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ダークエルフの先触れはない

 ひとしきり愚痴に付き合ってから商人ギルドを後にした俺は、約束をしていた店に向かった。パンを盗まれて、ウサギ獣人の子供と揉めていたあの男の店だ。

 好感度稼ぎついでの約束だったが、食糧を仕入れる必要があったのも、この時間から開いている店を探すのが大変なのも事実なので、結果として渡りに船というやつだった。巻き込まれた分の元は十分に取れただろう。


「おっ、来たな」


「すみません、こんな時間までお店を開けさせてしまって」


「どうせ暇してたんだ、かまやしねぇよ」


 男の店は乾物などの日持ちする食糧品をメインに、ちょっとした日用品を雑多に取りそろえている、個人経営の食料雑貨店(グローサリー)といった様子の店舗だった。


「夕飯買いたいんだったよな? すぐ食えるもんならそのへんの棚だ」


「はい、ありがとうございます」


 男に示された棚には固めのパンやら干し肉やらが置いてあり、当然ながら手軽な弁当も惣菜パンもカップ麺も並んでいない。出来合いの離乳食など夢のまた夢だ。

 この一年ですっかり慣れた光景なので今更嘆きはしないが、コンビニやスーパーの偉大さを思い知る毎日である。

 とはいえ前世ほどとは行かずとも、予算を惜しまなければもっと選択の幅は広くなるわけだが、新たな収入が期待できない今の状況ではあまり贅沢は出来ない。


 何せ。


「……まだ買うのかい? 何人分だこりゃ」


「実質ひとり分です」


「お、お前さんが食うのか?」


「いえいえ、まさか。よく食べる連れがいるんですよ」


 うちは某ダークエルフのおかげで、エンゲル係数がうなぎ登りである。


 基本生きてるだけでマナが自動吸収されるエルフとは違い、ダークエルフは食事という形で一度体内に取り込まないとマナを吸収できない。

 そのせいかは知らないが、ヴェスは非常に食欲旺盛だ。


 ただし食に楽しみを見いだしているわけではないようで、目の前の食料を無表情で淡々と消費していくその様は、食いしん坊などというよりも燃費の悪い大型車への給油風景に近いものがあった。

 まぁ別にそれはいい。ヴェスは食費に見合うだけの働きを見せてくれているし、どうしても足りなきゃ自分で適当に獣を狩って焼いて食って自給自足してくれているので。


 そして(エルフ)は時々少量の水や果物を摂取していれば生きていけるし、アルテアはさすがにもっと小まめに食べるものの、必要な量は雀の涙だ。


 よって弊パーティの食費における割合はヴェスが七割、アルテアが二割、俺一割といったところで、最終的な合計額としては“よく食べる成人男性三人分”程度にはどうにか収まっている。

 毎日ごちそうが食えるほど余裕があるわけじゃないのは確かだが、かといってそこまで深刻に家計を圧迫しているわけでもなかった。普段なら、だが。


 商人の端くれとして、そして一応はパーティの頭として、仲間の食事くらいは可能な限りケチケチせずに提供していきたいものだが、収入ゼロではその食費の負担も中々ばかにならない。

 ギルドでの商人たちの愚痴ではないが、俺としてもなるべく早いうちに、この停滞しきった状況をどうにかしたいところだった。


 買う食糧をどんどん積み重ねていく傍ら、俺は自然な調子で男に話しかける。


「それにしても……さすが雷鳴の街というか、連日すごい雷ですよね。こんなに毎日だと大変じゃありませんか?」


「え? ああ、いやいや! 確かにこのへんは元々雷の多い土地だが、にしたってこれほど絶え間なく鳴り続けるなんてこたぁめったにねぇさ。だから普段はそこまで困ることもないんだが」


「いつもはこうじゃないんですか」


「だから俺ら地元のモンもさすがにまいってるよ。こんな天気じゃ客もろくに来ないし」


 雷そのものには慣れてるが、こうずっとじゃなぁ、と男が苦笑する。


「ただその酷い雷のおかげか、このところ街に降りてくる魔獣の姿も全く見ないんだ。っても良いんだか悪いんだかって感じだけどよ」


 魔獣は、普通の動物たちの中から突然変異的に生まれるものだ。

 よってその大元たる“普通の動物”が多い土地には、必然的に魔獣も多く発生することになる。


 とはいえ魔獣の発生については解明されていない点が多く、一説には土地のマナの濃さなんかも関係しているらしいので、一概に『動物が多い=魔獣も多い』とは言い切れない部分もあるが、基本的には絶対数が多ければ、その変異体たる魔獣の発生数も多めになる傾向にあるとか。


 つまり三方を自然あふれる豊かな山々に囲まれているこの街には、そこそこの頻度で入り込んでくるらしい。

 それがここしばらく目撃されていない、と。


 単にこの雷によって人の外出頻度そのものが落ちているから目撃情報が減っているだけ、というのもあるかもしれないが、男いわく普通の動物のほうはその少ない外出の間でも変わらずに見かけたという。


「見なくなったのは魔獣だけなんですね」


「そんな感じはするんだが、まぁ魔獣なんて元々動物と比べりゃ数が少ないから、俺が運良く出くわしてないだけかもしれないけどな。何にしろ大人しく巣にこもっててくれるならこっちとしちゃ助かるってもんよ。雷に魔獣に、なんて同時に来られちゃたまったもんじゃない」


「ですね。……あ、これとこれとついでにそれもお願いします」


「本当に一食分なんだよな!!?」


「なんと一食分ですよ」


 そこから少し雑談をして会計を済ませ、「また来ます」と社交辞令的な挨拶を交わして店を出た。



 外の雨は少し小降りになっていたが、雷のほうは相変わらず、止むことを知らないように鳴り響いていた。


 買った食糧は、すべて一枚の大きな布で風呂敷のようにまとめて包んで背負っている。

 量が量なので重くはあるが、貧弱の見本クソ雑魚エルフ俺といえどこのくらいの荷物はどうにか持てるのだ。いや、背負わずに腕力のみで運べと言われたら正直きついが。


 そういえば里のエルフたちは荷物はすべて風魔法で浮かせていて、手で何かを持ち運んでいるところはまず見たことがなかった。もしかしたら俺ほどでないにせよ、エルフってみんな素の力は強くないのかもしれない。

 エルフの自動回復が、平常値(ゼロ)を維持しようとする非常に強力な恒常性(ホメオスタシス)に近い性質のものだとすると、おそらくどれだけ筋トレしても筋力は一定の値から増えも減りもしないはずだ。


 しかしエルフには本来その華奢(きゃしゃ)さを補って余りある、莫大なマナ保有量および自然魔法の技があるから問題ないわけだが、俺はどちらも全く使いこなせていない。つまりは一生ただのもやしエルフである。

 体が成長して筋力のゼロ地点そのものが変動すればワンチャンだが、そもそもエルフの体の成長は他の生物と違って漫然と経年を待てばいいものではないので、俺に成長の余地があるのかすら怪しい。期待値はゼロである。


 ダークエルフのほうはどういう生態になってるのか知らないが、ヴェスは例の手錠をつけて身体魔法を封じられた状態でも、エルフ達よりはだいぶ筋力ありそうな動きをしていた。

 たぶん筋力のゼロ地点そのものが違うか、もしくはマナの吸収過程と回復メカニズムかなんかが違うのだろう。ヴェス本人すらあまり細かく把握してなさそうだったからほんと知らんけど。


 なんで自種族のことなのに把握してないんだよと言いたいところだが、俺だって前世で人間のころすら、自分の体がどういう仕組みで動いているかを人に説明できるほど当たり前みたいに知っていたかと言われたら、首を横に振るしかない。

 その手の知識が必要な専門職でもなければ大抵そんなもんだ。何も知らなくても動くもんは動く。出来ることは出来る。世の生き物はほとんどそうやって生きているのだから。


 生態を詳しく知りたければ、それこそ専門の学者に聞くか、はたまた俺達より年かさのエルフなりダークエルフなりに聞けばもっとちゃんとした答えを得られるのかもしれないけれど、優先順位としては下の下といったところだろう。

 機会があれば聞いてみたいことは山ほどあるが、今の俺にとってはそれ以上にこの世界……というか社会における“普通”を、ひとつでも多く体に覚え込ませることのほうが急務である。生態調査なんて後回しだ。


 己の結論に納得して、一人うんうんと頷いた。

 ずり落ちてきた荷物を背負い直しながらふと顔を上げれば、路地の角にある酒場から漏れる明かりと、そこから響く賑やかな声が雷雨の合間を縫って届く。


 この悪天候のせいで閑古鳥の鳴く店もあれば、この天気だからこそ繁盛する店もあるのだろう。

 支部の商人たちと同じく、やることのない人間たちが酒場に集まって飲んだくれているのか。


 酒場のような人の多い場所は情報収集にはうってつけなので、時間があれば覗いていってもよかったのだが、留守番と子守りを任せているヴェスがさすがにそろそろ限界だろう。色んな意味で。


 今日のところは大人しく戻ることにするか、と酒場の前を足早に通り過ぎようとした、そのとき。


 つんざくように空気を揺らした雷の音とほぼ同時に、盛大な破壊音を伴って酒場の入り口が()()()()()


 俺が反射的に酒場のほうへ顔を向けた次の瞬間には、目の前を謎の大きな塊がとてつもない勢いで反対側に通り過ぎて……いや、吹き飛ばされていく。

 全てのスピード感に置いて行かれている俺は、一拍遅れで今度はその吹き飛んでいった物体のほうを視線で追いかけた。


 そこには、扉の残骸もろとも路上に転がる人間の男の姿があった。

 一連の流れが何だかいつかのトマト祭りを彷彿とさせるものだったので、もしやその人間も弾け散らかしているのでは、と思ったが男は顔面血まみれでひどい有り様なものの、呻き声を上げていたのでどうにか生きているようだ。今のところ。


 かと思えば酒場側から人の足音が聞こえて、もはやテニスを目で追う観客のごとく首を左右に移動させることしか出来ない俺は、再度そちらへ顔を向けた。


 扉とその周辺が吹き飛んですっかり風通しのよくなった酒場の入り口から、ゆらりと歩み出てくる人影。

 それはトマト祭りクイーンことスラファト──ではなく。


「わしがいつ、馴れ馴れしく名を呼んで構わぬなどと言った? 身の程をわきまえんか軟弱者めが。その浅慮な頭、今ここで握り潰してやってもよいのじゃぞ」


 褐色の肌。艶やかな黒の短髪。

 臙脂(えんじ)色の鋭い瞳に、すっと伸びた長い耳。


 まるでエルフの対極に位置するようなカラーリングをして、己の肉体美を惜しげもなくさらす扇情的な衣服に身を包んだその()は、どこからどう見ても……ダークエルフであった。


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