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商人寄れば皮算用


 ──などとは言ったものの、おそらくあの子供は、俺が純然たる善意でもって同じことをしていたとしても同じことを口にしただろう。

 何かも信じてませんと言うような荒みきった目と、警戒してますと全身から訴えてくる刺々しいオーラがそれを物語っていた。


 相手の腹の中にあるのが真心であれ下心であれ、得られるメリットに変わりはないだろうにもったいないことだ。

 だがまぁ同じ弱者の立場としては『偶然出会う善人』なんてものを当てにして動いていては、『確実にいる悪人』に食い物にされて終わるのが目に見えている、というのも分かる。


 そういう意味ではあの子供の全てを突っぱねるスタンスも間違ってはいない。あれもまた生存戦略のひとつと言えよう。

 俺の『自分の身を犠牲にして自分を守る』自切ムーブは、人間より丈夫かつ回復の早いエルフであればこそのやり方だ。正直俺だって人間のままならこんなやり方は選んでいなかっただろう。


 しかし例えば同じ全方位不信タイプであっても、ヴェスの場合はもう完全に付け入る隙がゼロだ。

 俺とて牢屋メイトという縁でもなければ何百年かかっても仲間に出来た気がしないほど、対話不可能のコミュニケーション拒否(通称コミュ拒)であるが、先ほどの子供にはまだ懐柔の余地がありそうに見えた。


 母の形見という──事実ではあるのだが──分かりやすく同情を買うようなワードだけで大人しくピアスを返してくれたり、そもそも“偽善者”なんてのは、本物の善とかいうものを多少なりと信じていなければ出てこないワードともいえよう。どこまで言葉の意味を理解して使っていたかは知らないが。


 要するにあの子供の他者不信の根底には、他人への期待の裏返しから来る失望のようなものがあり、そこには大なり小なり「信じられるものなら信じたい」という切望がある可能性が高い。

 そこに付け入れば何とか……いや、もう二度と会わないであろう子供の丸め込み方を考えても仕方がないのだが、どうすれば相手の懐に入れるかを反射的に考えてしまうのは、職業病ならぬ実験体(モルモット)の習性か、はたまた前世で培われた社会性の産物か。



 何にせよ今考えることでもないかと先ほどの子供についてのあれこれを頭の奥に押し込めて、俺は目の前の建物を見上げた。


 立ち並ぶ家屋と家屋の間に押し込められるようにして建っている、レンガ造りの二階建て。

 くたびれた(たたず)まいのその建物の入り口の横には、商人ギルド支部、と書かれた看板が吊してある。


 己の左手の中指にしっかりと金の指輪がはまっていることを確認して、その左手で入り口の扉についている金色のドアノブを握った。

 するとほのかな光を放ったドアノブから、かちりと鍵の開く音が響く。


 これは前世で言うところの生体認証みたいなシステムである。

 俺がつけている金の指輪は商人ギルドのギルド証であり、ドワーフの技術で特殊加工された魔法道具だ。

 髪や爪といった体の一部と魔石を材料として作られていて、この指輪を専用の魔法道具にかざすと、ギルド証とその持ち主が一致しているかを認証しつつ色々できるらしい。今の場合は金のドアノブが確認用の魔法道具だったというわけだ。


 それにしてもこの世界は技術レベルが結構ちぐはぐというか、一方では中世レベルの技術を稀少だと有り難がっているかと思えば、一方ではもはやSFレベルの超技術を日常的に使用していたりする。

 マナや魔法の存在が技術進化の過程でどう作用したのか知らないが、ローテクならローテク、ハイテクならハイテクで世界観を統一してほしい。じゃないとバグる。俺の脳が。


 チェスのようでチェスじゃないゲームとか、自然の風景に唐突に混じる異世界植物とかと同じく、前世で慣れた技術とそうじゃない技術に当たり前のように混在されると、変なところでぼろを出しそうで怖い。魔女狩りもエルフ狩りも御免である。


 吐きかけた溜息を胸にとどめ、改めて意識を切り替える。

 ゆっくりと金のドアノブを回して扉を押し開ければ、ぎぃ、と蝶番のきしむ音がした。



 建物の中は、寂れた村役場と集会所を合体させたような場所だった。

 奥には受付などのカウンターがあり、手前には簡素な机と椅子が数セット置かれている。

 それらに思い思いに腰を下ろしていた人々は扉の開く音に顔を上げると、俺を見て気安い調子でひょいと片手を上げた。


「コル坊やじゃねぇか! おはようさん!」


「あら、おはようコルくん」


「景気はどうだい?」


「おはようございます、皆さん。マナの(おもむ)くままにといったところです」


 現在時刻は夜である。

 しかし例え朝でも昼でも夜でも、商人ギルドにおける商人同士の挨拶は「おはよう」だ。なんかそういうもんらしい。業界っぽい。


 ちなみに景気はどうかという問いに俺が返した「マナの赴くままに」というのは、「ぼちぼちでんな」的な定型文だ。

 そしてこれは問いかけの内容によって意味が代わり、例えば「どこ行くの?」と聞かれたときにこう返せば「そのへんぶらぶらしてくる」みたいな意味になるし、「恋人いないの?」にそう言って返せば「ご縁があればって感じですかね」みたいなニュアンスになる。

 “曖昧かつ無難な返事”の代表格として色んなシチュエーションで使えて汎用性が高いため、俺としては結構重宝している。


「全身ずぶ濡れじゃない。外そんなに土砂降りなの」


「今は結構降ってますね。雷も相変わらずです」


「雷……困ったもんよね……」


 なお雨が強いのは事実だが、俺がここまで見事にずぶ濡れなのはあの子供に水を引っかけられたせいである。

 勢いよく手を払い落とされたせいでついた切り傷のほうは、ここに来るまでの間にすっかり治った。自動回復さまさまだ。実験体時代にこそ、このオート機能が欲しかったところだが、例の手錠でマナ周りが丸ごと抑制されていたのでまぁどうしようもない。


 室内に入ってフードを下ろすと、女商人の一人が高価な美術品を見るように俺の顔をまじまじと眺めながら息をつく。


「はー、それにしてもコルくん何回見ても綺麗な顔してるわぁ。うちで専属の売り子しない?」


「喜んで、と言いたいところなんですけど、専属はちょっと。一時的なものなら金額と拘束時間によっては応相談です」


「しっかりしてるわぁ」


「おめぇそもそも、どれだけ良い売り子がいたところで、今の状況じゃ客なんか集まんねぇだろうが」


「ごもっともだわ~……」


 その場に顔をつき合わせている人々が、そろって深々と溜息を吐いて肩を落とした。

 そう。彼らは俺と同じく、連日の雷によりこの街でずっと足止めを食っている商人たちだ。


 俺が雷鳴の街についてすぐの頃はもう少し人数が多かったのだが、背に腹は代えられないと雷雨の中の山越えを決心して出て行った者が半数、命より高いものはないと損失覚悟で街に居残り続ける者が半数、といった感じの推移を経て今の状況に至っていた。


「せめてまともに商売が出来りゃいいんだけどなぁ」


「無理無理。ただでさえこの街は傭兵ギルドの影響が強くて、商人ギルド(おれら)の肩身が狭いんだ。売り場を確保しようにも、土地のあれそれは街の商会が全部取り仕切ってて俺らは門前払いされるし」


「どうにか場所を取れたとしても、連日のこの悪天候じゃ露天を開くのもままならんし、開けたところで客も来んし」


「地元の店との取り引きもなんやかんや商会が首突っ込んできて、イチャモンつけられて買い叩かれるしな」


「ていうかこんな街、山越えの途中でやむなく立ち寄っただけのやつが大半だろ。商売なんかするもんじゃねぇよ、やるだけ損だ」


 何もすることのない商人たちは今日も今日とて支部に入り浸っては、酒瓶片手に愚痴を吐き散らかしていたようだ。

 支部に酒場は併設していないので、各々自前の酒とつまみをわざわざ持ち寄った上でくだを巻いているらしい。最初は注意していた支部職員も今は呆れ顔で放置である。


 お聞きの通り、雷鳴の街は商人ギルドの商人に優しくない。

 単にこのあたりが排他的な地域である、みたいな話ではなく、事はもっと壮大かつ単純だ。


 そもそもギルドにはいくつかの区分があり、中でも商人ギルドや傭兵ギルドなどは“大ギルド”と呼ばれる最大規模のギルドとなっている。

 そしてこの世界における大ギルドとは、俺の感覚で言うと領邦国家──ちょっとした国に等しい存在なのだ。


 ギルドというから最初はもっとこう、職能団体……職業ごとの組合みたいなものをイメージしていたのだが、旅をするうちにどうも俺の認識と実態にずれがある気がして、この一年ほど慎重に知識と現実をすり合わせた。

 その結果として自分の中に落とし込んだ結論が、『大ギルド≒領邦国家』だった。


 大ギルドはそれぞれが領地のような、自身の影響力が強く及ぶ支配地域(なわばり)を保有している。要するにギルド長とはほとんど領主みたいなものなのだ。

 とはいえそれはあくまで俺が前世の価値観に照らし合わせた末の結論であって、この世界の人々からしてみれば大ギルドは大ギルド。“そういうもの”なのだが。


 ただその上で俺の知っている国と少し違うのは、その縄張りの区切りが領土ではなく、街や村ごとであるところだろうか。

 ここは商人ギルド傘下の街、あちらは傭兵ギルド傘下の街、というように自治体ごとに影響力の強いギルドが異なっている。

 けれど中には、どちらかといえばこのギルド寄り、程度のゆるい協力関係を続けている街や村もあるし、基本的には国ほど強い強制力は持ち合わせていない。しかしただの職能団体とするには影響の及ぶ範囲が広い、といった具合だ。


 だがそうした帰属意識ゆるゆるの街や村がある一方で、ガチガチに影響力が及んでいる街や村も当然ある。

 ここ雷鳴の街は、ごりごりの傭兵ギルド派閥なのであった。


「クソが……雷さえやめば、すぐにでも出て行ってやるのによ……」


「全部あの銀皿どものせいだ……傭兵ギルド……野蛮人集団め……」


 そしてなんとこの大ギルド同士、非常に仲が悪い。


 『銀皿(ぎんざら)』というのは傭兵ギルドおよびそこに所属している者を指すあだ名、というか蔑称だ。

 傭兵ギルドのギルド証が楕円形をした銀のブローチ型であることに由来している。


 ついでに言うと銀皿とは、元々銀貨のことを示す俗称であった。

 彼ら商人にとって商売で一番よく使う銅貨や、大口の取引に使う金貨と比べて、銀貨というのは一番中途半端かつ使い勝手の悪い硬貨であるそうだ。

 それゆえ見栄えは仰々しいが役に立たない半端者などを商人ギルド界隈では“銀貨”や“銀皿”と呼ぶようになり、転じて現在では銀貨のごときブローチを身につけた、威張り散らしているが役に立たない暴れ者、を二重三重に皮肉って銀皿と呼ぶようになったのだと他の商人たちから教えてもらった。


 ちなみにヴェスに聞いたが、傭兵ギルド側からは商人ギルドおよびギルド員は『金穴(きんけつ)』と呼ばれているそうな。

 元々の言葉の意味としての“金づる”、さらにギルド証である金の指輪の()の部分を指しての穴、ついでに商人が嫌がる“金欠”の音をかけて、とこちらもまた二重三重の嫌みがこもった蔑称となっていた。


 いわく「俺らが体張って守ってやらなきゃ移動ひとつまともに出来ないくせに態度がでかい・そのくせ報酬が安い・ドケチ守銭奴集団」と向こうは向こうでこちらを罵っているらしい。

 ヴェス自身は物理的な闘いではない言い争いには興味がなく、どうでもいいとスルーしていたそうだが。歪みない。



 まぁ隣国(?)同士の仲が悪くなりがちなのは世の習いだが、ここでまたややこしいのが、彼らは国のようなものでありつつも、やはり職能団体としての性質も持ち合わせている、ということだ。


 それぞれが人々のインフラを担っている存在であるからこそ、たとえその街や村がどこのギルドの派閥に偏っていようとも、他の大ギルドの存在を完全に排除することは難しい。

 前世の価値観で言うなら、市長が電力会社の上層部と折り合いが悪いからと現場で働いている作業員を根こそぎ締め出すわけにはいかない、みたいな感じだろうか。ちょっと違うかもしれない。


 なんにせよ、どこの勢力圏であろうと支部は置ける。

 だが“置ける”という事実と、“置くのに向いている”土地かどうかは全くの別問題である。


「嫌がらせで支部だってこーんな外れの狭い区画に追いやられるし」


「いつまで経っても改修工事の許可が下りねぇからずっとボロいのままだしよ」


「狭くてボロい支部で悪かったな!!」


 互いを公的に全面排除は出来ずとも、こうして回りくどく、しかしあからさまに影響を与えることは出来るというわけだ。うーん社会の闇。


 よって雷鳴の街に足止めを余儀なくされた商人ギルドの商人たちの現状を端的に言えば、『派閥争いと悪天候のダブルパンチで仕事がない』の一言に尽きる。

 身動きの取れないままで滞在期間が延びれば延びるほど、金は減るばかりであった。それは当然、俺も然り。


「受付係さん。今日も一応聞いてみたいんですけど、何か稼げるお仕事ありますか?」


「コル坊や。分かりきってるだろうけど一応答えておくが、そんなもんあったら斡旋しないでとっくに俺が自分で受けてる」


「ピンハネすんな受付!!」


「不正だぞ!!」


「辞職しろ!!」


「不正じゃねーわ職員特権だわ!!!!」


 自警団と同じく、商人ギルドの支部職員もすべてギルド員である商人たちで構成されている。

 つまり受付で事務作業をしている彼すら、雇い入れた一般の事務職員などではなく、本業では何かしらの商売をしているれっきとした商人であり、支部職員は副業である。

 支部職員を兼業する理由は様々だが、ギルド経由で斡旋されるタイプの仕事を優先的に選べたり、情報を手に入れやすかったりと色々メリットがあるようだ。なので一応彼の名誉のために言っておくと本当に不正ではない。


 だがそんな職員すら仕事にあぶれているとなれば、事態は思った以上に切迫しているのかもしれない。

 ふむ、と顎に手を添えて思考を巡らせていると、商人の一人がふと思い出したように「そういえば」と声を上げた。


「傭兵ギルドとはエルフとダークエルフの仲な俺らにゃどうせ関係ない話なんだけどさ」


 なんとなくニュアンスで分かるだろうが、“エルフとダークエルフの仲”は前世で言うところの“犬猿”を指す慣用句である。


「アイツら、生け捕りの魔獣を高く買い取ってるらしいって噂あんだよね」


「生け捕り? 討伐じゃなくてか」


「しかも買い取りって。傭兵ギルドがんなもん買ってどうすんだよ。あ、訓練用か? もしくは闘技場とか」


「知らねーって、噂だし。でもなんかここんとこ傭兵どもがよく魔獣探してるって聞いたから、ほんとなのかなって」


「どっちにしろ今の状況じゃ、役に立たない話だわぁ……」


 彼らが求めているのはそんな真偽不明の宝の地図のような儲け話ではなく、この停滞した状況の打破と、目減りしていくばかりの金を増やす現実的な取り引きだ。

 しかしどちらも、彼ら自身の意思ではどうすることも出来ないのが現状だった。


「結局、この雷が止まなきゃどうしようもねーってことだよなぁ」


「もしくは前に出て行った命知らずどもに習って、雷の中の山越えをするか」


「その気があればとっくの昔に行ってる」


「せっかくここまで待ったのに今更のこのこ出発して、それで雷に打たれて死んだらそれこそバカらしい」


「だよねぇ~」


 そうして居残り商人たちの愚痴は今日も、時間つぶしにしかならない堂々巡りの結末に終わる。


 俺は時に気遣わしげな笑顔で、時に哀しげに眉を顰めて、邪魔にならないように適度な相づちを打ちながら、そんな彼らの愚痴の従順な聞き手として、この狭くてボロいが賑やかな支部でのひとときを過ごしたのだった。


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