7話 俺の提案とノーラの二択
「おはようございます」
「おはよう……え⁉」
翌日待ち合わせ場所で待っていたら、涙目でノーラが挨拶をしてきた。
俺は驚いてどうしたのかと聞くと、彼女は泣き出してしまった。
俺はギルドの受付嬢に助けを求めた。
受付嬢はとりあえず部屋へ行きましょうと言い、俺とノーラは一室へ案内された。
「私たち路頭に迷うかもしれないんです!」
いきなりの展開についていけず、俺と受付嬢は顔を見合わせた。
「まず、どうしてそうなったのか教えてくれますか?」
受付嬢が優しく問いかけると、ノーラは少しずつ話し始めた。
「私が……お世話になっている孤児院が、高齢のご夫婦が……個人的に引き取ってくださっている施設なのはご存知ですよね?」
「知っていますよ。経済的に厳しい状況で収入が必要だから、あなたが冒険者になったのでしょう」
「はい。孤児院の責任者は高齢のご夫婦の旦那さまで、その旦那さまが病気になってしまわれて。夫人は足腰が悪く、旦那さまの面倒を見るのが難しいのです。ご家族で相談した結果、息子さんのご夫婦が引き取って面倒を見ることになりました。今後色々とお金が必要になってくるから、家を売り払うことにしたと言われました……」
孤児院は高齢夫婦の敷地内に建てられていて、ノーラは小さい頃にきたという。
息子夫婦からは家だけを売って孤児院をこのまま存続させるというのは難しいと言われたそうだ。
「困りましたね」
受付嬢は眉尻をさげて手を頬に当てる。
「そうなんです! どこか安い家を買ってそこに住めばいいと言われたのですが……」
そんなお金なんてありません、とノーラは涙ぐんで言う。
「いつまでそこに住めるんだ?」
「今月の末には売ると……」
「先日一緒にいた商隊に知り合いがいたって言っていたよな。相談はできないのか?」
「ご家庭がありますから。担保があれば少しは協力できると言ってくださいましたが」
俺は話を聞いている間に思いついたことを口に出したが、ノーラは首を左右に振った。
協力者はいるが、条件を満たすその担保がない。ノーラは行先が真っ暗という状況に立たされてしまった。
「あの、アレクシスさんは剣士でいらっしゃいますよね? どれくらいお強いですか?」
「この間の連中を倒せるくらいには」
「少しでもお金が必要なんです。一緒にパーティーを組んでくれませんか?」
「別にいいが、俺は国外の人間だぞ。活動してもいいのか?」
俺は視線をノーラから受付嬢へ移した。
「冒険者の同行者として行動する分にはギルドは干渉しません。ただ、手柄をたててもギルドから報酬は受け取れません。依頼を受けた冒険者へ全額渡ります。その後、冒険者から同行者へ金銭が流れても法には触れませんので、そういう形でもよければ」
「先日の戦闘狂と解体屋の人たちのような感じです。戦闘は戦闘狂が担当して、ビップポロロを運ぶのは解体屋が担当するというような」
受付嬢が提案と仕組みを説明し、ノーラが分かりやすいように具体例をあげてくれた。
「なるほど。わかったのはいいが、それでなんとかなるのか? 金額は満たせるのか?」
それは、とノーラはうつむいて黙ってしまった。
俺は妹を助けるために一人でも多くの冒険者を集めたい。
彼女は治療師だ。どれだけの技量があるのかはわからないが、人数は一人でも多いほうがいい。
水竜との戦いは激戦になることは目に見えている。負傷した冒険者たちを治療できる人がいるのは安心するし心強い。
俺は決めた。
「俺でよければ家、買うよ」
「え?」
「いやらしい話になるが多少の財産はある。今の手持ちのお金で解決できる範囲内だったら俺が孤児院に代わる新しい家を買うよ。そのかわりと言いってはなんだが、俺の協力者になってくれ」
俺は真剣な表情で真っ直ぐノーラを見る。
俺が今、手札として使えるのはお金だけだ。この機会を逃せばきっとノーラを協力者に誘う機会を逃してしまうことになるだろう。
俺の提案にノーラは驚いて目を大きく見開いた。その後、え、でも、そんなと迷いを見せたが、何かを思い出したようではっとした顔に変わった。
「昨日の妹さんのお話ですか?」
「ああ。訳あって妹を何がなんでも助けたい。俺の提案はこうだ。俺は家を買う。家を俺から買い取るために君は冒険者として協力者になる。協力者している期間が契約期間だ。契約期間が終わったら家を君に譲る。これでどうだ?」
人の弱みにつけ込むのは良くない。それはわかっている。
でも、そんなこと言ってはいられない状況だ。
半年後には、俺の妹と第六王女は水竜に生贄にされるのだ。時間との戦いだ。
俺の真剣な表情を見て、本気で言っているのだとわかった受付嬢が口を挟んだ。
「アレクシスさん。私たちの国では借地権も支払わないと家は買えません。かなり大きい額が必要です」
ギルドの受付嬢は心配する。
土地は国ものだ。家を建てるとき、購入するときは国からその土地の借地権を購入し、契約書を交わす必要がある。その借地権の契約は不動産屋を通して行われる。
「ここに来る前に家の中を整理してきたんだ。贅沢を言わなければまあ大丈夫だと思う」
「わかりました。お願いします!」
俺が受付嬢に説明したと同時、腹をくくったような顔でノーラは提案を受け入れた。
ノーラから見れば、路頭に迷うか俺の提案を受け入れるかの二択しかないのだ。どちらがいいかは言わずと知れる。
「ありがとう。よろしく頼む」
俺は交渉が成立したという意味で手を出した。
ノーラもこちらこそよろしくお願いします、と言って手を出し、握手を交わす。
ノーラは胸をなでおろすような顔をしていた。自分も孤児院にいる子供たちも路頭迷わずにすんでよかったと思っているのだろう。
俺は心の中で彼女に謝った。
新人から抜け出せていない彼女が聞けば、きっと震え上がるだろう。
俺が引き起こす戦いは、冒険業の中でもきっと指折りになるだろう大変な戦いになると思う。九死に一生を得るような、神々に祈りたくなるようなそんな戦いになるだろうと。
巻き込んでごめん。
◇◇◇◇◇◇
数日後、俺はノーラと一緒に不動産屋へ行き物件を何件か紹介してもらった。
その中で築十数年だという家は庭付きの二階建て。
申請書を出せば増築工事もできるという。
金銭的にも手元にある金額内だった。
近くにはパン屋や広場もあり、場所的にも治安の面から見ても良い。
ノーラも気にいったようなので、俺はこの庭付き二階建ての物件を不動産屋の店主と売買契約書を交わした。
彼女と出会ってから十日後の出来事だ。
それが終わると、俺はノーラから息子夫婦を紹介してもった。
「いや、良かったです。幼い子供もいたので心苦しくて」
高齢夫婦の息子はそう言って安堵した顔を俺に見せた。
良心を痛めていたようなことを言っているが、ノーラに今月末にはと焦燥感を煽った経緯を知っている俺としては胡散臭い表情にしか見えなかった。
「あの、もし使わない食器や家具があれば譲っていただけませんか。先ほど孤児院を案内してもらったのですが、どれも古く壊れているものが多くて」
高齢夫婦の収入を考えると、子供たちが縁の欠けたお皿を使っているとか、蝶番が壊れたクローゼットを使い続けていたことも納得できた。
「いいですよ。持っていく荷物は両親の服とか最低限のものだけにしようと決めていますので」
息子夫婦は馬車を一台借りて、高齢夫婦を自宅に連れていくと言った。
俺の国でもこの国でも個人的に馬車を所有しているのは、王侯貴族か裕福層にいる商人くらいだ。
馬は生き物なので当然、餌や馬小屋など経費がかかる。
息子夫婦のような領民の収入では馬を所有するほどの経済的余裕はない。
その後も、特にもめることもなく話が済んで引っ越し作業が始まった。
息子夫婦から持っていきたいものがあれば譲ると許可をもらっているので、俺は遠慮なく真新しそうな食器や家具などを使えそうなものは全て、庭付きの二階建ての家に持って行った。
ノーラや子供たちの個人的な荷物は少なかったので引っ越しは数日で終わった。
引っ越し作業を終えた俺とノーラは食事をするテーブルに向かい合って、本題に移った。
「……」
俺の事情を聞いたノーラは絶句した。
彼女の中の最大の最悪の事態よりもはるかに上回る俺の事情は、おとぎ話に近いような話に聞こえただろう。
「水竜と戦うのは死に行けと言われるのと同義に聞こえたかもしれない。でも君は治療師だ。後衛でできる範囲でかまわない」
ノーラはまだ十五歳だ。
俺だっていくら妹の未来がかかっていると言ってもそこまで冷酷な人間にはなれない。
「……いえ。命の尊さはみな同じです。大丈夫です! 私、出来ることは何でもします!」
意気込んで言ってくれたノーラに俺は自然と頬が緩んだ。
いくら金銭的な関係があると言っても、彼女が本心から言ってくれたのはわかった。
彼女は優しくていい人だ。
「ありがとう」
出会わせてくれた神がいるのなら、感謝しているこの気持ちを直接伝えたい。
「もっと人数が必要なんだ。話せば協力してくれそうな人を知らないか?」
「そうですね。必要というなら魔法使いは何人か誘ったほうがいいと思います。前衛の戦力も必要ですが、後方射撃ができる魔法使いも絶対に必要だと思うんです」
「そうだな。絶対に必要だ」
俺は力強く返事をかえす。俺の国にはモンスターが出ないので冒険者はいない。
だから、新人といっても基本的な知識や必要な役職に詳しいノーラは俺の心強い味方だ。
11月29日魔導士から魔法使いへ修正しました。