5話 冒険者が集う街
初夏の風が俺の頬を撫でた。
太陽の恩恵を受けて青々と育った草が真っ直ぐに伸びている。
フリッツの好意に甘えて、俺は愛馬を馬車と並行するように街道を歩かせている。
「私はノーラといいます」
街人が乗っている馬車から顔を出した治療師のノーラは本当に助かりました、と改めてお礼を言ってきた。
「俺はアレクシスだ。よろしく。商隊と一般の馬車が一緒なんて珍しいな」
「この商隊のまとめ役のかたと知り合いでして」
護衛を雇う余裕がないから、お願いしてくっついているというわけか。
「君は冒険者なのか?」
ノーラがぶら下げている薄い石版に目がいく。
「あ、はい。去年から」
まだまだ新人ですと、彼女は笑った。
「俺も冒険者になろうと思って来たんだが」
「そうなんですか?」
「ああ。どうしても成し遂げたいことがある。協力してくれる……仲間を探している」
「もし私でよければ、協力しますよ」
助けてもらったお礼にとノーラは優しく微笑む。
「本当か? 聞いたら引き返せない話なんだけど」
ノーラはえっと目を瞬いて、ためらいを見せた。
俺は妹を助けるために水竜を倒すっていう話だ。
決して大袈裟じゃない。
「真面目な話なので、街についてからでも」
「そ、そうですね!」
それがいいです、とノーラは動揺した自分を見せないために笑って誤魔化した。
◇◇◇◇◇◇
「あの、お勧めの宿を紹介してもらえませんか」
「宿ですか? うちの客室でよければどうぞ使ってください」
「いいんですか?」
「危ないところを助けていただいたんです。それくらいは」
俺がフリッツに相談すると、どうぞ遠慮なく、と気前のいいことを言ってくれた。
「ありがとうございます」
なんて親切な人なんだと思った。
頼れる人も味方も執事一人だけで、他は誰もいないと思ってここまで来た。
優しさが身に染みる。
「では、お言葉に甘えてさせていただきます。お邪魔になったときはいつでも出ていきますので」
「ははは。大丈夫ですよ。恩人一人世話できないなんて、そんな情けない商人なんかいません。しかし、まだまだ時間がかかりそうですね」
フリッツは長い行列を見て、疲れたような口調で言った。
タンザの街とよばれる門塔前。
冒険者が多く集うこの街は、人間以外にもエルフ族や猫人など多種多様な種族たちが暮らしている。
モンスターが多くいる地域ということあって市壁は厚くて高い。
街の出入口となる門塔の屋根にはこの国の国旗が風に吹かれてはためいている。
荷物袋と商品を積んだ馬車を引いている商人や俺のような格好をした旅人が、門塔へ続く道に列をなして検問の順番を待ち、その門塔には厳つい兵士が数人一組で、順番に商人や旅人たちの検問を行っていた。
「いつもこんな感じですか?」
「今日は多いですね」
「この季節には星祭りという催しがあるんですよ」
馬車からノーラが顔を出して教えてくれた。
「星祭り?」
「今は昼なので見えませんけど、夜になると寄り添うように輝く双子星『イフ』と『ネフ』の星座が見えるんです。この双子はとても仲がいい兄妹なんです。ある日、恋人同士が大樹のまえで『イフ』と『ネフ』みたいにずっと一緒に暮らそうって誓い合ったんです。そうしたら、『イフ』と『ネフ』がその願いを叶えてくれたという昔話がこの地域にありまして」
「へえ。じゃあ、その星祭りの日はいちゃいちゃする恋人同士をたくさん見かけるってことか」
俺は遠くの景色を見るようにつぶやいた。
俺の屋敷がある王都でも、この時期から秋にかけて神々を尊崇した催しや、その地域ならではのお祭りはある。
そして年頃の男女は心ときめく思い出づくりを求め、急に恋人探しをはじめるのだ。
俺の愛情は妹のリリアーヌへ一直線だからその気持ちが理解できないのだが。
「はは。そうですね。あの、アレクシスさんは?」
「俺は妹一途だ!」
俺は自分の中で一番誇れる美点を堂々と告げた。
この言葉を言うと、恋人いない歴が年齢と同じだと言っていることになる。周りから白い目を向けられるか、痛々しい顔をされるのだが、俺は全く気にしない。
「妹さん、ですか」
ノーラは出会ったばかりの俺の発言をどう受け止めるのが正解なのかわからないという顔をした。
「ああ。俺は妹を助けるためにここに来た」
「もしかしてご病気でお金が必要とか、ですか?」
「……それ以外の状態だ」
俺の表情が一気に曇った。声も低くなって、痛みを堪えるような声音になる。
「ええ⁉」
天から地へ転落するように、急にがらりと変わった俺の表情にノーラが驚く。
それと同時、門塔からわっと声が響いた。
気になった俺は顔と身体を半分出して門塔を見た。
そこには巨大な猪を台車に乗せている一団がいた。
「ああ。巨大な野生の猪です。ビッブボロロっていいます。アレクシスさんの街にはいないんですか?」
気になって馬車から降りてきたノーラは説明する。
「田舎の山奥にいる」
「あそこにいる戦闘狂が仕留めたんだと思います。周りにいるのは解体屋ですね」
ノーラは服装でわかったらしい。
「戦闘狂?」
人につけるには異常というか尋常ではない通り名を聞いて、俺は眉をよせた。
「手首と足首に鎖がついている奴か? 奴隷なのか?」
「いえ、奴隷ではありません。この国では人を奴隷にすることは法で禁じられています。あれは、戦闘狂が自分でつけた鎖です。戦闘狂は鎖を身につけてあえて自分に不利な状況をつくり、戦闘中に興奮と戦慄を味わうことが好き……。頭のネジが飛んでいる冒険者です。そういうことをしている人なので同業者、冒険者たちからそう言われているんです」
すごく有名な人です、とノーラは言う。
俺は三日月のように口端をあげて笑っている戦闘狂を眺める。
目を凝らして見ると、たしかに通り名のように戦いが好きそうな顔をしていた。
身だしなみには気を使わない性格のようで髪に艶はなく、眉は太い。
目鼻立ちは悪くないが、目がぎらついているので、大人しい女性は震え上がって逃げそうだ。
背丈は高いほうで、筋骨隆々。
門塔にいる兵士のように金属製の鎧は身につけていない。質素な服の上に革鎧と革靴を履いているだけだ。
武器は剣。革製のベルトに左右に一本ずつ差しているから双剣かもしれない。
数多の男を相手にしてきた酒場の女主人くらいしか相手にできないだろうな、というのが俺の印象だ。