鳴るまで待とう侵入雷
「ちょっと順番に行きましょう。まずもう一回聞きますけど、ダークエルフってエルフを探知出来たりします?」
「何をどうしてその問いが生まれたかは大体察したが、結論を言えばそんな特性は無い。おまえがこうして生きて戻って来られたのがいい証拠だ」
「そうですけど。じゃあ何であの人追いかけてきたんですか?」
「勘だろう」
「こわ……いっそ種族特性であって欲しかったんですけど」
「知らん」
じゃあ特性でも何でもなく、ミネラウヴァは勘であの距離からエルフの気配を感じて追ってきたということか。怖。
耳を確認されてたら何の言い逃れも出来ないところだったが、あの場でそこまでしなかったのは、もし違った場合の社会的な面倒を避けたのか、はたまた耳など見るまでもなく、俺がひとつもエルフらしくなかったからか。後者だな。間違いない。
「ちなみにエルフってバレてたらどうなってました?」
「仮におまえがそのまま口を開かず、何の策も講じなかったとして」
言葉を切ったヴェスが、俺の手からひょいと皮を剥いたジャガイモ(リンゴ味)を取り上げて、握り潰してみせる。こうなると。控えめに言って肉塊だと。ですよね。
勢いよくごしゃりと粉砕するのではなく、みきみきみき……ぐちゃ……とあえてじっくり潰された果物の姿に、己の頭蓋を幻視する。
なお机の上に散らばったジャガイモ(リンゴ味)の欠片は、アルテアが楽しげに拾って食べていた。小さく切る手間が省けたと思うべきか。
「私とて、初めて顔を合わせたのがあの状況でなければそうしていた」
「つくづく僕ら初対面が手錠付きの牢屋でよかったですね」
「あれを良かったとするのは業腹だが、結果としてはそうだな」
最初の問いに一応の結論が出たところで、「じゃあ次に」と先ほど明かされた件について議題を移す。
「ミネラウヴァさんって、ヴェスのお姉さんなんですか? 実の? 血の繋がった?」
「ああ」
だからどうしたと言わんばかりの雑な返事だ。
いやどうしたもこうしたも、俺達はそれなりの期間を実験体としてあの研究施設で過ごした上に、脱出後も一年以上こうして旅を続けている。つまりその間はずっと音信不通であったわけで。
「今から探しに行けば、まだそのへんにいるかもしれませんよ。会ってきたらどうですか?」
「何故」
「何故ときたもんだ。身内と会って話すのに理由とかいります?」
「ただ同腹であったというだけで何を話すことがある」
「うーんエルフ類的スタンダード価値観」
「傭兵ギルドでもよくそういった話を向けてくる人間どもがいたが、同じ親から生まれた個体同士であれば意識的に接点を持って然るべき、という奴らの思考が欠片も理解できん」
「まぁ……弱い生物ほど、共同体というか、他者との繋がりみたいなものを重要視しますからね。家族とは仲睦まじくあるほうがいいと、皆そうであるに違いないと、そうあるべきだと、どうしても期待するんですよ。…………人間は」
俺の様子をちらりと見たヴェスが、小さく息を吐いてから「ところで」と話を切り替える。
「おまえの疑問が解消されたなら、私からもいくつか聞きたいことがある」
「どうぞ?」
「こう! こう、あーん!」
「コルは食べなくて平気なんですよアルテア。ハイあーん」
「あ~、ん」
掴んだジャガイモ……果物の欠片を俺の口元へ運んでくるアルテアの手を取り、くるりと本人の口元へUターンさせた。
すると反射のように開いた子供の口に果物が正しく収まったのを確認してから、ヴェスのほうへ視線を戻す。
話の流れをぶった切られたことで眉間に皺を寄せつつも、ここでアルテアにあれこれ言ってさらに話がそれるほうが面倒だと思ったのか、ヴェスはそのまま会話を継続することにしたようだった。
「……コル。おまえ、この街に来てからやけに単独行動したがるな」
「雷の中、アルテアを連れて歩くの危ないじゃないですか。それにヴェスも人に会うのは嫌かと思いまして」
「普段は買い出しも荷物持ちも遠慮無しに押しつけてくるだろう」
「本気で嫌そうなときは任せませんよ」
「そうだな。それで、この街に来てからの私は、“本気で嫌そう”だったか」
「ぼちぼちって感じですかね。どっちかっていうと子守りのほうがめちゃくちゃ嫌そうな顔してました」
「普段なら自分でその幼体の面倒を見て、私を買い出しに行かせていただろう。適材適所だとか言って」
「そうかもしれませんね」
「しかしこのところは私にわざわざ“それ”を任せて一人で出歩いている。であれば、今のおまえにとってはこの配置が適材適所だったということだ」
「もうあらかた察しがついてるなら、この問答に意味あります?」
「好きだろう、雑談」
「まぁ好きですけど。でも雑談というより結果ありきの詰め将棋をされてる気分ですが、一応さっき言った理由も嘘ではないんですよ」
「知ってる。おまえは言うほど嘘はつかん。ただ伏せている手札が多いだけだ」
「……、アシモフ、ノックス、ヴァン」
「却下」
駄目か。
新・呼び名案を会話の間にしれっと混ぜてどさくさで可決させよう作戦は失敗した。別に成功するとも思わなかったが。
俺は固いパンをひとつ手に取り、その幾分か柔らかい内側を小さくちぎってアルテアに与えつつ肩をすくめた。なおちぎった後のパンは、そっとヴェスの前に戻しておくとあっという間に消えるシステムとなっている。
「分かりました。では“雑談”がてら現状を整理しましょうか。ぶっちゃけ聞きますけど、この雷、自然現象だと思います?」
「作為的なものだと?」
「違ったら違ったでいいんですよ。そのときは自意識過剰の陰謀論野郎って鼻で笑ってください。けど僕はご存じの通り物理的にはクソ雑魚で、ヴェスと違ってどんな危険も見てから対処余裕とかじゃないんで。考え得る可能性はなるべく事前に考えて、出来る対策があるなら講じておきたいし、なくても心の準備くらいしたいんです」
俺たちがこの街に来た直後から始まって二週間、絶え間なく轟き続ける雷鳴は、自然現象というには少々不自然だ。
最初は異世界だからそんなこともあるのかとスルーしていたが、街の住民ですら首を傾げているからには異常事態と言っていいだろう。
「ちなみにですけど、雷魔法で街ひとつ丸ごと二週間、ずっと雷を鳴らし続けるとか出来ると思います?」
「なぜ私に聞く。おまえが様々なことに疎いのは分かったが、自然魔法に関してはさすがにエルフの領域だろう」
「一般論としてはどういう認識なのかなって」
「……雷魔法というものが存在する以上、不可能とは思わんが、少なくとも私はそこまで大規模なものは見たことがない。実現の目があるとすればそれこそエルフくらいのものだろう。どうなんだ」
「まぁねぇ、少し工夫すればやれると思いますよ、僕以外のエルフなら。でもなんというか……魔法にしては自然すぎるんですよね」
「つまり?」
「今現在この街で発生し続けている雷は、自然の雷より魔法に近くて、魔法の雷より自然に近い。言ってしまえばひどく中途半端な現象に見える。そういう話です」
自然現象にしては不自然すぎて、雷魔法にしては自然すぎるのだ。
俺はアルテアが万が一にも触れないように目いっぱい腕を離してから、親指と人差し指の間に、ぱちりと青白い光を生み出した。
自分に使えるのはこんな静電気レベルの雷魔法がせいぜいだが、生粋のエルフであればどかんどかんと盛大に稲妻を落とすことが出来るだろう。けれど。
「通常の雷魔法は、今みたいにあくまで静電気……というか雷のみを周囲に発生させるものであって、積乱雲を作り出すようなものじゃないんですよ」
そもそも基本的な雷魔法とは、マナの力で任意の地点にマイナスとプラスの電荷の偏りを発生させることで、A地点からB地点まで走る雷を作り出すことが出来る、といったようなものだ。
もしくは単に“魔法で雷を起こす”という結果のみで良いのであれば、大爆発を起こして水蒸気を巻き上げ、疑似積乱雲を作り、間接的に雷を起こすことも──周囲の被害を気にしないのであれば──可能かもしれない。
他にも氷魔法で氷の粒を作ってぶつけ合わせて電荷の偏りを作って……と実際の自然現象と同じような条件を整えて雷を起こすことも、多分出来なくはないだろう。クソ面倒臭そうだけど。
理論上可能だとしても普通に雷作るほうが遙かに楽なのにそんな手間かける意味が分からん、ってエルフ達には一蹴されそう。
自然魔法は便宜上火魔法だの水魔法だの呼び分けられているが、使うほうの感覚としてはそこまで明確に異なるわけじゃない。
あくまで発現する現象によってなんとなく大別されているだけで、魔法とは等しく“マナ”という自由度の高い大エネルギーのもとで、意識的に起こされる物理現象の総称だ……と、俺は認識している。閑話休題。
「見てくださいよ、外。まったく見事な暗雲じゃないですか。雨まで降って。いかにも自然現象ですよね」
「だが自然現象と割り切るには、続きすぎている」
「それです」
正直どれも確証と言うには弱いが、違和感があると思うなら観察と考察くらいはしておくべきだろう。
「追っ手の仕業か?」
「……それはどうですかね。そういう可能性もゼロではないですけど、低いかなと」
「なるほど。では何らかの理由でこの雷は追っ手の策ではないと判断した上で、しかしその幼体を私に預けてまで、不自然な現象の起こる街をわざわざ一人でうろついていると」
「詰め将棋ぃ~」
どうせ察しが付いているならもっと景気の良い相づちでトークを盛り上げて欲しい。
再びアルテアから無言で差し出されたパンの切れ端をUターンさせて幼児の口に収めつつ、俺は宙を仰ぐ。
「現状が追っ手と無関係かまでは知りませんが、少なくとも追っ手が直接僕らを狙ってのものではないと思うんですよね。回りくどすぎるじゃないですか、雷で足止めって。僕らの財布が空になるのを待ってるってんなら良い趣味ですけど」
「正直、たとえ追っ手の仕業だったとしても、全部ひねり潰してしまえばいいと思うが」
「そのひねり潰すって比喩じゃないんだろうなぁ。あのですねヴェス、僕は何も平和主義を掲げて話を穏便に済まそうとしてるんじゃないんですよ。いいでしょう、たとえば十の追っ手を潰したとして、次が百に、また次が千に、万になったら?」
「楽しそうだな」
「戦人には本望かもしれませんけど僕はその余波で死ぬんで。余波の余波でもサクッと死ねるんで。……そういう話ではなく。仮にどんなに強くても、少数はいつか群に押し潰されます。うちの里みたいに」
相手も少数ならまだしも、国や組織を相手取るなんてのは、敵を余さず一息で“潰しきれる”という確証の上でもなければやるもんじゃない。半端な攻撃ほど状況を泥沼化させるものはないのだ。
「分かっている、冗談だ。おまえと行動を共にすると決めた以上、私もおまえの指針に従う。無駄に事を荒立てるつもりはない」
「まぁそこまで真剣に気にしてくれなくてもいいんですけど。でもそうですね、現状では追っ手と争う気はないです。もしも僕が“ひねり潰す”を選択する時が来るとしたら、十分な勝算があり、かつそちらのほうが確実にメリットがあると判断出来たときくらいのもんでしょう」
天の時、地の利、特大メリット、全て揃ってようやく選択肢に上がるかどうかといったところだ。
なにせ弱者にとって戦いというやつはとにかく勝ち目が薄い上に、基本損失しか生まないので。
「話を戻しますけど、ヴェスにアルテアの子守りを任せていたのは、何があっても物理的な危険なら大体何とかしてくれると思ったからですよ。万が一、本当に追っ手らしい追っ手が来たとしても、無関係の暴漢でも、それ以外の何かでも」
つまりヴェスに頼んである『とりあえず死なないように見ててくれ』という子守りの注文には、日常から非日常まで、自損から他損まで、あらゆる意味合いでの危機を回避しといてくれ、という無茶ぶりじみた意図が込められていたわけだ。
この不自然な状況において、物理的な意味で俺の命にも等しいアルテアの身の安全を預けるのに、これほど頼もしい相手もいないだろう。
ヴェス本人もそれは織り込み済みで、だからこそ死ぬほど渋い顔をしつつも、俺の言ったとおりに番犬を努めていてくれたらしい。特別手当を出すべきかもしれない。でも今収入が無いから後払いもしくは恩義払いで。
「そして僕がわざわざ一人で出歩いてたのは、ヴェスと一緒だと接触してこないであろう相手と、ちょっとお話ししたいことがあったからです。今のところずっと空振りですけど」
「…………色々と言いたいことが無いではないが、おまえがそうしたいなら好きにすれば良い」
「ありがとうございます」
詰め将棋はひとまず終局したようだ。というか初めから、『苦言は呈すが反対はしない』といういつものスタンスを貫く気ではいたのだろう。
じゃあハイおしまい、と俺の美少年スマイルひとつで空気を切り替えて、今度こそ正真正銘の雑談に戻る。
「うーん……、ぴ。ぴっぴ。だぁ」
「却下。意味は知らんが嫌な予感しかしない」
「呼びやすそうなのに」
「却・下」
「こう!! あーーん!!!」
「コルはあーんしなくていいんですよぉアルテア」
さて後は状況が動くのが先か。財布の中身が空になるのが先か。
持久戦だな、などと考えていた俺は、その翌朝、久しぶりに思い出すこととなる。
「住民からの通報により、そこのダークエルフを建造物破壊と傷害の罪で逮捕する!」
やはり転機というのは、突然やってくるものなのだと。




