第112話、桃太郎、考える
悩みってものは人それぞれってもんだ。
他人から見たら、『何だそんなことか』と大したことないように思えることも、当人にとっちゃあ深刻な問題だったりする。
自分のことだと案外クヨクヨ悩むくせに、他人となるとあっさり答えを出してしまうものだ。
やっぱり、自分のことだと失敗したくないって感情が出るんだろうな。
太郎は、ここ最近の悩みが解決したようで、表情は柔らかくなっていた。前世が、ネームドの鬼だったって話。オレが鬼嫌いってこともあって、相当悩んでいたんだろう。
もしオレが前世のことで拒絶したら、と考えたら、そりゃ暗くもなるわな。今ある環境から追い出されかねない。最悪殺されるのでは、と相当ビビったんだと思う。失敗が追放か死とか、そりゃあ魔法の鏡も割るだろうな。
ともあれ、オレが前世を割り切ったことで、太郎は元気になった。問題から解放されたから、誰の目から見ても気分が晴れやかに映った。
よかったな。めでたしめでたし……。
と、それはそれとして、オレとしては少し考えるところもあった。
鬼の中には、怨念やら闇の力で変化してしまった人間がいたってところだ。太郎の前世、酒呑童子も、生まれた時から鬼だったわけじゃなく、人間だったものが、周りの環境に影響されて鬼になっちまった。
いわゆる闇堕ちとか、そういうのなんだろうな。
この世界のオーガは、普通にオーガ種族で生まれているけど、鬼はまた別で、元人間ってのもいる。
そう考えた時に、ちょっと考えちまうわけだ。前世で鬼になっちまった太郎。また闇の気に乗っ取られて、鬼化しちまったらどうすればいいんだって……。
酒呑童子パターンだと、さらされた怨念の数が多かったせいってのもありそうだから、人間がそう簡単には鬼化するわけでもねえけど……。強い怨念だったら、なくはない。
強烈な呪いの類いは、人を殺せる。それと同じように、強力な怨念や呪いは、人を鬼に変えることだって不可能じゃないだろう。
実際、シドユウ・テジンで上級オーガ……いやあれは鬼だったのかもしれねえが、太郎が一度触れちまっているからな。あん時は、聖杯だーなんだって戻ってこれたけど、本当に聖杯の効果かはっきりしていない。
……魔法の鏡があればなぁ。わかんだけどよ……。ああ、いけね。なくなった物に、まだ執着してしまうとか、やっぱ、呪われてないけど、呪われたアイテムだわあれは。
思わずため息が出た。
そしてそれをカグヤに見られた。
「どうしたのよ、桃ちゃん? 珍しいわね、あなたがため息なんて」
「オレだってため息くらいするさ」
たぶん、してると思うだけどな。人間、無意識にため息をする時もあるっていうし、案外多くねえかね。
カグヤは首を横に振る。
「ランコーレ島が近づいたから……ではなさそうね。オーガの拠点に乗り込むって嬉々としてそうなのに」
「オレはバーサーカーかよ」
そんな嬉々と鬼退治なんてしてないぞ。……してないよな?
「で、ため息の理由は?」
「呪いとか怨念で、人間が鬼になっちまうこともあるんだ」
オレは、太郎の名前は出さなかったけど、鬼化する例があることを、カグヤに教えた。その上で、オレが心配しているのは。
「太郎が、そういう呪いで鬼化したらどうしようって話」
「心配なんだ……」
「そりゃそうだろ。お前は心配じゃねえのかよ?」
「まあ、桃ちゃんの言うように人間が鬼化するというのなら、それは自分たちにもそうなってしまう可能性があるって話だから、怖くもあるし不安ではあるけれど……それってかなりのレアケースでしょ?」
「レアケースも、あるにはあるってことだろう? 何か対策できねえかって考えてるんだよ」
言わないけど、前世が酒呑童子だった太郎のこともある。一度なったら、二度もなりやすかったりするのかね。それとも免疫ができて二度目はなりにくいとか……って、病気じゃねえんだから、それはないか。
「あれこれ考えちゃってるわねえ」
カグヤは笑った。いやいや、カグヤさんよ。
「大戦の前だぜ。可能な限り、予想とその対策はしておかねえとな」
何せ腕利き集めた討伐隊が返り討ちにあったかもしれねえ敵だぞ。
オレが嬉々として鬼退治しているなんて、思われているのは仕方ないが、考えなしに突っ込む脳筋じゃあないんだよな、これが。意外に思われるかもしれねえけど。
「前世の知識で、鬼から人に戻った話はないの?」
カグヤが言った。なるほど、先人の知識を借りるってわけだな。……うーん、しかし――
「鬼から人パターンは、思い浮かばねえな。あるかもしれねえけど、マイナーなタイトルはほんと知らねえからな……」
何かあったっけ。お伽話、神話、童話、昔話その他……。
神話の類いだと神様がその力で治したとかいうのはあった気もするけど、それは神様だからできる業だから論外。
「うーん、鬼ではないけど、何か別の生き物に変えられて、そっから人間に戻ったお話ってのは、それなりにあった気がする」
「どうやって戻ったの」
「王子様のキスとか、お姫様のキスとか、そういうのが多いか……?」
西洋のお話だと多いよな。日本だと……どうだろう。あんま聞かないか? 浦島太郎は、老人になっただけで、あれは変身と言っていいのか?
「あー、それってレグルシ王子が魔法薬でカエルになってしまったのを治すには、異性と同衾しないといけないって類いの」
カグヤよ、レグルシの名前は出すなよ。……まあ、近いちゃあ近いか。
「なんでキスなの?」
「さあ? なんでだろうな」
童話の締めのためのご都合主義的な? 真面目に考察すると、変身やら呪いやらを正しい解き方をしているわけじゃねえんだよな。
「強いて言うなら、愛だろ」
「愛!?」
「笑うなよ」
「いやだって、桃ちゃんの口から『愛』って言葉が出るなんてねぇ。あはは」
お前、酷い奴だな。人が真面目に考えて言っているのに。
「愛っていっても家族愛とか兄弟、姉妹愛とかあるだろ」
「いや、この場合は、明らかに異性との恋愛話でしょ」
「元はそういう話じゃなかったはずなんだがな」
その手の童話とか昔話って、恋愛ジャンルだっけか?
「とにかくだ。何故かキスで解決するってのは、無償の愛、相手を思いやる気持ちなんだろうと思う。他にそれっぽい理由が思いつかん」
「本当かどうかはわからないけれど、もしそれが正しいのなら、太郎のことは心配ないんじゃないの? 桃ちゃんがそれだけ心配しているんだから、たぶん条件満たしていると思うわよ」
カグヤがそんなことを言った。
「もし太郎ちゃんが呪いで鬼とか変なものに変えられたら、桃ちゃんのキスで解決だと思うわ」
「お前、ぜったいテキトーふかしてんだろ」
まったくもう……。そもそも、お話ではってことで、実際にキスで解決は正攻法じゃねえんだよ……。




