幕間小話:余白の雑談
@コルの魔法
「そもそも、おまえの言う“魔法が苦手”とはどういった類いのものなんだ。一応聞くが、元は使えたものが薬の後遺症などで使えなくなっているわけではないんだな?」
「そのちょいちょい薬害を疑ってくるのなんなんです?」
「エルフがただ魔法を苦手などというよりは遙かに納得がいくだろう」
「それはそう。でもご期待に沿えず申し訳ないんですけど、本っ当にただただ苦手なんですよね」
心配せずとも俺の魔法技術がゴミなのも、運動神経がカスなのも生まれつきで、なんなら後者は前世からの通常営業である。
とはいえヴェスもそこまで本気で薬害と思っていたわけではないようで、まじかよみたいな顔はしつつも普通に納得した様子だった。
そもそも「一応聞くが」というヴェスの枕詞は、“九割がた違うと察しているがワンチャンあると事なので念のため確認しとくか”程度の熱量の問いにつけられるものである。
よって普段ならここで会話が一区切りするところだったが、ヴェスは何やら興味でもわいたのか、ついと俺を指さして言った。
「コル、おまえ……ためしに魔法障壁を張ってみろ」
「僕が作る障壁、全身サイズを片面で強度50%OFF、全面だとなんと80%OFFと、範囲を広げるほどにちり紙以下の何かになっていってお得ですけどどうします?」
「何を言っているのか全く分からんが、範囲は狭くてもいいから全力で張れ」
「うぃっす」
深く息を吐き、集中して、最大限の強度が維持されるように魔法障壁を張る。
そうして出来上がった、ぎりぎり自分の顔がおさまるサイズの半透明な壁……というかもはや皿とでも言うべきか。宙に浮く半透明の皿だ。
「そのまま固定していろ」
「あんまり長くもたないんでお早めに」
「ああ」
ひとつ頷いたヴェスは俺の額の前あたりに浮かんだ障壁に手を伸ばすと、内側に丸めた中指を親指で軽く押さえ……要するにデコピンの形で、半透明の皿を軽く弾く。すると。
ぱしゃ、と薄い氷が割れるような音を立てて魔法障壁が弾け飛んだ。
「いて」
さらに殺しきれなかった衝撃が俺の額に当たる。
しかしあの牛魔獣のように俺の頭が弾け飛ぶことはなく、本当に軽めのデコピンを受けた程度のダメージにとどまった。おそらくヴェスが極限まで手加減していた結果だろう。
なお俺の障壁が仕事をした可能性はゼロである。聞いただろさっきの脆く砕け散る音。凍らせたプリンのほうがまだ頑丈だわ。
「…………はぁ……?」
「ドン引きじゃないですか」
心底残念な生き物を見る目をしたヴェスが、自分の手元と俺の額を見比べてなんともいえない声を上げる。
戦闘力とは異なる俺の強さとやらを認めてはいても、あまりの雑魚具合に引くもんは引くらしい。前世で急にハムスター持たされてビビったときの俺みたいな顔してる。
いや、脆そうな生き物持つとその気はなくても何かの弾みで殺しそうで怖いよな。俺も今ので改めて思ったけど、多分お前がちょっと力加減を間違えただけで軽率に死ぬからどうか過信しないでくれ俺の回復力を。
それに頭が吹き飛んだらさすがのエルフも即死する、というのは里での戦いやそれ以降の諸々で把握済みである。気をつけてほしい。ほんと。
「障壁って魔法の上手い下手がダイレクトに出るんで、僕のやつなら全力でもこんなもんですよ。マナの扱いの下手さにかけては里のエルフが絶望した顔で目をそらすほどでしたからね」
「堂々と言うことか」
「控えめに言ったところで事実は変わらないので」
通常の自然魔法は、自分が持つマナと自然エネルギーみたいなものを混ぜ合わせて?結合させて?なんやかんやしつつ様々な自然要素を操る術といった感じなのだが、魔法障壁はマナそのものを使う。
これも体外でマナを扱うという点では自然魔法に分類されるのかもしれないが、俺の感覚的には“無属性”魔法といった印象だった。
自然エネルギー……火や風を使って疑似的な障壁を作ることも可能だが、基本的には魔法障壁といえば大抵この無属性障壁のことだ。これが一番相手を選ばず、汎用性が高い防御術となる。
剣や弓矢とは相性が悪いとはいえ、エルフの膨大なマナで張る障壁ならばごり押しで十分防げるはずだ。まずそこまで近づかれる前にさっさと武器の使い手を魔法で薙ぎ払うだろうというのは置いといて。
マナ単体を駆使する必要のある魔法障壁においては、己の中にあるマナ総量とマナ操作技術がものをいう。
つまり総量はともかく操作技術ゼロの俺では、たとえ全力でも冷凍プリンに劣る程度の障壁しか張れないというわけだ。
「だから物理戦闘では攻撃も防御もいっさい僕に期待しないでくださいね」
「分かっている」
「でも命乞いと媚び売りと値切りと、まぁ戦闘以外の対人交渉ならおおむね任せてくださいね。それなりにうまくやりますよ」
「知ってる」
「今後はもういっそ薬の後遺症で魔法ド下手くそになったってことにしとけば、どっかで同情買えるタイミング来ますかね」
「……知らん」
**********
@ダークエルフのお値段って
「いかほどなんです?」
「売る気か」
「いやだな興味本位ですよ」
いざというときにその情報を全く活用しないかといえば確約は出来ないが、少なくとも現時点では旅の仲間を質に入れる予定はない。
ただエルフにべらぼうな値がつくというのなら、同じ“エルフ”と名の付く種族であるダークエルフの相場はどんなもんなのかという、エルフであり商人ともなった俺の純然たる好奇心だ。
そのへんの心境までこちらの表情から漏れなく読み取ったらしいヴェスは、呆れ顔でひとつ溜息を吐きつつも口を開く。
「私はあの熊獣人と違ってそういった相場には詳しくない」
「まぁまぁ。ヴェスの聞きかじりでも推測でもいいですから」
仮に完全なる推測だとしても、ほとんど異世界ルーキーに等しい俺が適当に考えるよりかは妥当な線を行くだろう。
そもそもの話これは雑談なので、そこまで正確な答えを求めていないというのもある。
「……体にマナを多く有していることが人間共にとっての付加価値になるというならば、ダークエルフにもそれなりの高値がつくんじゃないか。だが例えそうだとしても、我々に手を出そうという輩はさほど多くないと思うが」
「その心は」
「人里で活動する機会が多い分、ダークエルフの──おまえの言いざまを借りるのであれば──蛮族ぶりは奴らもよく知るところだ。捕獲するにしても狩るにしても、相応の損害を被る羽目になることは人間程度の頭にも十分想像がつくだろう」
「ははぁ」
ウチの里とて最終的には銃の物量作戦に押し切られたとはいえ、そこに至るまでの抵抗で相手側にもかなりの被害を出したはずだ。
ただの商人や荒くれが単なる金儲けのために手を出すには、少々博打が過ぎる商品といえる。掛け金は大量の物資と命だ。
「でも盤上遊技の駒にあんな効果がつくぐらいにはエルフもそれなりに大暴れしてるはずなのに、なんでエルフ狩りの挑戦者は後を絶たないんですかね」
「おまえらが引きこもりだからだろう」
「おっと率直な悪口。で、その心は?」
「…………。伝えたいところは分かるからいいが、おまえのその妙な問い方はなんだ」
「会話が成立してるならそれでいいじゃないですか」
もはやこっちの世界で生きた年数のほうが長いが、やはり母世界語(?)というのは百年以上経っても抜けないものだ。
勢いで前世風の言い回しや単語を使ってしまったとき、相手に伝わっていなさそうなら言い直すのだが、ヴェスは特に解説しなくても俺の様子からニュアンスを理解して問題なく会話を継続してくれることが多いため、俺もつい説明をサボりがちだった。さすが牢屋メイト。手間が省けて助かる。
「……エルフは、人前に姿を見せることが極端に少ない。人里で目にする機会など皆無と言ってもいい。その分、我々と違ってお前らの凶悪さは実感として認識されていないのだろう。だから狙われる」
そして今日もまた諦めたように会話を継続したヴェスが告げた言葉に、なるほど、と思考を巡らせる。
伝承や人づてに情報を耳にすることがあっても実際に体感する機会が無いものだから、どうせ噂だろう、自分なら大丈夫だろう、という正常性バイアスのもとエルフ狩りに乗り出す輩が尽きないのか。
まぁ本当に分かってても金に目がくらんで繰り出す者はいるのかもしれないが、それでもダークエルフと同じくらいにエルフの強さが知れ渡っていれば、無謀な挑戦者の数はもう少し減っていたに違いない。
ちなみに駒の効果のもとであるエルフvsダークエルフの大暴れについても、そういうのは大抵エルフの里周辺に通りかかったダークエルフとの間で起こるものなので、一般人が目撃する機会はなおのこと少ないはずだと。エルフの里ってとにかく僻地にあるもんな。
それでも旅人などが遠巻きに目撃したものが噂として伝わり、あのような駒が出来たのだろうとのことだ。
ついでに世間では大災害の跡なんかを、エルフとダークエルフの戦場、と慣用句的に称したりもするらしい。閑話休題。
「にしてもエルフもダークエルフもいくら凶悪に強いとはいえ、あんな手錠があるならもう少し頻繁に捕まっててもよさそうなもんですけど。アレやっぱお高いんですか?」
「知らん」
「……その心は」
「マナ阻害効果を持つ手錠の存在も、そもそもマナの巡りを阻害して魔法を使用不可にする等という効果そのものも、私はこの百年少々の間で一度も見聞きしたことがなかった。実際、この身にそれが降りかかるまではな」
「じゃあアレってもしかしてめちゃくちゃレアな手錠でした?」
「おそらくは。私もさほど積極的に人里で情報を拾っていたわけではないから、確実とはいえないが」
「もし一般的なものなら、とっくの昔にそれ持ってヴェスに挑んでくる敵がいてもよさそうなもんじゃないですか。でも見たことないんでしょう?」
「使われる前に相手を肉片にしていた可能性も否めない」
「……まぁ、それでも傭兵ギルドっていう戦いの最前線にいて、そんな戦況を左右しそうなアイテムについてまったく耳に入らないってことはないでしょうから、たぶん本当に無かったんじゃないですか?」
何にしてもあれが一般的なものではないというなら朗報だろう。
とはいえ俺の場合は自然魔法を封じられたところで元から使えないに等しいので痛くも痒くもないのだが、封じられないに越したことはない。
あとは当時こそ出回っていなかったが俺たちが牢屋にいた期間に一気に普及している、という可能性もなくはないが、そのときはそのときか。
「でもそんな珍しい品なら、僕たちの外した手錠も捨てずに回収しときゃよかったですかね」
「言っておくが、あの時はあれ以上余計なものを抱える余裕はなかったからな。回収しても崖上あたりで私が捨てていたぞ確実に」
「その節は大変お世話になりました」
アルテアと銃と、最終的には俺まで半ば持たせてたもんな。
気絶した後のことはよく知らないが、ヴェスの全方位不信っぷりからしてタリタ達の私邸まで俺を抱えて運んだのも間違いなくこの男だろう。
いや正直俺は誰にどう運ばれても何でもよかったから全然人任せにして頂いて構わなかったわけで、そこに関してはヴェスの都合であって俺が恩に着る必要はないよなという思いもあるが、そこはあの虫の息状態かつ身体魔法の補助もゼロに近い状態で人ひとり運びきった労力に敬意を表してふつうに感謝しとこう。
「じゃあ次の機会があったときは僕が何か……でも今も荷物とか大半持ってもらってるから……えー、そうですね、支払いとか持ちましょうか?」
「現状、旅の資金を管理しているのはおまえだし、商人としてあれこれ手を回して稼いでいるのも殆どおまえだし、必要な場面で金を出しているのもおまえで、商売の手伝いをしたからと私につど給金を支払っているのもおまえだが」
「そうじゃん全部俺じゃん。じゃあもうチャラでいいだろ、あのときの運搬料は」
「そもそもおまえに恩を返せとは言っていない。あと最初から言っているが給金もいらん」
「いや、そこはちゃんとしとかないと、労働の対価はなあなあにすると後で揉める可能性高いですからね。金絡みのリスクには先に金をぶつけて相殺すんですよ。先手必勝です。っていっても大した額じゃなくて申し訳ないですけど」
別にヴェスがストライキ起こすとは思ってないが、そうしておいたほうが体面としても現実問題としても何かと都合が良いという話だ。
あと今のところ本気で大したことない額しか払えてないわけだが、そこは所詮駆け出し商人ということで譲歩してほしい。追われる立場の雑魚エルフといわくつきな赤子付き、やりがいのある職場です。
「何にせよ、自分のお金があるに越したことはないですよ。ヴェスだって個人的に欲しいものとかあるでしょう?」
「闘う機会」
「う~~んプライスレス」
はたしてご近所に戦場はあるだろうか。




