4「チートも要は使いYO」
あれから、レジェロと私との間には険悪なムードが漂っていた。ポーション事件から2年経ち、ヴァイス2歳、モニカ4歳、リズ6歳、アイ8歳、レジェロはもう9歳だ。私の背を越している。人参ケーキとベリージュースを囲んで、皆でテーブルに着く。
将来について話し合うためだ。やっぱり、人間は群れの生物なのに森の小屋に閉じ込めておくのは、不健全だということで。
「でね、」
「俺を捨てようってのかよ!」
部屋の中が静まり返った。ランプの灯ったリビングには緊張しきった子どもたち。一人、マイペースなヴァイスだけはケーキをのんびり食べ続けていた。
「そうじゃないよ」
努めて柔らかく微笑んだ。
「無理に出ていけと言うわけじゃないんだよ。ただ、人間の世界を知りたい、外の世界を知りたいって子は、私が全力で!応援するからね、って話だよ」
「確かにリズ、お外は気になる…」
「モニカもー」
リズ、モニカにはちょっと早いかな?でも、事前にカラスたちに調べてもらった良い修道院に寄付をして、人間らしい生活を送ってもらうのもいいかもしれない。お日様の下で、同じ仲間と勉強しながら育つ。いいことだ。好奇心に溢れた年頃には、この天井は低過ぎるからね。
「俺は…嫌だ」
本来なら外に出ることをいちばん喜びそうなレジェロが、唇を引き結んでそう呟いた。
「レジェロ、メロディアと居たいから、ヤセガマンしてるんでしょ!」
勝気なモニカが、彼女らしく声を張って言った。うーん、私もそう思う。惚れ薬さえ解除できれば、本来の活発で好奇心旺盛な彼に戻って、意気揚々と外の世界へ飛び出すと思うのだが…。
「俺よりアイだよ。アイは出ないの?外」
あっ露骨に話をそらされた。…というか、私は勉強しないといけないのになのに妹はやらなくていいの!?みたいな感じか?
「えっ…僕は…外に出るのが怖いから」
私の作った、白い右目が揺れている。乳児時期にトラウマとなる暴力を受けたからか、アイは外に極度の恐れを持っている。日常に支障がないとはいえ、魔女の作った義足と義眼。外に出てどんな反応を受けるか、想像に容易い。本人が望まない、それにこんな精神面なのに無理に巣立たせる理由もないだろう。私はまあまあ、と二人を仲裁して、ベリージュースのおかわりをヴァイスにそそいだ。
「ヴァイスは」
低い問いかけだ。
「ヴァイスはまだ言葉も喋られないんだよ」
「リズ、ヴァイスは甘えてるだけだと思う」
おっ、たまにくるリズの毒舌。
「成長は人それぞれだよ…」
言い聞かせるけど、なんだか、上の4人は仲がいいのに、ヴァイスにだけほんのり冷たい気がする。末っ子への嫉妬だと思いたい…。それをわかってか、ヴァイスは昔から笑顔がなく、また、私にぴっちりくっついている。見ると、ヴァイスは今も無表情でこちらを見つめていた。
「俺が、メロディアをすきだから、引き離したいの?」
反射的にそうじゃないと顔を上げた。レジェロは鼻を赤くして震えて、今にも涙を溢してしまいそうだ。
「レジェロ…それとこれとは別のお話だよ。意思、それに恋心なんて大切なものは、魔術なんかで捻じ曲げられるべきじゃない。仮に私を好きだとしても、」
「仮にってなんだよ!」
その叫び声に、思わずビクつく。か、仮にってほんとに文字通り仮になんですけど、などと言える空気ではない。
「みんな、取り敢えず先に寝ていて。二人で話をするから。歯磨き、お手洗いも忘れずにね」
皆は悲しそうにそろそろとリビングを出ていった。申し訳ない…。
「レジェロ、ごめんね。でも、」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!メロディアなんか嫌いだ!」
涙をボロボロとこぼしながら泣き叫ぶレジェロと、彼に吐かれた言葉。胸がひどく痛い。
「もういい…!惚れ薬なんか解除していいから、それなら俺とメロディアが会ったことも忘れさせてよ!」
息が詰まった。
「メロディアなんか出会わなければ良かった!あの時、親に捨てられたとき死んでればよかったんだ!」
「そんなこと言っちゃだめ!」
思わず頬を叩きそうになって、右手を震える左手で押さえ込んだ。死んでればよかっただって、そんなこと思わせてしまうなんて。…どこで間違えたんだろう。悔やんでも、今更しょうがない。
「ごめんね…」
しゃっくりをあげるレジェロの額に、手をかざす。魔法にかけられ眠りに落ちる直前、レジェロは小さく「ゆるさない」と呟いた。私は微笑みかける。許されないのはしょうがない。ただ、君が生きたいと望んで、したいことをして、自由に生きてほしいんだ。
すう、すうと寝息をたてるレジェロ、の汗ばんだ額を撫でる。ゆったりと子守唄を歌って、まじないをかけた。…健やかに。彼を害するものを弾くように。運に愛されるように。それから、人を愛し、愛され生きるように、願って。
レジェロは真っ白になって、人間界へ帰っていく。体は健康そのものだし、賢くよく閃く。なんでもできるようにお金を持たせて、穏やかな隠居生活を送る元男爵夫妻の家にそっと寝かせておいた。
『メロディア』
「…調査ありがとう、カラス」
人間ってのは難解だね、とクルクルぼやいた。人間だって人間は難解なのだ、まあ私今は魔女だけど。
頭にズッポリかぶったクローク越しに見える町は、相変わらず凍えるようで、風の音と酒場から流れる小さな歌しか聞こえない。松明が立てられてちりちり燃えるけど、人っこ1人照らせていない。ふと、レジェロがくしゃみをした。あんまりにも気が動転していたから、彼に気温調整の魔法をかけていなかったのだ。
「ごめんね」
暖気のクロークを脱ぎ、彼にかぶせる。一瞬で体中を冷気が覆ったが、自罰的な考えからか、なにか気温調整の魔法を自分にかける気は起きなかった。
「ごめん…」
箒に腰掛けて、寒空へ飛びさる。どうも街の様子見るに5月ごろらしいが、寒すぎて頭が痛い。ああ、人生は難しいものだけど、チート級魔術が使えたって、うまくいかないなあ。
森の中に、やけに明るい場所があった。そこだけは円状に杉が生えず、日がよく当たる故芝が青々と茂っていた。珍妙な歌が聞こえる。懐かしい、となんとなく感じる自分に首を傾げる。舞台のようなその広場の隅で、日に当たって光る赤みがかった金の髪が、しゃがんでふわふわと揺れていた。
「あの」
「きゃあっ!?」
少女だった。少女はこてりと後ろに倒れ、私を見上げた。やけに美しい顔をしている。
「どちら様でしょうか」
警戒心の入り混じった様子の少女の手元を見ると、どうやら地面に飾りを置いていたようだった。
「私は国王からの使者だ」
「へっ」
「アイドルグループ「アンダンテ」のプロデューサーたるものを探している。…ところで両親は?」
少女がゆっくりと立ち上がる。
「私がプロデューサーです!メロディアと申します」
少女は、小さな手でこれまた珍妙な服を叩きながら、にっこり微笑んだ。