第110話、桃太郎、前世を告白する
「前世が鬼だった人が、今世で人間になった人がいたら……やっぱり、桃ママはその人、殺す?」
太郎から投げかけられた質問は、生後一歳未満って信じられないよな。聖杯の影響なんだろうけど、体は普通に幼児だし、中身はもうちょっと年上とか、感覚バグるわ。
めちゃくちゃ深刻な顔で、何を言い出すかと思えば……。
とはいえ、オレたちニューテイルの面々は、どいつもこいつも前世がある。太郎もそうかも、と思われながら本人の記憶というか意識がないから、前世の話はしなかったが……、この様子だと、太郎は自分の前世を悟ったが、記憶が蘇ったのかもしれない。
つまり……そういうことだ。
太郎は、前世は鬼だったんだろう。だから、オーガ軍勢との決戦の前に、白黒つけたくて、オレと話をしようと思ったわけだ。
前世持ちだが、思考がお子様なんだよなぁ。話の持っていき方で、大体察してしまえるってのは。
だが、本人はとても真剣なわけだ。顔色だけなら、闇落ちしそうな雰囲気が濃厚なほど、自分の中で葛藤してしまっている。
ちょっと冷静に考えればわかるようなことも、迷走してしまうほどの葛藤。そして選択を間違えた時に降りかかるだろう最悪の展開ばかりが過ってしまって……ってやつ。
簡潔に、明確に。オレは呼吸を整えた。
「前世は前世、今世は今世だ」
誤解しないように、シンプルにまとめないとな。
「前世が鬼でも、今世では人間なんだろ? そいつが食人の癖が抜けきれず、周りに危害を与えるなら別だが、普通の人間なら、殺す必要ある?」
ない。前世がどうでも、今は人間として暮らせるなら、何も問題はないんだ。
「それに、前世がこうだったからって、それに縛られる必要もないんじゃないか? まあ、オレみたいに前々世引っ張っちゃってる奴が言うのもなんだけど」
カグヤの場合は、前世の因縁終わらせないと、進めないから仕方ないし、お鶴さんは……趣味が影響しているが、それだけのことだ。
「前世がどうの、よりも、今がどうなのか、だろ。大事なのはさ」
と、太郎が知りたいだろうオレの考えを表明したところで、オレからも確認していこう。
「それで、前世が何かわかったんだな?」
わかったのか、ではなく、断定するように聞いた。わかったのか、だと、知らないと嘘をつかれるかもしれないから。それは本人にとっても気まずいだろう。
「……うん」
「鬼だったか?」
「…………うん」
太郎は躊躇いがちだが頷いた。
「そうか」
前世が鬼だったか。それだけ。
前世に何をしたかというのは……オレからは聞かないでおこう。言っても仕方のないことだし、前世があるから全部情報をオープンにしなければいけないってこともない。
「というか、よく前世を思い出したな?」
「うん、思い出したというか、魔法の鏡に聞いた」
「……なるほどな」
好奇心には抗えなかったってわけだな。周りが前世持ちだらけで、太郎も自分の能力について気になっていたことがあるんだろう。
「魔法の鏡から、お前の前世が鬼だったって知ったわけか。……ひょっとして、鏡を落としたんじゃなくて」
「……僕が割った。怖くなったんだ」
太郎は俯いた。
「誰かが、僕の前世のことを死ったら、鬼だったからって殺されるんじゃないかって……」
探られる前に、魔法の鏡を破壊すれば、わからなくなる。言ってみれば口封じってやつだ。……これ道具だったからよかったけど、もし人だったらマジで口封じとかしないよな……?
太郎が目にたまった涙を拭った。精神的にいっぱいいっぱいだったんだろうな。
鏡を壊したことは罪悪感もあっただろう。鬼である過去のことがバレたらという恐怖。そしてオレたちを騙しているということも。
それらがない交ぜになって、この生まれてさほど人生を経験していない子供の心を追い詰めてしまったと。
「おいで」
オレは太郎を招き、抱きしめてやった。途端に太郎が大泣きした。ダムに貯まった水が一気に放水されるみたいに。言い出せずに辛かっただろうな、よしよし。オレからしたら、取るに足らないことでも、本人にとっちゃ超絶深刻だったんだろう。
コン、コンと戸がノックされた。返事をする前に、お鶴さんが顔を覗かせた。
「あのぅ、大丈夫ですか?」
「何かあったか?」
太郎はオレの胸で泣いたまま。子供をなだめている最中という、何となく気まずい場にやってきたお鶴さんを見れば、彼女はすっと部屋に入ると扉を閉めた。
「立ち聞きするつもりはなかったのですが――」
お鶴さんは切り出した。
「大事な話だったので」
「聞いてたのか」
太郎がビクリと動いたから、背中をさすりながら強く抱きしめる。大丈夫、大丈夫。
「で? わざわざ声をかけてきたのは?」
そのまま黙って立ち去る手もあったんじゃね?
「いえ、何となく桃ちゃんさん、気配察知とか上手いので、誰かが立ち聞きしているのに気づいているかもって……」
「立ち聞きしてるじゃねーか!」
やれやれ。黙って消えて、話を聞いていたのは誰だって、捜索される前に名乗り出ようってか。……今回に限れば、気づいていなかったけどな。
「怒らないでください。万が一の時は踏み込もうと思っていたので」
うん? 踏み込む? オレが太郎の告白を聞いて、ブチ切れた時とかってことか? お鶴さん、お前さんはひょっとして――
「太郎の前世のこと、実は知っていた?」
「はい」
ニコリと、はっきりとお鶴さんは認めた。
「カグヤさんには止められていたのですが、どうしても気になったので、魔法の鏡さんに確認を……」
「オレも止めたよな?」
まったく。好奇心に抗えない奴が他にもいたか。前世のお鶴さんって、そういう好奇心が原因で、お礼に行った家から離れたんじゃなかったっけ?
「太郎が知るより先に、前世を知っている奴がいたとはね……」
オレが言えば苦笑して頭を下げるお鶴さん。
「でも、オレには言わなかったよな?」
「誰にも言っていませんよ。桃ちゃんさんが言っていたように、他人のプライベートですから。言うわけないじゃないですか」
単に自分の好奇心を満たしただけ、ということか。
「それで、ですね」
お鶴さんは改まった。
「太郎君の前世について、補足説明させていただきます」




