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魔女、プロデューサーになる  作者: ののんがのん
7/10

7「なきごえ」

 歌を解禁してからの毎日は、正直、とても明るくて、楽しい。アイは、私が歌うメロディを3回ほどできっちり覚えて、歌詞も速記し、次の日にはすべて覚えてくる。

「そこまで頑張ることないんだよ」

 また完璧に歌を歌えるようになった彼に、私は眉を寄せて心配の笑みを向けた。アイは微笑む。

「これは僕の憧れから、知識欲を抑えられなくてやってる事だよ」

 少しひんやりした夏。森の中は相変わらず昼でも薄暗い。けど、子どもたちがいた時とはまた違う、昔歌って暮らしていた時のような、馬鹿みたいに明るいコメディのような日々が戻ってきたようだ。歌ってすごいや。そりゃプリンセスも苦境で歌うわな。

 そよぐ夏風に、さらさらとアイの金の髪が揺れる。目を閉じて、確かめるように、楽しそうに笑みを浮かべながら、新しい曲を口ずさんでいる。まつ毛長…。男性にしては少し高いけど、透き通った歌声が歌を紡ぐ。爽やかな夏の歌だ。ラムネみたいに青い、ひと夏の刹那的な恋の歌。うん、一緒に歌いたくてウズウズしてきた。

「一緒に歌っていい?」

「えっ?」

 デュエットは初めてだ。駄目だっただろうか。カラオケ歌唱中、急に合唱されると、親しい人でも嫌だって思う人もいるらしいしな。

「…もちろん」

 はにかみ。木の葉をすり抜けた光に照らされた頬が、少し紅潮している。かわいい。

 ふたりの歌声が響く森の中、遠くでカラスが一度、ガアと鳴く声が聞こえた。



「ん…?」

 目が覚めた。少し汗ばんだ体に違和感を感じて、寝返りをう…ん?誰かいる?

「メロディア」

「ぎゃあっ、び、びっくりした」

 本当にびっくりした。この落ち着いたトーンの声は、ヴァイス。流石にこの年で一緒のベッドは駄目なんじゃない、と咎めようと、暗闇ながらもヴァイスの顔を見つめると。

「ヴァイス…?」

 泣いている。赤ちゃんの頃ならまだしも、成長してから常に堂々としているヴァイスの泣き顔に、私は固まった。な、なにが彼を泣かせたんだ。歌の仲間はずれか?歌同好会に誘って断られたけど、なにか彼なりの事情があったんだろうか。汗ばんだ彼の額から、貼り付いた前髪の数本を手で避けて、様子を伺う。

「ヴァイスは歌えない」

「うん…?」

 歌えない、とまた繰り返し震えた声が消えそうに縋った。歌えない、不可能形ということは…。

「歌いたいの?」

「歌えない」

「んん…?」

頑なに主張するヴァイスに、私は眉を寄せた。なにが彼を、こんな悩みでがんじがらめにしているんだろうか。

「アイとばかりメロディアが歌うのは駄目だ」

はぁ、と相槌を打つしかない。ヴァイスはこう…亭主関白然としている。嫌だ、じゃなくて駄目だ、と言いきった彼に少し苦笑いしてしまった。

「ヴァイスも歌おうよ」

そう再び誘うと、彼は目を泳がせた。お、珍しい表情だ。

「ヴァイスの声は酷い」

「ん…?酷くないよ?」

「酷い」

「私は好きな声だよ、多くの人も好きだと思う」

声にほとんど色がないが、それも魅力だと思う。それに、滑らかで絹のように心地よい、ほんのり湿度のある声だ。眠たくなる声でもある。どうしてこんなことを言うんだろうか。彼の声が否定された過去が、私の知らないうちにあったのだろうか。それなら家族会議レベルだ。もう開けないけど…。

 とにかくヴァイスの髪を撫でてみる。ぴょこっと両サイドにはみ出したアホ毛…なんだろうこれ?とにかく、それを擽ってみる。ヴァイスは息を漏らして身を軽くよじった。嫌だったかな?と手を離すと、ちょうどピンポイントでその跳ね毛を手に押し付けてくる。私は親指、人さし指、中指を使って繊細にその毛を撫でた。これ、なんか羽みたいで可愛いんだよな。

「メロディア、ヴァイスの声が好き?」

「うん、大好き」

「じゃあ歌う」

立ち直り早っ!呆れ半分、嬉しさ半分の眼でヴァイスの顔を見ると、暗い中、若干頬が緩んでいるのが見えた。と思ったらすぐに彼の眉は寄せられる。

「でも、メロディアにしか聞かせない」

「ええ…どうして?」

ヴァイスは体を丸めて、私を抱え込むようにして抱きしめた。ちょ、顔が見えない。身長差でヴァイスの胸元しか見えないよ。軽くもがくけど、ガッチリ姿勢を絡めて離してくれない。

「声が、醜いから」

「誰かに言われたの?」

ついに突っ込む事にした。根深い問題なら解決しなければならない。

「違う。けど、ヴァイスの声が美しくないのは、人や魔女にはとって一般的な価値観」

「違うよ!全然違う…ぐふっ」

 なにが彼をそう思わせるのかはわからないが、ヴァイスは頑なだ。私を捕まえる腕をぎゅっとかたくして、自身を落ち着かせる為かのようにゆっくり、静かに息を吐き出した。

「明日から、ヴァイスとメロディア、二人で歌う」

「わかったよ…二人で歌う時間も作ろうね」

ヴァイスはむ、声を出して不満げだ。そんな態度を示しても駄目だ。まさかアイと歌うなと言いたい訳じゃないだろうな。というかいつまで私のベッドにいるんだ。

「メロディア、歌って。記憶を消したとき、レジェロに歌ったの」

「聞こえてたの!?…前から思ってたけど、私の歌、結構みんなに聞こえてたりしてた?」

「うん」

頭を抱えたくなった。そんなに私声がでかい!?

「早く歌って」

ヴァイスが急かす。あーしょうがない。いい夢を見るように、愛する人に捧げる子守唄。大切な人が幸せに過ごせるように、祈るような優しい歌。

 ヴァイスの背中にギリギリだけど手を伸ばして、ぼんぽんと軽く叩いてあやす。ヴァイスの奥底に絡む嫌な価値観が、早く解けて消えてしまいますように。この先、楽しいことが彼を待ち受けていますように。おやすみ。

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