8「LIVE makes me live!」
「ん…!?」
楽しそうにリズムをとりながら歌うアイを見て、閃いた。完全に私欲だけど、彼らに歌って踊って着飾って、アイドルみたいな事をしてもらったら楽しいんじゃないだろうか。主に私が。というか私だけが。推しになるって、言ってくれたもんね?言質とったからね!?
「ちょいちょい、アイ、来て」
「なに?」
とりあえずコンサートだ!
バゴンっ、と炎球で木を円形ハゲのように焼き倒した。直径5mくらいの空間だけ光が差し、本当にステージのようになっている。地面はまあ…湿った土だけど、芝を生やしてもふもふにするか、タイルを埋めよう。景色に合わせると、明るい色の芝かな?
「なにしてるの」
ヴァイスがいつもの無表情で、その空間を見やった。あれ、歌を人前で出すのは嫌がってたからあえて呼ばなかったんだけど、来てる。さすが義母あるところに我あり。
「ステージ作ってるの!」
「ステージ?」
眩しい空から視線を私に戻して、この前町に出た時のような、キメキメの服を着たアイは首を傾げる。初めてしっかり日の本に出た彼は、目の上に手で日除けを作った。キラキラの髪が太陽光に反射して眩しい。まさにアイドル…そう、まずは形から!私は出来立てほやほやのステージの真ん中に立って、Vサインを上に掲げた。
「ここに、メロディア芸能事務所の立ち上げを宣言しますっ」
…遠くで、アホカーとカラスが鳴いた。うるせえわい。いーだ、とその方向へ舌を出すと、二人が呆気に取られたような顔をしているのに気がついた。
「あ、あれ?」
もしかして、浮かれ過ぎ?にへっと笑って誤魔化すと、二人はそれぞれ笑った。え?そんなに可笑しかった?声を出して笑ったアイは、指先で涙を拭いながら、屈んで私に目線を合わせた。
「メロディアがこんなにはしゃいでいるの、初めて見たよ」
「え…そうかな」
なんだか照れる。ていうかそんな慈愛の目つきをアイに向けられたら、私子供みたいだよ。そういえば、最近歌を歌って暮らしているから、ちょっと陽気スイッチが入っちゃってたかも。一人と十数匹で暮らしてた時のテンションに戻っているかも。
「それで、僕はなにをしようか?」
ミルキーなスカイブルーの左目と、オパールみたいな右目が優しく私を捉える。私は照れくささから少しはにかんで、それから感情のままに目一杯笑った。
「歌って踊ってほしいんだ!」
アイは困ったように笑った。
「歌は…好きだけど、踊ったことはないや。それに、僕は義足だから…動けばするけど、踊りなんかできるかな」
「あ…」
浮かれていた自分を責める。そうだ、あんまりにも日常だから忘れていた。ごめん、と言おうとした私の前に、アイがヴァイスに呼びかけた。
「ヴァイス、頼める?」
「ああ」
おお…!連携が取れてる…!
「メロディア、傷ついた顔をしないで。君は僕の足を気にするけど、僕は案外物心ついたときからこうだから楽しくやってるよ。それに、踊りだってすぐには出来ないだろうけど、きっと努力してやってみせるよ」
アイは私を見て微笑んだ。なんかもう自分が情けないやらフォローが有り難いやら浴びる聖人オーラやらで脳がバグる。ヴァイスが二人の間に割り込むようにして言った。
「手本を見せろ」
「あっそうだね!お手本がないとね!」
まずは簡単な動作から。歌いながら、重心移動を含んだ軽いステップを踏み手を振ったり立てた人差し指でハートを浮かべたりする。二人の反応はというと。
「う、うーん…」
アイは口に笑みを浮かべているが、眉が寄せられているし引きつっている。
「ヴァイスは好きだが、動きが硬い。それに、歌とずれている」
ヴァイスは全自動メロディア肯定機にでもなるつもりか?でも、後に付け足された批評に納得する。ヴァイスは説明苦手な天才型かと思ってたけど、ちゃんと説明できるタイプだったんだ。
「伝えたい事はわかった。アイ、歌って」
「…うん!」
わかるんかい。やっぱり天才型かもしれない。
太陽光で煌めくステージ。予想外に来たので普段着のチュニックに脚衣で踊るヴァイスと、おしゃれ着で、でもアイドルにしては装飾の少ない服で歌うアイ。森の中に声が通っていく。世界が馬鹿なくらいビビッドになっていく。この高揚感、思い出した。これがライブ…!
「ウインクしてぇええええ!」
バチ、とヴァイスがキメる。
「きゃああああああ!!」
ヴァイスの斜め後ろのアイをちらっと見ると、困惑した顔で歌い付けていた。ウインク、教えないとな…!あ、やばい、これやばい、頭がびりびりする、楽しい!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「1曲歌っただけなのに、メロディアが壊れちゃった…」
自然と、私の頬にボロボロ涙が伝う。
「お゛わ゛っだぁ゛ぁ゛あ゛」
「な、なんで泣いてるのメロディア!?」
喪失感から号泣する私に手を伸ばしたアイを、ヴァイスが止めた。
「もう一度『ライブ』をすればいい話」
「…?うん、」
そうだね、そうしよう!メロディアが満足するまで!と宣言したアイは、翌日、喉を枯らす事になるのだった。本当申し訳ない…真剣に反省。
最近、カラスを見かけない。首都からは北の、母のいる森に閉じこもっているのだろうか。母を愛するカラス達、森のネズミや蛇や蜘蛛は、人間をよく思っていない。それは、私が幼い頃から感じる視線から嫌でも察せられる事だった。
「なにかいい事があったから、とか?」
愛しの、二人の宝物、我が娘が泣いた。あたたかい気持ちになって、あやす。母もこんな気持ちだったのだろうか。夜泣きで疲れたからかがあくびが出た。こういう時に、いつも母を思い出す。記憶にないけど、この胸のあたたかさは母がくれたものだろう。ひとりで5人も、血の繋がっていない子供を育て上げた母。あ、ヴァイスはいつまでも子供だけど。
「はぁ、リズ終わったよ。お、今日はスープにいい具が入ってる」
よしよしマリア、と夫が店舗部分から入ってきて、鍋を見、娘にキスをした。人間の世界から見ると身寄りのない私を愛して、人生に迎え入れてくれた人。常連のパン屋で、店主をやっていた彼に急にプロポーズされたときはとても驚いた。
「手、洗った?」
「洗ったよ。まったく君は悪魔ってものを恐れすぎだと思うけどね」
母の習慣は私にも染み付いている。赤ちゃんには汚い手で触らないこと。原理はわからないけど、危ないからと私達に徹底されたは母の教えを、娘を産んで思い出したのだ。悪魔がつくから、なんて適当に誤魔化しているけど…そのおかげか、マリアは1人目の娘にも関わらず、病にも罹らずすくすく育ってくれている。
「あ、聞いたかい。勇者が選出されたってさ」
「へえ」
興味ないね、と呆れ半分に夫が笑う。
「まあ俺達の生活には関係ないしな」
「そうね。…そういえば、あそこの奥さんから聞いたんだけど、遠い西の国で飢饉が起こったって。虫が小麦をめちゃくちゃに食べるって」
旦那は元気を落としたかのように息を吐いた。うちのパンだって小麦を使うから、その虫が我が国に来ないといいけど。いざとなったら母に縋るしかないけど、それは既に人の社会で生きる私にとって、最後の選択だ。
一昨日夫が何の気なしに、ただの話の種の一つとして話した事。一つ隣の町で魔女狩りが起こった事。優しい母が森にこもらざるを得ない理由を思い出しながら、娘に乳をやるのだった。