10「大衝撃!!」
難しい。アイは一見精神的に独立しているように見えて、半熟卵のように中はどろどろだったのだ。秘密の工房で羊皮紙にレシピ案を書き出しながら、うんうん考えが堂々巡る。
「過剰に依存してるって事、見捨てられ不安がある事…私何かしてしまったんだろうか…。やっぱり育児放棄されたことが深層心理に根深く悪影響を与えてる?んー」
「メロディアは間違ってない」
耳元で声がした。
「んぎゃあっ!」
くすぐった…と思ったらまたヴァイスだ!また全肯定botだし。しかも、招かれざる客であるにも関わらず、我が部屋のように樽に腰掛けた。私のものなのに…別に作りが丈夫なやつだからいいけど。
「手伝いに来た」
私は大きくため息をつく。
「気持ちはありがたいけど、こうやってまた2人でいたら、アイが傷ついちゃうかも」
「問題ない」
話が通じないよお!
「ヴァイスが問題ないのは別に関係ないよ。今大事なのはアイの気持ちだから」
根気よく言い聞かせても、アイは「…?」と訝しげな顔をして、大釜に手をかけた。
「あっなにしてるの」
「掃除」
淡々と答えながら、いつの間にか持っていた硬めのブラシで内側を擦り始める。薬品が付いているから素手は危ない、と言おうとして、ちゃっかり手袋をしているのに気がついた。やけに手際がいい。帰る気は無いと行動で示している。せっかく2人きりだ、込み入った話を持ちかけることにする。
「ねえ、ヴァイス。ヴァイスがアイとあんなに仲が悪いなんて、私知れて無かったよ。なんか…昔喧嘩でもした?」
ヴァイスは釜を磨く手に力をこめながら、感情の読めないいつもの声で言った。
「してない」
「どうして、あんなにギスギスしているの?言いたくないなら良いんだけど」
ヴァイスは淡々と答える。
「ヴァイスは他の子供達のこと、好きじゃない。彼らも同じ。それだけ」
私はかなり、深くまでショックを受けた。少なくとも表面上そうは見えなかった。それに、この前歌って踊って協力もしていたのに。親である私にだけ見せなかった彼らの一面。私に気がつけなかった関係。
「ど、どうして?」
ヴァイスは首を振る。
「あまり言えないけど、心の奥底でお互い受け入れられないようになっている」
不思議な物言いだ。けれど、言いたく無いのなら追求して聞けない。うー、と声を出して髪の毛をぐしゃぐしゃと掻く。まさか、今になって。彼らがほとんど成人してから気がつくなんて、親失格だ。なんて居心地の悪い家だったんだろう。
「メロディアが傷つく事はない。ヴァイスは気にしていないから」
「うーん…」
いつも通りの透明なトーン、なにも語らない横顔。自己申告を信じる方がいいのか、踏み入って聞くのがいいのか。どっちが彼の為になるのか。親子問題以前に人間関係の難しいところが出てしまっている。
「ヴァイスはメロディアが好きだ。それだけでいい。メロディア以外の事全部気にも留めていない」
「えぇ…」
すこし引いてしまった。誰だよこんなマザコンに育てあげたの。私か。あんまりにも重い申告がまた頭を悩ませる。お嫁さん迎えたらお嫁さんの方を大切にしてくれ。私の味方しそうで怖い。
「ヴァイス、ヴァイスはいつかお嫁さんをお迎えするよね?でさ、」
「しない」
言い切った!嘘でしょ!?お父さんと結婚する的な!?今15だよね!?
「するならメロディアと番う」
「うわああああ!!?!?」
思考を読まれたような感覚といやな予感が的中した悪寒とあまりも恐ろしい宣言に思わず立ち上がって絶叫する。反射的に少し後ろに下がってしまった。
「なにっなに言ってるの!?」
「ヴァイスはメロディアとずっと一緒にいるから」
「わかったわかったわかった」
とりあえず一旦相手の気持ちを肯定する。内心パニックになりながらも、パーフェクトコミュニケーションへの道を頭の中で数通り模索した。
「ヴァイス、わかった。同居しよう。二世帯住宅だ」
私はあんまりにも頭がぐるぐるして、前世の言葉をつい口走った事にも気が付かなかった。
「人間の雌には興味ない」
「メスッ!?!?!」
雌!?どんなプレイならそんな呼び方をするの!?やっぱりこの浮世離れした感じは精霊!?森の精霊かなにかだったの!?幻想的な容姿にも説明がつくもんね!?
ふらふら、としてまた椅子に座った。ヴァイスは今放った言葉が何もおかしくなど無い、といった様子で大釜を掃除し続ける。ほんと衝撃に次ぐ大衝撃。ど、どうしたらいいんだ…。あんまりにも事態が飲み込めなくて、確定したくなくて質問する。
「別に私によ、欲情してる訳ではないでしょ?」
「していない」
ヴァイスはあっけらかんと言った。
「う…ん…?」
まって?オウム返しした言葉にもっと混乱する。どう言う事だ…?それってつまり。
「アイは恋を知らないんだね…?」
「恋?求愛ならしている」
私はあんまりにもヴァイスが可愛らしくて、ふふっと笑ってしまった。そうだ、こう言う子だった。なんだか人間臭くなくて、不思議な子だった。親への愛と異性への愛がごっちゃになってるんだね。そう言えば下世話だけど、洗濯とかしていて、体が大人への一段階を踏んだ形跡も無かったしね。
「はーびっくりした」
「メロディアが落ち着いたなら、それでいい」
…ってなにか忘れているような?




