2「育児って推し活と聞いた」
「ふんふふんふん…♪」
気まぐれに恋のポーションを作り出して、えっと、数カ月は経ったのかな、それとも数年かな?もしかしてまだ1週間くらい?日にちを考えるのが面倒くさくて、わかんないや。とにかく、見た目にも味にもこだわってみる。色はもちろん透き通ったシャンパンみたいなピンクで、ずっと浸してもカリッとする琥珀糖と、ぷちんと弾ける皮付きの合成果実を入れて、香りはベリー系ブレンド。甘さ:酸っぱさが6:4だ。
「うーん!使いどころがない!」
タンスの引き出しにしまって、引いて眺めて、少しだけニマニマして、またしまった。魔法少女みたいだ。
そういえば、メロディアはここ何十年、ずっと少女のような見た目をしている。そう固定した理由は万が一の時に無害そうに見えるから。けど、小学校中・高学年あたりに見えるから、なにせ胸元が少し寂しい。
鏡よ鏡!みたいな装飾がゴテゴテして大きな鏡を、上目遣いで少女が見つめている。少女は、少し青みがった濃いピンクの、ビスクドールのようにグラデーションががったぷっくりした唇、白目が綺麗な大きな目、なんとなく困ったような眉毛、少しだけつんとした鼻を持っていた。ミルクティー色のウェーブがかかった肩甲骨までの髪に、ほとんど金と言ってもいいヘーゼルの目。…うん、自画自賛。それと、着心地がいいと着ている一見弥生人のような、飾り気のない、ホワイトベージュの簡素なミニワンピース。
「こんな見た目に寄ってくる男性って、もれなくロリコンだよね」
そんなもんで彼氏は諦めた。魔女は気が強いから友達にするにはちょっと気が引けるし。ていうか焼かれたのは魔女の縁を切るためでもあるし。
「推しがほしいなー」
『推しってなんだい?メロディア!』
小さな声が頭に響いた。
「わわっ、びっくりした」
天井の角の蜘蛛が糸からぶら下がった。薄暗い部屋できらりと蜘蛛糸が光る。
『教えてくれ!教えて!』
「わかったわかった」
みんな知りたがりだ。そういえば、この蜘蛛は新しい子か。
「うーん、推しってのはね」
前世の私を思い出す。私はとあるアイドルが好きだった。その人はストイックで、子供の時からアイドルをやっているけど彼女なんて聞いたことがないし、勤勉かつトークにもバリエーションがあるし、作曲も嗜むしで本当に尊敬するただ一人の推しだったのだ。
頭の中にヴィジョンが浮かぶ。祭壇を作り泣きながらしみじみと世界ツアー決定を喜ぶ私…。
「宗教だな…」
『ええ?!君神を信じるのかい!魔女のくせに!あはは!』
「ちょっと!笑うのが早い!」
神様、いるのかなあ。いないのかなあ。魔女とは敵対してそうだけど、そうだ、神様みたいな存在だったな。
「病めるときも健やかなるときも推しを頭に住まわせ、糧とし、生きる理由も辛いときの逃避も推しがなんとかしてくれる」
『重い』
それに…。
「推しが歌う歌は、まさに天上の音楽なんだ」
後ろに腕を組んで、俯いた。あー。アイドルが見てえな。推しじゃなくていい、女の子でも男の子でも、なんか見目麗しい子が踊って歌っているのをみたいな。すごく癒やされるんだよね。あとやっぱ前世の現代的な曲が聞きたい。キラキラの音楽、キラキラのアイドル…。
「バックミュージックを再現するには…オーケストラと…あとシンセサイザーはどうやって…」
『あーあーメロディア!なに君の世界に入っているのさ』
しっとりした曲は弦楽器や鍵盤楽器を用意できるとして、超絶技巧が必要だな。ピロピロサウンドやその他の賑やかしの音とかどう再現したらいいんだろう。ライトや煙、花火が欲しい。ステージもいるし、スパンコールやライトのついた、それも脱ぎ着しやすく動きやすいステージ衣装は何を使って…。というか人そもそもが必要じゃん。
『メロディア、人ならいるよ!』
「え?」
もしかして人が要るって声に出てた?ちょっと恥ずかしく思っていると、蜘蛛はきっとニンマリと笑った。
『湧き水のある、この頃紫の花の咲く西のあたりに、人間の子供がいるらしいよ』
「へぇ!?」
素っ頓狂な声な出た。こんな森に、なんの用なの!?そもそも、その湧き水のあたりって結構な深度だよね!?
「それっていつから!?」
『さあ?少なくとも今朝には。僕役に立った?』
「役に立つっていうかめちゃくちゃ報告が遅いんだけどありがとう!」
身の着のまま、ぺたんこの部屋靴で箒と共に飛び出した。温度調整の魔法をかける暇もなく、秋風が耳を冷やし頭痛を起こす。
『そこ』が見えると、悪い予想が当たっていたことに思わず舌打ちをしかけた。カラスたちがカアカア嗤いながら赤子で遊んでいる。子供っていうか赤ちゃんじゃん!蜘蛛に赤ちゃんとかいう概念わかんないかもしれないけど!赤子は泣いていない。ゾッとして、でもカッと熱くなって叫んだ。
「馬鹿!退いて!」
『でもメロディア、君を焼いた人間だよ?』
悪びれもなくカラスたちが飛び交いながら弁解する。
「うるさーい!嫌な奴無害なやつひと括りにすると差別だぞ!」
傷つける言葉を吐き捨てないことに一生懸命で、無茶苦茶に適当叫びながら赤ちゃんに駆け寄る。ボロ布に巻かれて、またまたボロボロのカゴに乗せられた赤ちゃんは、肌から突かれた痕の血を流し、『赤』ちゃんと言う分類にも関わらず青ざめていた。蝋人形の様な肌に、血が流れる右目…。無理もない、秋とはいえこの国は酷く寒い。赤子なら特に命に関わる。
「ああ…」
そっと抱き上げる。静かに息をしていた。消えそうな息を、諦めたように…。とりあえず暖気の魔法を唱えて、さらに服の中へ入れた。
『メロディア…僕ら』
『ごめん。しばらく離れていて』
複雑な心境だった。だって魔女に対する人間みたいな事するんだもの。皆が仲間なのはわかってる。わかっているけど…。秋風に揺られながら少し涙した。
「お乳なんて無いから…お米挽いて茹でたものだけど。ごめんね…」
出来合いのポーションで治したけれど、右目が突かれていて、無くなっていた。それに、左足が壊死している。赤子は泣かない。ネズミや蜘蛛たちにはとりあえず物置に移動してもらって(凍えるから暖気の魔法をかけて)、急いで部屋を掃除した。
赤ちゃんの頬がじんわりと赤みを取り戻していく。…捨てられたのだろうか。名前は何だろうか。外は不況なのだろうか。そっとまるい鼻を撫でてみる。汚れた布の中は『彼』だった。…赤ちゃんとはいえ赤の他人に失礼なチラ見をしてしまい…いやいや…仕方なく…。
落ち着いた寝息を聞いて、ふと、思った。『赤ちゃん』じゃ、不便だよね。名前、貰っているかもしれないけど、ごめん、育てるには名前あったほうがいいし。本当の親がつけてくれた名前があれば、そっちのほうがいいけど…仮の名前ってことで。
「アイ」
これが自己満足でも、育て上げてみせる。
私は、アイがいることを教えてくれた蜘蛛が、バラバラにされて殺されたことを、ずっとずっと知らなかった。