第102話、桃太郎、海の底へ
蓬莱の山を目指していると言ったら、浦島氏は、オオウミリクガメを見つけることだと言った。
「水の中で生きられるのなら、あとは亀を確保すれば勝手に連れて行ってくれる」
「そこは環境適応魔法で何とかすればいいわ」
カグヤが請け負った。
とすると、やっぱオオウミリクガメだな。
「ついてくるといい」
浦島氏は自身が乗る亀の甲羅を足で軽くコツコツやる。ノソノソとオオウミリクガメが歩き出す。……わかってはいるがその歩みは遅い。
しかし頼りは、今のところ浦島氏しかないので、ゆっくりついていく。やがて、お目当ての大亀が集団で、木陰で涼んでいた。いるいる……!
「こいつを捕まえるんだな」
「どうやって捕まえるんです?」
お鶴さんが尋ねた。……うーん、この亀、人が2、3人くらい乗れそうなデカさだし。抱きついて押さえるってのは無理そう。
「普通に乗れ」
浦島氏は、さも簡単そうに言う。
「こいつらはトロいから、乗ることさえできれば他は何もせんでいい」
……乗るっていってもなぁ。オレはオオウミリクガメに近づきつつ、観察する。
四つの足は、割とがっちりしている。馬と違って、後ろから近づいても蹴られたりしなさそうだが、これで海の中を泳げるのか……? 割と高さがあるから、甲羅の上に乗るのは……ふちに引っ掛ければいけるか。ただこれ、オレはいいけど、ジャンプできねえと乗れないのでは?
「ちょっと浮遊魔法は必要かもね」
カグヤがお鶴さんや太郎を見ながら言った。それなら大丈夫そうか。
浦島氏がオレたちをじっと見ている。何か変か?
「何だ、浦島氏?」
「わしの見立てじゃが、お主と童。娘二人、あと狼、鉄人と別々に乗るがよい。おそらくそれで、亀は海に潜るじゃろう」
あぁ、ある程度、重さがないと、オオウミリクガメが海底に行かないんだっけ。オレと太郎の重さ、カグヤとお鶴さん、イッヌ、サルでそれぞれ重量をクリアできるってことか。
正確な体重はわからないはずだが、外見からの大ざっぱな計算で通るものなのかね。
「というか、サルはちょっと重すぎね?」
こいつは結構デカいし、あれで重量も相当だ。今回は留守番か?
『ご心配なく。ワタシの体は超深海でも活動可能なようにできています。皆さんについていきますので、お気になさらずに』
サルが機械独特の平坦な調子で言った。メカニカルゴーレムってスゲぇのな。サルは自称しているが、大丈夫なのかね。
「本当か?」
『問題ありません』
そうかい。機械だから空気は大丈夫だろうけど、水圧はいいのか? 潰れても知らないぞ。
・ ・ ・
オオウミリクガメに乗るのは、オレにとってはさほど難しくなかった。太郎の体じゃ、ちょっと届かないから、オレが抱えてやったが、まあ余裕だな!
「……」
「おぅ、どうした、太郎?」
何か大人しいな。前を向いているからコイツの後頭部しか見えねえけど。
「……いや、何でも、ないよ……」
「あん?」
オレの胸が当たったか? 仕方ねえ、そのままオレが支えてやるよ。子供を守る保護者座りで、亀の甲羅の座る。
おっと、動き出した。
「揺れるね……」
「そうだな」
ゆっくり歩くオオウミリクガメだが、その分、陸では上下に揺れる。下は砂地なんだが、そのせいなのかな、歩くの遅ぇの。
「これで速かったら、振り下ろされるかもな」
オレは他の仲間たちの様子を見る。お鶴さん、カグヤも乗れたのでよし。イッヌが甲羅の上で寝そべっているのは、シュールなんだけど! サルは……普通だな。
オオウミリクガメが揃って、海へと向かう。
「浦島氏も来るのか?」
「ついでじゃ」
何のついでだ? ま、潜ると竜宮まで勝手に行くらしいし、いいけどさ。カグヤに環境適応魔法をかけてもらって、いざ、海へ! ……って、やっぱ遅ぇ。
のっしのっしと歩く亀。波の音が近づいてきて、まあ心地よくはあるが、このスピードはガチでじれったい。
どうにかこうにか、亀が海に入った。それまで一歩進むごとに揺れていたそれが収まり、すーっと浮遊感が伝わってきた。
「おっ、足が離れ――」
油断した。そのまま一気に沈み込み、海に全身が潜った。不意打ちにびびってパニクりそうになるが、適応魔法のおかげで、海の中でも呼吸できる!
青い透き通るような海。下には砂しかなく、先が見えなくなるまで傾斜になっていた。ゴミとかなくて、差し込む太陽の光で視界はクリアだった。
さっきまでのノソノソがなくなり、すぃー、とオオウミリクガメが滑るように傾斜に沿うよう泳ぐ。滅茶苦茶早いわけではないが、陸とは大違いだ。
こういうの、いいなぁ。オレは海の中の殺風景だが、見慣れない景色にワクワクしていた。このまま深く潜って、竜宮城ならぬ海底都市に行って、そこから蓬莱だろう。何があるんだろうなぁ……!
・ ・ ・
――む、胸が……。
太郎少年は、桃ママの巨と言ってよい胸を後頭部に感じていた。
一瞬で海面下に潜ったのは驚いたけれど、気づけば桃ママがしっかり抱きしめていて落ちないように守ってくれた。
だがそのままホールドされて、彼女の豊かな胸を枕にしているような状況に陥っている太郎少年である。
――き、気づいてないのかな……?
わざと、という雰囲気はないが、子供には少々刺激が強すぎた。願わくば、早く状況に気づいて緩めてくれると助かるが、わざとやっていたら無理なんだろうと、太郎は思った。




