第104話、桃太郎と蓬莱の山
秋の空。何故そう感じたのかはとっさにわからなかった。
気づけば海はなく、大地の上で、高い山は紅葉に覆われているかのように赤かった。この世にあって、この世ではない場所。そんな空気感をひしひしと感じる。
「ここが、蓬莱……」
オレの最初の言葉がそれだった。
浦島氏が、年相応の老体を引きずるように歩き出した。
「ようこそ、蓬莱へ。……まあ、お主らが何故、ここに来たがっておるのか、わしは知らんがの」
話してなかったっけ? 話してねえや。しかしそう言われると、よくもまあ深く事情を知らないのにホイホイ案内したなぁ。
「つーわけで、カグヤ。お待ちかね、蓬萊の玉の枝を探そうぜ」
「ええ!」
カグヤも探し物が近いと見て、興奮が隠せないようだった。ま、異界だのなんだの言われていた場所に、何だかんだ辿り着けたからな、無理もない。
「あ、浦島氏。ここにあるものって、手に取ったり持っていっても大丈夫なのか?」
ここの経験者である浦島氏に確認する。場所には場所のルールがある。知らないままやった行為が、命を代償にするとかだと冗談じゃ済まないからな。
何せ蓬莱の別名に常世なんてあるからな。要するに死後の世界に片足を突っ込んでいる可能性だってあるのだ。
「節度を守れば問題はない」
浦島氏は、他人事のように言った。
「欲を出すなよ。ほどほどに、な」
「あいよ」
少々なら持ち帰っても問題ないと御墨付きがもらえたので、早速探しに行こう。
「で、カグヤ。蓬莱の玉の枝ってどんなのだっけ?」
「根が銀、茎が金の木で、実に真珠がなっている枝よ」
改めてきくと、銀とか金とかヤベェ木だな。それで実が真珠とか、食べられませんこれはってやつじゃね?
パッと見たところ、それとわかる木はない――こともないか。
「あの山でチラチラ光って見えるのが、もしかしてそれか?」
真珠の実ってやつ。カグヤが眉を動かした。
「近づいてみればわかるわよ」
・ ・ ・
蓬莱の地を歩く。最近ダンジョンが結構あったから、ついモンスターとか警戒しちまうが、仙境とも言われる場所にいるのかねぇ、そういうの。
鳥が飛んでいる。鳥だとは思うが何という鳥かは知らない。
さて肝心の蓬莱の玉の枝は、山道の途中であっさり見つけた。
「やっぱ他の木と比べても目立つよな」
「ここまで来た甲斐があったわね」
カグヤは回収した蓬莱の玉の枝を大事そうに抱えた。これで、ここでの目的を果たせたな。
「よし、じゃあ、とっと帰ろうぜ」
オレが言うと、周りはキョトンとした。え、何でって顔をしているけど、オレの方こそ、その反応は何だと聞きたい。
「急ぐ理由があったかしら?」
カグヤが、感動に水を差すなという顔をすれば、お鶴さんも。
「せっかく、蓬莱という珍しい場所にきたんですから、少し見ていきませんか? ほら、ここは景色もいいですよ」
「そうだよ」
太郎が首を傾げる。
「それに桃ママは、桃っていう果物を探していたよね? 蓬莱とか仙境には、桃があるって話」
おう、オレの好物である桃の話を覚えていたか。感心感心。オレも桃が目の前にあったら食べたいよ。だけどさ。
「早く帰られねえと、ゴールドボーイを待たせているからな。カグヤ、お前の頼んでいた火鼠の裘、できてんぞ」
「そうかもしれないけど、一日二日くらいどうってことないでしょう?」
カグヤ……。やっぱりお前ら、わかってねえな。
「おいおい、浦島太郎の昔話を忘れちまったのか? ここの時間と元の世界の時間の流れが違うんだぞ?」
3年間ここで遊んでいたら、元の世界じゃ300年は経っていたという。実際ぴったり300年かは知らないが、単純に考えて1年で100年経過と考えると……。こっちの1日が元の世界で何日経過じゃ済まないぞ?
「ゴールドボーイも待ちくたびれてるどころか、オレたちの安否を心配するレベルだ。だから、目的を果たしたら急いで帰らないといけねえってことよ」
さあ、わかったらさっさと帰りましょうね。確かに蓬莱を観光したいところではあるが、これは順番をマズったな。
先に火鼠装備を片付けておけば、数日滞在してもよかったかもしれん。世間的に消えていた期間を考えると、それでもゾッとするが。
事態が飲み込めたことで、浦島氏に声をかける。来た早々で悪いけど、帰りたいんだが?
「もう帰るのか。ま、わからんでもないがの」
浦島氏は遠巻きに、蓬莱の山から他の山々の紅葉色と鮮やかに青々とした木々のある景色を眺めた。
「お主らも、わしと同じ轍を踏みたくないというのはわかるがの。ただ……ちょっと寄り道、よいかな?」
気分的には、あんまり道草食ってる暇はねえんだけど……。
でも浦島氏は、ここを案内してくれたからな。無用なトラブルや探索に時間を費やさずに済んだ分、話を聞こうじゃないか。
「で、どこに寄る?」
何なら、オレがおぶって、そこに連れていって時短させてやるぜ。
「うむ、ここでしか食べられないものを摘まんでおこうと思っての。ここに来たら必ず、食べているものじゃ。桃、というんじゃが――」
「浦島氏! オレの背中に!」
反射的に、オレは御老人を背負えるように膝をつき後ろを向けた。
「桃があるんだな!? オレにも食わせてくれっ!」
本当に、蓬莱に桃がありやがった! それなら話は別だ。最速で時間を節約しつつ、ここで1個食って、残りはお土産に持ち帰ろう!
何故か、周りからドン引きするような目を向けられている気がするが……気のせいだろう。オレが桃を求めていたのは知っているし、今さら驚くことではない。
「さあ! 行こうぜ、浦島氏!」




