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魔女、プロデューサーになる  作者: ののんがのん
3/10

3「の、ノーショタノータッチ」

「メロディア…」

不安そうにアイが寝室に入ってきた。もう6歳になる。声を潜めて、おいで、と声をかけた。現在、森に捨てられた子は5人になる。本当に外では何が起こっているんだ。赤ちゃんの時に酷い暴力を受けたからか、アイは大人しくて引っ込み思案で、甘えん坊だ。繊細な性格が長所だから、もっと伸ばしてあげたいけど、どうすればいいのかなぁ。育児に答えは無いとか言うけど、参考までに育児本があったらな。

 と、べそをかきながらアイがベッドに上がってくる。本当は皆まだ子供だから一緒に寝たほうがいいんだけど、新しく来た赤ちゃんは、(嬉しいことに)よく泣くから。成長期の眠りを妨げてはいけないもの。

「メロディアはそのこのほうが好きなの?」

不安げにか細い声が問う。何度も聞かれるけど、何度も答える。

「皆、みーんな好きなんだよ。それにこの子の名前、ヴァイスだよ?あ…」

ぐずり始めたヴァイスを抱き上げて、軽くゆすってあやす。どうもアイはヴァイスが気に入らないみたいで、たまに苦々しい顔で彼を見つめている。もしかしてヴァイスが白の髪に赤い目をしているからか、と思ったけど、あんまり聞きづらい。差別的な事を考えてる?と聞くのと同じだから。

「メロディア、捨てないで…アイのこと、捨てないで…」

慌てて片手でアイを引き寄せた。まろい頬がびしゃびしゃに濡れてしまっている。拭って、大丈夫だよ、大丈夫だよ、捨てたりなんかしないよ、と繰り返し聞かせる。

 初めて、アイが新しい赤ちゃんに会った時彼は1歳だった。1歳なら親が新しい子を産んだら、親を取られたと思って赤ちゃん返りしたり意地悪をしたり不安定な姿を見せたりする。繊細なアイも当然、新しい子…女の子のリズを迎えたことが飲み込めずによく泣いた。

 それが、一人一人新しい子を迎えていくにつれ、収まってきたと思っていたんだけど…。ヴァイスがよく泣くから、つきっきりになっちゃってるせいかな?

「メロディア…」

「大丈夫。私を信じて。ほら、3人で寝ようね…」

うん、と呟いたアイを右手で体に寄せて、左脇にぐずるヴァイスをぽんぽんと軽く叩く。

 魔女で良かった。だって人間ならきっとこのルーティンは疲れきってしまう…。魔女だから、育児に疲れずに100%全力で愛することができる。いつか見た目年齢を追い越される未来が、悲しいけどね。







「モニカ、今度は何してるの?」

「かくれんぼー」

2歳になるモニカは、テーブルの下に隠れて、にししっと笑った。かわいい。子どもたちは、結構忖度なしにモニカの拙い隠れ場所を見つけてしまう。見つけたけど見えないふりをする、は大人の余裕ゆえだもんね。

「モニカ、こっちにおいで。最強の隠れ場所を教えて上げる!」

「さいきょー?」

うん、と笑いかけると、「うん!」とまた笑顔を見せてくれた。よしよし。モニカを1位に連れてってあげよう。そうして私はヴァイスを抱えて椅子から立ち上がった。何十年物の木製の椅子がギっと音を立てたけれど、私の中ではそれは当然だったから、気に求めなかった。




「レジェロがいない?」

モニカが見つかってしまって、しばらく経って子どもたちがリビングに集まってきた。

「うん。あのね、何回か、おっきい声で呼んだんだけどね」

 リズが不安そうにぎゅっと両手を胸の前で握った。頭を撫でる。

「待ってて、探してくるからね。ジュースのんで休憩しててね」

レジェロは、4番目にうちに来た子供だ。我が家では珍しく6歳のときにやってきて、最初こそ泣いていたものの今では我が家でいちばん活発な7歳だ。

「外には…うん、鍵かかってる。家の中にいる」

 家の外、森は子供達に取って危険な場所だ。私の仲間、カラスやネズミや蜘蛛、蛇たちは人間を良く思っていない。ガラスを窓に貼って、家で遊べるようにしているが、子どもたちは外に憧れを持っているようだから。窓や扉の施錠は徹底している。

「まさか、私のテリトリーに勝手に入ったとも考えられないけど…!」

研究室、書斎、子供部屋、収納部屋を見回って、最後、地下の今まで作ったガラクタ置きの部屋に入る。


挿絵(By みてみん)


「レジェロ!」

レジェロが仰向きに倒れていた。まさか、みんな怖がっている地下の、しかも重い扉の向こうに行くとは思わなかったから…いやそれは言い訳だ!思考を振り切ってレジェロに駆け寄る。なんだか妙に甘い匂いがした。

「良かった、息してる…レジェロ!」

頬をぺちぺちと叩くと、彼はゆっくりと目を開けた。ほ、と息を吐くのもつかの間、その様子に違和感を覚える。

「レジェロ…?」

焦点の合わないような目が私を見つめる。緑の瞳の輪郭が、溶けてしまいそうな…。

「…!もしかして、この匂い…」

息を止めて周りを見渡すと、小瓶とコルクが転がっていた。…ベリーの匂いだ。ジュースと勘違いしたのか、レジェロはラブポーションを飲んでしまった、らしい。

つまり。

「メロディア…」

子供らしい高い声が、掠れてうっとりとしている。なんてことだ。私は頭を抱えた。早く解除薬を調合しないと。

「メロディア?」

私はとろけた緑の目と、しっかり自分の目を合わせた。

「ごめんなさい、レジェロ。あなたが飲んだのは惚れ薬なの。すぐ解除薬を作るから…」 

「違う!」

レジェロは眉を吊り上げて、私の両腕を掴んだ。

「絶対飲まない!絶対飲まないからな!」

「な、なんで…?」

単純に困惑だけが湧いた。レジェロは涙を堪えて私を睨みつける。子どもにこんな目を向けられるのは初めてで、狼狽えてしまう。

「レ、レジェロ…痛いよ」

子どもと言っても、私の体は小学校中学年くらいの女の子だ。細い腕が締められてぎしりと軋む。

「惚れ薬のせいなんかじゃない…!」

「レジェロ…」

薬のせいで、なにか勘違いしてしまっている。どうしよう、こんなに効果が強いなんて。レジェロは怒り心頭と言った様子で、地下室から出ていってしまった。

 …もう、そろそろレジェロは私の背を追い越してしまう。子どもたちが憧れる外に出さないで箱庭の中で育てるような生活も、限界なのかもしれない。魔女の私と歪んだ暮らしを送るよりも、やがて同じ人間と暮らしたほうが、子どもたちにとってはいいのかも。

 私なんかが子育てなんて、おこがましかったのかもしれない。なんだか暗くなって、しばらく誇りまみれの地下室で、座り込んで俯いていた。

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