3話 出立の日
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翌日、俺は騎士団の退団の手続きを行った。
上司からは特に何も言われなかった。
騎士団は貴人の警護から街の警備や巡回、犯罪組織の取り締まりなど仕事は多岐にわたる。
今回の水竜の生贄となる『海の乙女』に対しては監視と警護、当日は街の街路の整備、立ち会う陛下や大臣たちの警護、物見にきた民の忠告や誘導などを担当する。
なぜ知っているのかというと、騎士団に入団するとき新人研修の時に講師から聞かされるのだ。
過去に『海の乙女』に選ばれた王女が自殺を図ろうとしたり、逃走計画を立てて騒ぎになったりと色々あるという。
騎士団を退団して七日目に俺は旅支度を整えた。
今の部屋は寝台と机や椅子など数点しかない。
机の上にはだめもとで俺が親戚関係へ送った救援の手紙の返事が雑に置いてある。
執事にしつこく言われたので書いて送ったが、どれも返事は想予想通りだった。
リリアーヌに白羽の矢が立ったことに同情的な言葉はあるものの、巻き込まれたくない、国王から睨まれたくないということがひしひしとわかるような綴りだった。
読んでいて俺は腹立たしさしか沸いてこなかった。
自分たちが金銭に困ったときは父にしがみついて借りに来たくせに。
一番腹が立ったのはリリアーヌの可愛さに一目惚れしたと俺に言ってきた、従兄弟のアーネウスだ。
渋っている俺に将来は彼女と結婚したい、成人したら求婚者したい、本気だからと何度も言ってきたくせに、陛下の決定には逆らえないと書いて送ってきた。
あいつのリリアーヌへの愛情はその程度だったということか。
こういう時こそ真価が問われるというのに。
くしゃくしゃになっている手紙を一瞥もせず、俺は一番使い慣れている剣を磨き、鞘にしまった。
旅用袋を背負い、帯剣し、寂しくなった自室を出て廊下を歩く。
屋敷を出る前に目に焼きつけておこうと、リリアーヌの部屋に入った。
『お兄さま、きちゃだめ!』
体調を確認するため部屋に入ってきた俺を見たリリアーヌは、慌てて布団の中に何かをしまった。
寝台の枕を背もたれにして起きていたリリアーヌは何か作業をしていたようだ。
『なんでだ? 俺だけ仲間はずれにするなんてひどいぞ』
侍女たちがくすくすと笑っている。
『今はだめなの!』
リリアーヌは頬を膨らませる。
『はい、はい』
そんな顔さえ可愛いと俺は思いながら、肩をくすめて部屋を出た。
つい最近の会話だ。
来月は俺の誕生日。
リリアーヌの部屋のテーブルには俺の誕生日プレゼントにするつもりだったのだろう、ハンカチに刺繡を入れたもと裁縫道具が中途半端なままで置かれている。
――必ず助けに行くからな。
決意を新たにした俺はリリアーヌの部屋を出て、玄関に向かって廊下を歩く。
廊下は花瓶も絵画もなくさっぱりしている。
階段を下りて玄関先まで行くと執事が立っていた。
執事は父の代からこの家に仕えている。
日に日に売られて無くなっていく家具。
俺から事情を聞かされて、解雇を言い渡されて、涙して辞めていく侍女たち。
執事は今日まで、それをずっとそばで見てきた。
いつも背筋を伸ばし、きっちりと髪型も整え、身だしなみには厳しくしている執事が、今日は少しやつれて見えた。
俺が生まれた時からいるので、気持ち的には孫に近いのだろう。
力になりたいがどうすることもできないもどかしさと悲痛が見てとれた。
「ぼちゃま」
「俺はもう子供じゃない。その呼び方はよせ。――後は頼む」
俺はリリアーヌの部屋を除き、必要最低限の家具だけを残して、残りは現金にするために全て売り払った。
使用人も執事を残して、他は解雇した。
「申し訳ございません。――承知いたしました。どうぞお気をつけて」
「ああ」
俺は玄関の扉を開けて、愛馬に荷物を括り付けて乗った。
顔を上げれば、空には太陽の周囲に光の輪――暈がかかっていた。
いい天気だ。
こんな日にリリアーヌと一緒に庭先で紅茶を飲んだこともあったな、と懐かしく振り返る。
「行ってくる」
俺は愛馬に合図をだして走らせ、屋敷を出た。
この王都で頼れる人は誰もいない。
いないなら他で探すしかない。
俺は『海の乙女』に選ばれたリリアーヌを助けるために王都を出た。
もう、頼れるのは自分自身だけだ。