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魔女、プロデューサーになる  作者: ののんがのん
9/10

9「大爆発!」

 伴奏が要る。真剣にそう思った。しかし、魔女は普通、音楽といったら呪いに使う妙ちきりんな歌しかレパートリーにないので、魔女学的に楽器の製造方法は無い。まあ魔術を駆使しゴリ押しでなんとか作ってもいいけど、私はリコーダー以外楽器を演奏したことが無いので、再現に自信がない。

「うーん、楽器屋は昼しか空いてないよね。お日様の下、人通りが多いところで歩くのはちょっと危ないかなぁ…あれ、そもそも楽器屋なんて専門店あるのか?」

パンケーキを食べ後の皿をアイが流れるように下げる。

「あ、ありがとう」

「うん。メロディア、今度は何を考えてるの?」

アイがテーブルの横側に座っていった。ちなみに、向かい側ではヴァイスが私の事をガン見しながらのそのそパンケーキを咀嚼している。食べるのに集中しなさい。

「あの酒場みたいにね、しっかり人に聞かせようと思ったら、後ろに流れる演奏があったほうが豪華で良いの。でもね、音楽を奏でる楽器を作るのが難しくて」

「メロディアでも難しいことがあるんだ?」

私をなんだと思っているんだ。神じゃないんだぞ。

「そりゃあるよ!魔女学で教わっていないこと、あとぜ…」

「ぜ?」

一気に冷や汗が出る。前世で詳しく知らなかったこと、と言いかけてしまった。

「ぜ、全然できる事なんてないんだよ〜」

「ふうん。でも、謙遜が過ぎるよメロディア」

「あはは〜」

前世があるなんて、カラス達にだってはっきり言っていないのに。口に出してしまえば、この世界にとって私が異物であることが確定するようで、なんとなく隠し続けている。相変わらず私の隠し事には敏感な我が子は、察して話を流してくれた。

「酒場の人に、楽器、見せてもらえないかなあ」

内気なアイにしては珍しく、そんな提案をした。私も頷く。

「商売道具だからそうそうは触らせて貰えないだろうけど、見るだけなら、もしかしたらいけるかも。行ってみようか」

もしまだここに私しかいなかったら我慢して一人でどうにか音のなる珍妙な魔法道具を作っただろうけど、それは時間がかかりすぎる。私のそばにいてくれている彼らは、人間なのだ。時間を短縮できるなら、したい。と言う訳で、またまた町に行くことになったのだ。




「見るだけなら…まあ」

「ありがとうございます!」

彼らは訝しげに私達を見ながらも、貴重な楽器を見せてくれた。だよね、怪しいよね!一応服も使用感を付けて来たけど、前回服がきれいだったときこの人たちいたもんね!なんでこいつ等駆け落ちしたくせに楽器なんか調べに酒場に来てんだ?って思うよね!

 持ってきた蝋板にメモを取る。普段は魔女らしく羊皮紙に羽ペンで書くけど、外で軽く物を書き留めるにはこれがベストだろう。

「お兄さん、優男だねぇ。駆け落ちかなんか知らないけど、苦労しない?」

「ぇ…、いえ…」

 おっ歌手の女の人 子にアイが絡まれてる!もしかして逆ナンとか?10代後半くらいの美人な人は、アイの肩に手を乗せて赤い口紅に笑みを浮かべた。え、えっちい。アイは恥ずかしいのか、どうにか目線を合わせないように俯きながら返事している。助け舟を出すべきか迷ったけど、害意は無いみたいだし聞き耳を立てつつ楽器の形をのメモに徹する事にした。リズは毒舌だけど清楚、モニカは活発かつ可憐だから、こういう女の人に、アイは初めて接する。

「何を思ってあんな歳の離れたオジョウサマと添い遂げようとするの?」

「ええと…」

 うーん、便利だからお姫様の駆け落ち設定使ってるけど、深く掘られたら困るな。いつでも助け舟を出せるように、手元をおざなりにして耳に意識を集中させる。というか、ヴァイスと私には興味がないみたいだし、もしかして、彼女アイのこと気になってたりするのかな。親心がうずうずする。自慢の息子ですもの!顔がいいし!纏う雰囲気も優しいし!気になる!よね?多分。

「ふふ、私みたいな人は初めて?お兄さん、何歳よ」

「…メロディア」

眉を下げて、アイが私の事を見てきた。助け舟かな?それとも恥ずかしいのかな?私は思わずにんまりして、軽く手を振って様子を伺った。途端、眉を寄せるアイ。な、なんで?野次馬嫌だった?慌てて目を逸らすと、ちょうどバグパイプ吹きのおじさんが話しかけてくる。私の蝋板を除いて、

「違う違う。こうやって肘を曲げて…こう」

とまさかの助言をしてくれた。ありがたいけど、さっきの警戒モードと比べると、どういう風の吹き回しになるんだろう。おじさんは声を潜めて、同情めいた顔で言った。

「ありゃお前さんの男狙ってんな。…お前さんも丁度いい機会だから家に帰りな。距離を見るにまだ清いだろう。父君も許してくれるさ」

「ゴフッ」

咽せた。き、ききき清いって。そりゃ私とアイは親子だから、そんな恋人みたいに近しく接さないよ!?といっても他に設定思いつかないし。ていうかやっぱりあの女の子アイが気になるんだ!?

「え、歌が好き?私もよ!一緒に歌いましょ!」

 あ、まずい!メロディアソングだけは!異物歌だけはダメだ!どっしり汗をかき、大丈夫だろうけど心配からアイを見る。うっかりさんじゃないから歌わないと思うけど。いつの間にかお酒を飲んでいたアイはむすっとした顔で、必死の形相の私から目を逸らして息を吸い込んだ。

 酒場にアイの歌声が響き渡る。丸い弦楽器担当のおじさんがヒュウ、と口笛を吹いた。まるでおとぎ話の映画に出てくる王子様みたいな、彼が作り出す空間。ていうかこの歌、もしかして前ここで流れていたの?覚えるの本当早い。

 フルートがアイの歌声を繊細に支え始めた。それに乗っかって他の人たちも演奏し出す。高揚から汗がどっと出る。まばたきすら惜しい。さっきまで喋っていたお客連中も静かになって、アイの声を聞いている。

 それに、女の子がハッとして歌い始める。あっ、これだめだ。

「ぅ゛っ…ぅぅ゛…っ」

美しすぎる。伴奏付きのステージほんと良い。ボキャ貧になる。語彙力しぬ。感動のあまり流れる涙、嗚咽を両手で抑えるも、手が小さいせいで隙間から漏れてしまう。

 頭がぼうっとして気持ちがいいまま聞き入っていても、曲に終わりはある。歌い終わって息を吐いた彼らに、いっぱいの拍手が送られる。そう…!私の推しが…!ソロじゃないけど初のしっかりしたステージ…!皆んながアイを知ってくれる…!

 アイは頬を赤くして、ゆっくりと息をしていた。目を少し広く開けて、瞳にはきっと素晴らしい光景が映っている。自分に驚いたような顔をしていた。

 人が彼に集まっていく。

「お兄さん、すごいじゃない!」

「にいちゃん、ちょっと気取ってるけどすげえいい歌声だな」

ああ、アイが認められている。彼の自己肯定感をもっと高めてください。頼む。頼みます。お願いします。ちょっと人が寄りすぎてアイの様子が見えないけど、嬉しそうにお礼を言う声が聞こえる。ぽん、と私の肩に手を置こうとしてヴァイスに邪魔されたおじさんが、驚きながらも私を慰めに来た。号泣した私を遠目に見る人もいるなか、情に厚いおじさんだ。あれ、この前の隣のおじさん?

「…泣くな嬢ちゃん、ちんちくりんでアレには勝てん」

「…何の話でずがぁ゛…」

おじさんはやれやれ、とポーズをとり、謎に慈愛の目を向けてきた。

「嬢ちゃん、さては城にきた吟遊詩人に惚れちまったとかだな?あの顔は天性の女たらしだぜ。やめときな」

黙らっしゃい。アイはそんなふしだらな性格ではありません。…と言いたいのに涙が止まらない。ハンカチがぐっしょり、上限まで濡れてしまってあたふたしていると、ヴァイスがヴェールの裾を持ち上げて拭いてくれた。

「ありがとうぅ…」

「お嬢ちゃん…」

 憐れみの目を向けられてなんだか居心地が悪い。というかアイとあの女の子相性ばっちりじゃん。頭がまだぽうっとするので、私の頬を拭くヴァイスに身を任せていると、人混みを掻き分けてアイがやってきた。また顔を軽く顰める。

「あ、アイ…?すごかったよ!皆アイの虜だよ!」

顔を赤くしたままの…あれこれお酒の赤みか!とりあえず顔が赤いアイが。

 なんと涙を流し始めた。

「でぇえ゛!?どっどったの!?ヴっ、ヴァイスヴェール貸して!」

『嫌だ』

アイとヴァイス、2人の声が重なる。

「な、なんでぇ…?」

 というかなにが気に入らなかったんだろうか。やっぱり人前で歌うことは辛かったんだろうか。カラスはいないのに、やっぱり外が怖いのだろうか。内気だから人に囲まれてびっくりしたとか?低い声でアイが呟いた。

「…アイは、僕を捨てるの?」

「へ?」

 なに急にどうした!?なぜそうなる。話が急転直下だよ。

「どうして?誰かになにか言われたの?」

混乱はするけど、努めて優しく接すると。

「違う。けど、なんだか…目が。もう、自分の領域の外に居る人に向ける物みたいで」

ギャラリーが増えてきた。おいこら見せもんじゃねえぞ。散れ散れ。睨むけどおじさん連中は離れない。その上目を話した隙にアイの瞳の仄暗さが増した気がしたので、もうおじさんは無視することにした。

 …アイは本当に繊細だ。その繊細さは長所だけど、私とは違うから、私がアイの見えている世界を汲み取れなくて、2人の想いが行き違うこともある。

「確かに、そうかも。でもね、私は嬉しいんだよ。ただ、アイの成長が嬉しくて、私はもう要らないかなーって思えただけだよ」

「それが苦しいんだ!」

張り上げられた声に、ひぇっと悲鳴が漏れてしまった。アイは苦しそうに胸あたりの生地を握りしめて、俯いた。

「要らなくなることなんか、ない。メロディアがそう思うなら、それは僕を見捨てる事と同義だ」

「ち、違うよ?」

なにが彼を苦しめているんだろう。私の声は届かずに、またアイは苦しみを吐き出す。

「違わない。全然違わない。僕が女性に話しかけられてもなんとも思わなかっただろう!君は、君がただ寂しそうな顔をするだけで僕は君の元へ帰ったのに。そうやって僕がこぼした一つ一つをメロディアは全部落としていくんだ。僕はただ君といたいんだ、なのに君はそうやって僕を君から引き離して世間に振り落とそうとする。僕がこうやって認められたとして、それで満足して僕を手放そうとするんだ。僕はずっと生きているのに。君は僕なんか見ていないんだね。それにヴァイスだ!いつもいつもいつもヴァイスばっかり。彼が来た時からメロディアのいちばんは彼じゃないか。さっきだって、僕が少しでも離れたらヴァイスと馴れ馴れしくしていた。僕はこんなに君を好きで毎日どう振る舞えば君に負担をかけないか、君に愛してもらえるか考えて暮らしているのに。ヴァイスはうちに来た時からそう。どうして僕が得られないものを当然のように奪っていくの?どうして我が物顔をしてメロディアを」

「ちょちょちょ重い重い重いそれに喧嘩しないでナカヨクシヨー」

矛先が私からヴァイスに向いてる!やっぱり末っ子って羨ましがられるものなのかな!?それにしたって圧が過ぎない?アイは精神的に独り立ちしていると思っていたけど、もしかしてかなり粘着的に私から離れられていなかったりする?子育てなんか間違えた?

「ヴァイスは喧嘩していない」

「そうやって昔から俯瞰したような顔していたよねヴァイスはさ。末っ子らしく甘えるだけ甘えて、メロディアの気がつかないところで僕達のこと冷ややかな目で見ていること、僕達みんな気づいてるから。自分だけ特別扱いされてるってわかっての余裕だよね」

「待って待って待ってやめてケンカやめてぇえ」

 もう野次馬さんたち引いてるから。楽しそうなざわめきが無くなってみんな息を殺してるから。末っ子とか言っちゃってるしいつ大事な事をポロッと言っちゃうかわかんないし…!

 ヴァイスが狼狽える私を見て頷いた。

「アイは酔っている」

 と、そこらにあったジョッキをまたアイの頭上に振り落とした。ドゴ、と聞き覚えのある鈍い音に、思わず目を瞑った。バタとアイは気絶してしまった。と、止まったはいいもののこれ脳震盪とかにつながらないかなあ…?私が息を確認すると、ヴァイスがアイを軽々とおぶった。

「あの…騒がしくして、ごめんなさい」

全方位に向けて謝ると、いつも絡んでくるおじさんが言った。

「お、お嬢ちゃんの旦那、面倒くさくないか…?」

私は大きな声で言い返した。



「そこが可愛いんですーー!」

それに、考え過ぎる事は気配りができる事の裏返しだし。よし、なんか色々消耗したけど、家に帰ろう…。


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