1「即興歌:推しが欲しい」
「ぐぁっ…!あ゛…っ!」
痛い。熱い、熱い痛い、痛い熱い喉が痛い息ができない、皮膚が、皮膚が、鼻が、口が、煙に燻されて焦げていく。もがく隙もないほどぎっちり棒に括り付けられて、私が死んでいく。
「魔女め!」
「死ね!」
そうだ、死ね、と私を罵る声達は、それだけでは飽き足らず石を投げてくる。
痛い。痛い、消える。私が消える。
魔女じゃない、何回もそう言ったのに。訴えたのに。誰も助けてはくれなかった。…苦しんだ末、焼き尽くされ、私は灰になり、灰は風に乗せられ、遠くへ、そして。
森の奥の小屋で少女として蘇った。
「いや、きっちり魔女じゃん!」
魔女だった。私は、蘇生術?が使えるレベルのちゃっかり魔女だった。
高い針葉樹が敷地外を埋め尽くす、森の中。奥に隠された家で、カラスの頭を3本の指でテクニカルに撫でながら、私は物思いにふけっていた。薄暗い森はゆっくりと時間が流れ、また、風もゆったりと循環する。目を瞑る。
私は、死んだ。しかし生きている。
『私』は三度死んだと言っていい。一度目、記憶の殆ど無い私。二度目、魔女として生き、火炙りにされた私の体。そして、その時に生き延びるはずだった魔女の私は、痛みの中で精神的な死を迎えた。代わりに魂に染み付き隠れていた私が、魔女の私が使うはずだった体を乗っ取った。
つまり、どこか遠い国の体の私、魔女の体の私、魔女の精神の私が死に、今ここに残ったのが遠い国の精神の私ということだ。わからない?いや、私もよくわからない。とにかく、記憶にあるのはうきうきで新しい生活を迎える予定だった魔女の私だ。火炙りの痛みがあんまりにもショックだったもので、今の精神の私が飛び起きたんだろう。
うっとりした様子のカラスに、なんとなく浮かんだ鼻歌を歌う。…ん?このフレーズ…。
「あっ」
そうだ!どうして私は魔女になったのか。私はちゃっかり魔女だが、うっかり魔女でもあったのだ。前世に染み付いた歌を歌ったばかりに、魔女だと噂され、実際に魔女の世界に入らざるを得なくなったのだ。
どうして前世の歌がいけないのか。原因は価値観の違いにある。この世界、特にこの地域で、歌といえばまあクラシック前の民族音楽系というか。ファンタジーRPGの酒場っぽい音楽といえば想像がつきやすいかも。そんなどんちゃんかつ(私達にすれば)単純(魅力的だけど!)なメロディーが基本な世界で、私が歌った歌は、まあ不協和音に聞こえただろう。インターネット音楽というか、特にわざと音を想像から外すような不安定なメロディーだったので、それはそれは不気味に聞こえたのかもしれない。
耐えられなかったのだ…農作業が。あんまりにもみんな暗い顔で、しかも凍えそうな空気が重くのしかかってきていて、疲労度が限界に達した私は、歌ってしまった。もしかしたら、皆お歌を歌えば元気になるんじゃない!?なんて現実の見えていないポジティブな思考で…。
前世が混ざっていた私は、それから浴びた異物を見るような家族からの目に、慌てて前世の私を押し込めたのだった。いや、本当うっかりさんだ。
私の記憶には、田植えをしながら歌を楽しんだ文化があるが、どうにもこの国は寒く、それこそ一年中凍えて、皆鬱のような状態になっているのだ。人間も動物だもの。気温で不安になったりすることあるよねー。冬季うつ病とか、そんなのも聞いたことがある。もう本当にみんな精一杯で、でも働くしかなくて、そんな状態では歌歌いながら働くなんて疲れる事でしかないよね。ハイホーって異常に陽気。
「はあ…」
ため息を吐いた私の頬にカラスがちゅっと鳴き真似をしながらキスをする。ネズミも肩に乗ってきて、首筋をぺろぺろ舐める。うーん、汚いバージョンのプリンセスみたいだなあ。スラムのプリンセス、的な?
「これからどうすればいいんだろう?」
魔女の私がたっぷり溜め込んだ私財、知識、できる事は無限大なのに、やりたい事が思いつかない。これから光の差さない森で、どんよりスローライフが始まるのか。魔女は、どうも蘇ることを知り合いの魔女たちに知らせていなかったみたいだし。
『好きなだけ歌ってよ魔女!ええと…』
「うん?」
カラスが言葉に詰まった。ネズミが肩でちうちう鳴く。
『なんて呼べばいいの?新しい魔女!』
「そうだね…」
知り合いも友達も恋人もいないけれど、これから新しいドドド暇ライフ…じゃなくて自由ライフが始まるんだもんね。新しい名前も必要だ。
「私は…そうだな」
メロディ…メロディア。
「メロディアっていうの!毎日音楽と一緒にニート生活送るからね!」
『ニート…?』
「学びもせず〜働きもせず〜就職活動もしない〜そんな人のことだよよ〜う♪」
ネズミたちがちっちっと笑った。
『不思議なお歌!ねえメロディア!就職活動ってなにさ!』
「これからゆっくり教えてあげる」
ガラスのない窓枠から、蜘蛛の糸が垂れている。その奥には、僅かばかりの太陽光が注がれていた。あんまりな場所だ。けれど、もうしばらく外はコリゴリだし、インドア派の私は家に篭るが最適だろう。それに、一人なら好きなだけ歌える。
「それじゃあまずは1曲、歌っちゃおうかな!?」
ガアーッと野太い声援が贈られる。生憎スポットライトは無いけど、しかもなんだか陰気でキノコの生えた場所だけど、歌を歌うだけで気分は明るくなるはずだ。この世界で今現在、きっと私だけだけど。
「いきます!ごたまぜ創作曲!『推しがほしい』」
ああ。ぼっちでもいいけれど。
…推しがほしい。
その願いは、数十年後、叶えられることになる。とは、この時の私には知る由もなかった。