第119話、桃太郎と前世の力
僕は、スキーズブラズニルの甲板から眼下の島の様子を見張っていた。船の操船は鶴ママがやっているが、その位置からは真下が見えないので、僕が監視をしているわけだ。
桃ママからは、オーガの集団が城跡に来ないか見張りをするように言われている。必要なら魔法で爆撃するよう僕は構えていた。
僕の前世――酒呑童子は、今や僕の力となっている。初めての時は、別人格のようにいて、僕を見守ってくれていたけど、もはや一体化した、いや統合したというべきかな。とにかく、僕たちは一つになったんだ。
魔法の鏡によって前世がわかった時、僕は鬼嫌いの桃ママが怖くなって割ってしまった。結果として桃ママは前世は前世と割り切って受け入れてくれた。鶴ママが上手く前世の酒呑童子についての話をしてくれたおかげでもあるけれど……。
それがなかったら、果たして魔法の鏡がない今、僕の証言だけで信じてくれなかったかもしれない。
でもそれは過ぎてしまったこと。僕は受け入れられた。だからそれでいいんだ。
今は、ニューテイルの一員として、その役割を果たすだけだ。
下では、桃ママたちが上級鬼たちと戦っている。それが周りから横槍が入らないように見張る。それだけなんだ……。
「鶴ママ! 左側、城に向かっているオーガの集団がある!」
「了解。とりかーじ!」
スキーズブラズニルは動く。島に配置されていたオーガたちが、城が吹き飛ぶのを見て駆けつけてきたんだろう。
それ以上は進ませない。
「炎よ!」
特大エクスプロージョン、行けェー!
その爆裂は、地上のオーガたちを飲み込んだ。僕も人の魔法は何度か見てきたけれど、それと比べても破格の威力。やっぱり前世の力は凄かったんだな。
酒呑童子……。呪いに冒されなければ、この力でどれだけのことができたのだろうか?
「ありがとう、鶴ママ。こっちは片付いたみたい」
「はーい。さすがですね、太郎クン」
鶴ママが褒めてくれた。人から認められる――それだけで、だいぶ人生も変わっていたんだと思う。
「!? 太郎クン!」
鶴ママが叫んだ。僕もその気配に気づく。黒い靄のようなものが飛空艇の甲板に乗り込んできた。
シドユウ・テジンというオーガのいたダンジョンの鬼女イバラと似た感じだ。そうだ、これはオーガじゃない。鬼だ!
『強い気配がすると思えば――』
黒い靄が四つ、それがそれぞれ人型――鬼の姿になった。
『いるのは、女とガキか』
『あの懐かしい感覚は……そこな子供!』
鬼たちが僕を見た。……うん、この鬼たち、僕にはわかるよ。前世持ちだね。一体化したはずの僕の前世の記憶が囁くんだ。よう、お前ら、と。
星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子。
前世の酒呑童子の部下たち。いわゆる四天王。
『では、この子供を……』
『左様。我らが主、酒呑童子様の復活のための贄とする!』
鬼たち――星が、他の三人に告げた。虎が咆えた。
『小僧! 怪我したくなければ大人しくしておれ!』
虎と熊が向かってきた。――おいおい、僕に勝てると思っているのか?
前世の再会を喜ぶべき状況ではなかった。その瞬間、僕は、鬼たちの背後にすり抜けた。こっちの世界では魔法が主だけど、前世の僕は神通力を持っていた。
神足通。――吹き飛べ! 金童子がその半身を飛散させた。まず一人。
『金!?』
『おのれっ、何をした!?』
星熊童子が、金棒を出して僕に殴りかかってきた。だがそれは僕の頭に触れる前に空中に静止した。
「僕を捕まえるんじゃなかったのかな?」
神足通で、星熊の動きを拘束した。
「残念だけど、さよならだ」
ポン、と星熊童子の体に触れる。その瞬間、彼は潰れた。
『こ、この力は……!』
虎熊童子と熊童子が驚愕した。
『酒呑童子様の力! この子供、我らが主の力を受け継いでいただけでなく、すでにそれを自在に使えるのか!?』
「悪いけど、君たちの思い通りにはならないよ」
酒呑童子を復活させて、ここの鬼たちの軍団と共にこの世界を征服しようっていうのは。前世から転生の際に心が洗われた僕と違って、君たちはもとの憎悪と怨念の塊に凝り固まっている……。
他心通。――他人の心の中を読み取れるんだ。桃ママの本心が怖くてできなかったけど、あの人に受け入れられた今となっては躊躇う理由もないんだ。
君たちは、ここの鬼たちのボス、霊鬼によって負の力に染められたまま復活したんだね。僕も洗われてなければ、君たちと同じように邪悪に染まってこの世に転生していたかもしれない。
「さよなら」
虎熊童子と熊童子は塵となって霧散した。
前世、酒呑童子の神通力は凄まじく、その力を持って暴れ回った。源頼光らに討伐された時も、酒好きの酒呑童子に、飲めば神通力を封じる効能のある酒を飲ませた上で泥酔させた隙に首を落としている。
神通力が使えれば、ほぼ無敵の強さだったのが、僕の前世、酒呑童子だったんだ。
「太郎クン……。大丈夫、ですよね……?」
鶴ママが弓を手にしていたが、構えを解いて聞いてきた。呆然とした表情なのは……まあ、わかる。
「うん、とりあえず、やっつけたよ」
「太郎クンが強くて助かりましたぁ。……ああ、よかった」
安堵する鶴ママ。
「オーガが四体も来た時は、心臓が止まるかと思いました。わたしは戦闘要員じゃないですからね」
一応戦えるけれども、ニューテイルの面々の中では下の方である。前世が戦闘と無縁の鶴だから。
「仕方ないよ。でもその代わり手先の器用さは、ニューテイル一だから」
「ありがとう、太郎クン」
僕の前世を知り、受け入れてくれた鶴ママは、穏やかだった。正直、酒呑童子の力を見て、怖くなっても仕方ないんだけど、理解されているからこそ、なんだ。
受け入れられていること。鶴ママや桃ママ、皆が見守ってくれる限り、僕はこの力を悪用はしない。そう思った。




