第109話、桃太郎と戦場の前
スキーズブラズニルに乗って空を飛ぶ。目指すはオーガジェネラルのいるランコーレ島! ここが鬼ヶ島だ!
前々世の時は、徒歩旅で島まで船が必要だったが、飛行できるというのはあっという間だよな。
前世で読んだ昔話じゃ、かなり端折られていたけれど、実際はあんなにすっといけなかったぜ。
「その昔話だけれど」
カグヤが口を開いた。
「桃太郎のお供って、犬、猿、雉よね? 今回の桃太郎のお供に、イッヌとサルがいるけど、雉は?」
イッヌは狼系のフェンリルで犬じゃねえし、サルは機械だぞ……。というツッコミはともかくとして。
「お鶴さんじゃね? 前世は鶴だったみたいだし」
鳥類というくくりでみたら、関連ありだろう。犬がフェンリル、猿がゴーレムだったなら、雉が、前世は鶴でも、そこまで外れていない気がする。
「まあ、そうかも」
カグヤが納得したようだった。いや、納得するんかい。
しかし、それはそれとして――
「なんか慌ただしくて言い出しそびれていたけど、呪いの方はどうなった? 探し物は全部揃ってんだろ? もう解いたのか?」
「ええ、ご心配なく。私の幸せな恋ができない呪いは解除できたわ」
ふふん、と魅力的な魔女さんは胸を張った。オレは苦笑する。
「それ目指して旅してたのに、オレのいないところでさっさと終わらせるなんて、あっさりしてんのな」
解除できた時に万歳って大喜びするかと思ってたのに、そういう素振りも見せなかったし。
「まあ、意中の相手もいないし、最初は喜んだけど、何かそれで変わったわけでもないし、空しくなっちゃってね」
オレやお鶴さんも、そっち方面に相手がいないし、ひとりだけ歓喜しても、周りがついていけないんじゃないかって心配したのかね。いいんだぜ、喜んでも。祝ってやる。オレら親友だろ?
「――で、ランコーレ島に乗り込むのはいいけど、太郎ちゃんはどうするの?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ」
そうだっけ。まあ、どうするかについては、とっきに決めていたんだけど。
「この船でお留守番させる」
さすがにオーガだらけの島に乗り込むわけで、いくら魔法の上達ぶりが半端ない太郎とはいえ、まだ冒険者登録もできないガキだからな。
「いいの? 火力は凄まじいものがあるわよ?」
「戦力として数えてしまいそうになるのが、な」
力があるから、頼りたくはある。
「でも、あいつはまだガキだぞ。狩りをやるのとはわけが違う」
戦場だぜ。敵意が飛び交う場所だ。そこらのモンスターは、生の感情とはいえ、そこは生存本能が絡む。だがオーガみたいな種属との戦いは、生存本能はもちろん、殺意や敵意が生で飛び交う。
「ぶっちゃけると、鬼という上位種が威圧でもぶつかましてきたら、そこらの人間なんて発狂しちまうレベルだぞ。太郎がそれを浴びせられて、耐えられると思うか?」
大人びているのと、大人は違う。精神的な耐性はまた別なんだ。
「シドユウ・テジンで太郎が鬼の気にやられちまったのは覚えているか?」
「……あれは、思い出したくないわね」
カグヤが天を仰いだ。オレも含めて、あいつが死んじゃうじゃないかって滅茶心配したんだ。……たぶん、オレたちが倒そうとしているオーガジェネラルは、それ以上の力を持っている。普通に考えて、一発アウトだろう。オレだって踏ん張れるかわかんねえし、カグヤやお鶴さんだって、足がすくんで動けなくなっちまうかもしれねえ。
討伐隊の連中が行って帰ってこねえのも、それでやられたんじゃねえかって思うわけだ。ゴールドボーイと相棒のク・マも参加してるって話だけど、あいつらもやられちまったんじゃねえかな……。くそっ――
オレも遠くへ視線を向けて、気分を変えようと努力する。ネガティブはよくない。切り替え切り替え!
「――桃ママ」
船内への入り口のところから、太郎が顔を出していた。顔色がよくない気がする。
「ちょっと話があるんだけど……いいかな?」
「大事な話か?」
「う、うん……」
「よし。先に行ってな」
太郎は頷くと、船内に戻っていった。
「……何かはしらんが、あんな青い顔をしている奴を戦場に連れていけると思うか?」
「うーん、難しいわね」
カグヤは肩をすくめた。
「この船で酔うことなんてないし、具合が悪いのかしら?」
「戦場前に具合が悪くなる奴は珍しくない」
命がかかっているからな。戦いの前に緊張のあまり、腹痛になったり、吐いたりする奴はごまんといる。
「まあ、太郎のはそれとは違う気がするけどな」
オレが戦場に連れて行かないっていうんで、抗議とか? 連れてってくれって……。まあ、話を聞いてやろう。
・ ・ ・
「桃ママは、鬼を斬るんだよね……?」
呼び出されて、太郎と一対一で向き合っての話。なんだろと思ったら、なんてことはない。鬼退治関係か。
「当然だな」
オレたち人間と敵対視し、牙を向けてくるからな。オーガは食人鬼とも言われ、あいつらからすれば、人間は獲物でもある。
「もしも……もしもだよ?」
恐る恐るといった感じで、太郎は上目遣いを寄越す。
「前世が鬼だった人が、今世で人間になった人がいたら……やっぱり、桃ママはその人、殺す?」
「……」
無言になっちまった。なんつー、話を振ってくるんだよ、コイツは。




