフター。物作りなら、大抵のことができると自負しております。見たところ冒険者さん、ですよね? 素材さえあれば、必要なものお作りできますよ?」
「へえ、それはいいわね」
カグヤがニヤリとした。
「それなら、防具でも作ってもらったら?」
「まあ……うん」
確かにそうなんだけど、ちょっとアマーベルと名乗った美人さんが出てきたタイミングが、何か胡散臭くて警戒しちゃうっていうかさ……。
こういう少々強引に持って行くところとか、前世のキャッチセールスを思い出すというか。ほら、美人さんに誘われて、ホイホイついていったら、実は――って。
悪いけど、ちょっとアマーベルさんには、引いてもらおう。
「名乗ってもらって、まだこっちは名乗ってなかったな。オレは桃太郎、こっちはかぐや姫だ」
「ちょっと!」
カグヤが抗議の声を上げるが、オレは無視する。変な人に思われようとしているからな。
「ちなみに、前世の名前な」
「前世……ああ、そういうことですか。実はわたしも前世の記憶がありまして」
引くどころか、アマーベルはニコニコしながら言った。
「わたし、前世は鶴でした」
「は?」
鶴? ドン引きさせるつもりが、逆にドン引きなんですが! こんな軽妙に返してくるところが、ますます歴戦のキャッチセールスっぽいぞ!
「前世では、お爺さんから『おつうさん』さんなんて呼ばれました」
「え? お爺さん?」
前世が鶴なのに、何故そこでお爺さんが出てくるんだ? ……ほほう、おもしれぇ、化けの皮をはいでやるぞ、キャッチのお姉さん!
「わたしが猟師の罠にかかっていたところを助けてくれた心の優しいお爺さんです。その後、お礼を返しにしばらく住み込ませていただきまして」
「……何か言っていること、無茶苦茶じゃない?」
カグヤが怪訝な声を発した。傍からは、色々ツッコミどころのある妙な話に聞こえるだろう。
だが、オレの中では、疑いは氷解した。何故なら――
「鶴の恩返しだ、これ!」
前世でお馴染みの昔話の一つ。割と有名なお話だ。罠にかかった鶴を助けたら、若い娘がやってきて、綺麗な布を織ってくれて、貧しかったお爺さんはお金持ちになるってやつ。ただ織っているところは見ないように、という娘との約束を破って見てしまったせいで、娘は正体が鶴だったと明かして、去っていったってお話だ。
という件を、カグヤに話したら、アマーベルはパンと手を叩いた。
「よくご存じで。……というか、どうして桃太郎さんがわたしのことをご存じなのか、ちょっと怖いですが」
「あんたの話は、昔話っつーことで、子供でも知っている有名な話になったんだよ」
前々世の桃太郎ってだけなら知らなかっただろうが、前世の現代人の記憶もあるからな、オレには。
しっかし、奇妙なものだ。異世界転生したら、前世世界での昔話の人物やらと、こうも出くわすなんてな。……正直、出来過ぎな気もするが、こうまでくると、ダンジョンから異世界のものが出てくるって話、俄然『ある』気がしてきたぜ。この世界は、前世世界と結構繋がりがあるのかもしれない。……知らんけど。
・ ・ ・
俺はアマーベルを交えて、前世での昔話をかいつまんで説明した。
カグヤの『竹取物語』、アマーベルの『鶴の恩返し』。そしてオレの前々世、『桃太郎』を。……その間もイッヌがじゃれついてくるので撫でてやる。あー、よしよし。
「……桃ちゃんさんは、鬼退治の専門家なんですね」
「まあな。こっちの世界でも、鬼と聞くといつも以上に力が出てなぁ。前々世の影響、あるかも」
「わたしも、前世の能力というか器用さを感じることはあります」
ニコニコとアマーベル――お鶴さんは言った。オレは彼女のことを『お鶴』さんと呼ぶことにした。愛称というやつだ。
「そりゃ、鶴の頃から機織りとかやってたもんな。こっちの世界じゃ、物作り全般だろ? わかるなぁ」
「フフ……。でもそれを言ったら、桃ちゃんさんも、物語っぽくありません?」
「どういうこと?」
カグヤが問えば、お鶴さんは言った。
「桃太郎のお話には、犬と猿と雉がいたというじゃないですか。桃ちゃんさんはそのまま桃太郎。イッヌさんは犬。わたしは鳥繋がりで、雉」
「ちょっと待ちなさい」
カグヤがムッとした。
「それ、私が『猿』って言いたいの? 冗談じゃないわ!」
「なるほど」
「なるほどじゃないっ!」
カグヤが喚いた。まあ、そうね……。ちょっと抵抗あるかもなあ。
何はともあれ、フェンリルから助けたお礼がしたいということで、お鶴さんが当面、オレたちと行動を共にすることになった。
実はアイバンの町の住人ではなく、旅のクラフターだった彼女は、魔道具『移動工房』を使い、手持ちの素材でオレ用の防具を作ってくれた。
ちなみに、先輩冒険者から徴収した剣なども、「打ち直しますねー」と言って手を加えた結果、一級品の武器に鍛え直した。
さすが、たった二枚の反物だけで、お爺さんを大金持ちにしたという前世。恐るべき腕前の持ち主だ。お鶴さんも大概チートだぜ……。




