第111話、桃太郎と前世の話
魔法の鏡はすでに存在しないが、それで情報を仕入れていたお鶴さんは、太郎の前世について語り出した。
「ずばり、太郎君の前世は、酒呑童子という有名な鬼です」
「酒呑童子だと!?」
前世でも、その知名度は名前のある奴の中でもピカイチ。マンガや映画にも、名前が出てくるほどだ。
「超ビッグネームじゃねーか!?」
その酒呑童子が前世だっていう子供を今、オレが抱きしめているんだぞ? んなことあるか?
「有名人といったら、桃ちゃんさんも負けてないと思いますが?」
「……あー」
そうかも。ガキの頃に、昔話といえば、まあ桃太郎かかぐや姫(竹取物語)、浦島太郎ってところだ。酒呑童子も有名だけど、小さい頃から知っていたか、というと違う気がする。
それはさておき、酒呑童子は名前は有名だが、そういえば具体的な話は知らないなオレ。確か、大人になった金太郎が、酒呑童子討伐メンバーの一員だった、くらいか。
「京の都で、暴れ回った鬼たちの頭領ですね。強力な鬼たちを従えて、女子供を誘拐したり、人を喰ったりしたそうです」
……。やべ、このまま太郎を締め上げて殺しちゃいそうな気分に一瞬なった。前々世のオレが幼い頃も、鬼による少女誘拐が少なくなくて、オレが桃太郎なんて男の子の名前だったのも、一瞬の厄除けだったんだ。
「それで、酒呑童子は、結局、大好きなお酒に盛られた毒がきっかけて、討ち取られるわけですが、首を切られても生きていたそうです。討ち取った源の……誰だったか忘れましたが、その人に噛みついたとか何とか」
首切られても生きているとか、やっぱ鬼って化け物だわ。
「ただ、京へつく前に死んだらしいのですが、その間際、自分の今までの行為を悔いていたそうで、死後、首から上に病気を持つ人を助ける大明神になったとか」
「神様になってるじゃねえか! 凄えな、太郎!」
心を入れ替えたんだなぁ。とか思っていたら、お鶴さんにジト目を向けられた。
「前世は関係ないんじゃなかったですか?」
前世が鬼だろうと関係ない。そう言っておきながら神様だったら凄ぇは、都合が良すぎる。人間の悪い解釈をやっちまった。あ、でも神様になったら、生まれ変わりとかあるのか?
お鶴さんは言った。
「大明神云々は、のちの人の解釈というか埋葬した場所に、酒呑童子の神通力の残り香があって効果があっただけかもしれないという話ですけど」
「……」
「で、それより重要な話なんですけど、太郎クンは、最初から鬼だったわけでなくて、元々は人間だったらしいんですよ」
「本当か!?」
酒呑童子って、実は人間だったの? そいつは初耳だ。
「太郎クンは、生まれた時から大変頭がよく、そして美形の持ち主だったそうです」
お鶴さんが魔法の鏡から聞いた話ではこうだ。
酒呑童子、幼名『外道丸』は、生まれてすぐ歩くことができて、幼児のころにすでに十代半ば程度の体力と知識を得ていたという。そして美形だ。
……それって、今世でも同じじゃねえか? てっきり聖杯の力と思っていたけど、前世酒呑童子の頃もそうだったと?
ただ、かなり気性が荒く、家族も匙を投げるほどだったという。……ここは違うな、うん。
しかしこの頃までは、きちんと人間だったらしい。多少、かなりおかしな成長をしていても、だ。
あまりに美少年で、乱暴者。多少は傲慢なところがあったのだろう。そんな彼に、多くの女性が恋をし、たくさんの恋文をもらったのだという。
「……ほんと、女ってヤツは、問題あってもイケメンならいいのかよ」
「桃ちゃんさん、今はあなたも女じゃないですかー」
話は続く。大勢の女性から恋い焦がれた外道丸だったが、それを煩わしく感じていたようだ。幼くしてすでにモテまくっても、その有り難みというか、異性についてそこまで関心がなかったのかもしれない。
外道丸は、もらった恋文を読むことなく全部燃やしてしまった。
「外道ーっ!」
人の恋文を見ずに燃やすとか、人の心はないのか!?
「桃ちゃんさん、女が出てますよ……」
「手のひらドリルだぜ……」
グルングルンよ。
結局、焼いたのがいけなかった。想いが伝わらなかった女たちの無念が怨念となり、外道丸を煙に包んだ。そして、外道丸は、鬼となり――酒呑童子になった。
なんだそりゃ。女の怨念が、鬼を生んだってのかよ。怖っ、怨念怖っ……!
「――それで、太郎は前世、酒呑童子になっちまったんだなぁ」
この世界じゃ、オーガはオーガ。元の世界でも鬼は鬼だと思っていたけど、酒呑童子が元々は人間だったとはなぁ。しかもあれだ、他人の怨念で鬼になっちまったというのが、ね。
原因を辿れば、恋文燃やすとか人格に問題があった点も多少はあるが……いや、怨念になるような女ばかりなら、ハーレムでも作って皆面倒みるくらいじゃないと、結局誰かが怨念ぶつけてきた気がする。
つまり、酒呑童子になる前の外道丸にも多少の同情の余地はあり。乱暴者というのはいただけないが、これ大抵の人間が同じ状況だとしても鬼になる率のほうが高いと思う。
「前世も全部が全部悪かったってこともねえだろう。怨念にやられなきゃ、鬼にならなかったパターンもあったわけだし」
そこでオレはふと思う。
「お鶴さん。太郎が今世、桃に入って流されてきた理由ってわかる?」
何で昔話の桃太郎みたいに流れてきたんだ?
「魔法の鏡さん曰く、天界の神様が、酒呑童子の人生に一定の同情を抱いたらしいんですよ」
何かオレみたいな心境になった神様がいたんだ……。というかさらっと神様が出てきたぞ。真実しか言わない魔法の鏡の話じゃなきゃ耳を疑うところだ。
「あと、酒呑童子の最期の悔い改めた態度に、やり直しの機会を与えるつもりで桃源郷へ送ろうとしたそうなんです。仙人に拾われる予定だったんですが、何かの手違いで、こっちの世界に流れてしまい……」
お鶴さんがオレを見た。
「そこでオレらが拾ったわけね。で、デカ桃は?」
「桃は仙境での、神聖な果物という扱いで、生命を司るシンボルなんだとか」
「あー、そういえば、そうだよな」
竜宮、蓬莱という仙境に言った時に、ようやく桃を見つけたんだっけ。そういう神聖な果物で、天界だか仙境では珍しくないってことか。
正直、凄ぇ強引で、嘘くさく感じるのは、鏡が語っているその場にいなかったせいかな。魔法の鏡は嘘は言わないから、真実なんだろうけどさ。それでも限度はあるぜ……?




