彼女の瞳の中に……僕がいた。
玲瓏学園……。
所謂エリート学園である。幼稚園から大学までエスカレーター式で進学出来て、将来を約束された人だけが通える。学生数1000人・教員数は50人程なのに、東京ドーム3個ほどの広大な敷地面積があり、中には学生寮や食堂・体育館の他に研究施設や公園・ショッピングモールまであり、生徒は幼稚園児のときから、だだっ広い寮で生活している。ここにいる生徒は幼いころから親元を離れて、得意とすることに専念して一生を過ごすこととなる。
そんな学園に転校生がやってきた。
双葉 雫
髪は腰までの長いストレート、細身ながら体は凄くしっかりしている。この学園に制服などないのだが、彼女は上下を白で統一されて、一本の黒のラインの入ったスカートを履いていた。胸元には黒のスカーフをしていて、足元には踝までの白のソックス、靴は黒のローファーを履き、膝上のスカートから白い足が伸びていた。おそらく前の学校の制服だろう。顔立ちは美人顔だが鼻は少し低めで愛らしさを醸し出し、口は結構小さめ、顔の面積は小さいのに耳は少し大きい。彼女の特徴はなによりも瞳だ。切れ長の少し吊り上がった目の中に大きめの瞳が鎮座している。何もかもを見透かすような、それでいて何を考えているのか読むことのできない瞳が注目を集めた。
外部からの転校生というだけで物珍しいのに、その容姿にほとんどの人が心を奪われていた。僕も彼女に心を奪われた一人だ。彼女は今、全学生と全教員がいる体育館で自己紹介をしていた。
「よろしくお願いします」
彼女はそれだけ言うと、後は知らんとばかりに黙りこんだ。教師は慌てて話し始めた。朝礼の後、この学園を知らない彼女のガイド役を、担任教師から命じられた。同じ1年というのもあるが、なぜか彼女が僕を指名したからだ。
音無 響也
来月の17日に僕は誕生日を迎えて16歳になる。
彼女の自己紹介のためだけに、みんな体育館に集まったのだが教師の話も含めて10分もかからず終わり、そのまま解散となったので、生徒たちはそれぞれの教室に向かうものと、寮や家に帰るものがいた。ここは基本的に生徒が何をするかは犯罪にかかわなければ自由なのだ。
「僕たちは教室に戻ろうか」
僕は教室に戻る為、彼女に話しかけた。彼女はコクンとうなずくだけだった。
無口な彼女に僕なりに話しかけるよう頑張ってみた。
「それにしても転校生なんて珍しいね、よくこの学園に来れたよね」
「……」
「ここに来る前はどこのいたの?」
「……」
「えっと……」
「……」
ダメだ……。何も答えてくれない。嫌われてるのかな……僕。でもガイド役に僕を選んだのは彼女なんだよね。あれ? あの時、担任の黛先生と何か話した後、二人で僕のところにきたけど、あの時の会話っておかしいよな。だって先生は、僕のガイド役は彼女が選んだっていったのに、彼女は僕のことなど興味なさそうだった。それに何より先生が僕を紹介するときに、苗字でしか読んでいないのに彼女はこう言ったんだよね。
「よろしく、音無響也君」
なんで僕がガイド役に選ばれて、なんで僕の名前を知ってるんだろう。
いろいろ考えているうちに1年の教室に着いた。
「ここが僕らの使う教室だよ。 この教室には双葉さんを含めて12人しかいないから」
「12人……」
12人で使うには、かなり広い。
「ここでは外の常識は通じないと思ってください。この教室以外の1年は別の教室にいます。先生は巡回で廻ってくるぐらいで、基本的には生徒が自由に勉強というか研究をしています」
「……」
「あっ、大事なことがあったんだ、寮に住むのかな? 場所は聞いてる?」
「……」
「ほとんどの人は寮に入ってるけど……、寮っていっても一人20畳の部屋が3つもあるので、寮って感じはしないと思うけど……」
「寮には入らない……新しく出来た家に住むので……」
「ええ! 新築の……?」
僕は驚いてしまった。この学園でそんなところに住むのは、ほんの一握りだ。しかも新築……、確か寮から3キロほど離れたところに家が出来たのは知っていた。
「も、もしかして理事長の知り合いとか……?」
首を横に振る双葉さん。
「そ、そう……」
それ以上のことは何も聞けなかった。
「と、とりあえず授業は自由だから」
「……」
「この教室に通うのも自由なんだけど、放課後は施設の案内をするから来てね」
「……わかった、ありがとう」
それだけ言うと双葉さんは、教室の中には入らず世間でいうところの校舎を出て行った。
僕は彼女の後ろ姿をただ黙って見送っていた。
この玲瓏学園は、真ん中に6校舎が建てられてある。階は5階まである。その周りを囲むように寮がいくつか存在している。ほとんどの生徒は、その寮で過ごしている。寮とはいえ、与えられた敷地面積は学園の外の一般常識を、はるかに超えている。その向こうに一軒家が点在していて、さらに奥には公園が円を描くように広がっている。さらに先にはショッピングモールや娯楽施設が点々としていて、その奥に研究施設などがあり学校を卒業した者が、自分の続けてきた研究をしている。さらにその奥の外周に公園がまた広がっている。そして、外周を囲う形で巨大な塀が立っている。学園内はインフラがしっかりと整備されていて、研究に没頭できるようになっている。
この学園に落ちこぼれは存在しない。
いろいろな施設があり、卒業生たちのほとんどが研究を続けている。
しかし、学園でもっとも大事にされているのが現役の学生たちだ。
だからこそ名称が学園なのである。
その日の夜、南にある僕のいる寮に、担任が僕を訪ねてやってきたのだ。僕はオートロックを解徐して担任を部屋に招き入れた。
名前は黛 千都。
年齢は25歳とまだ若いうえに結構イケメンだ。常にサングラスをかけていて表情はわかりづらい。瘦せ型で身長は180を超えているのにどっしりとしていて、それでいて着ている黒のスーツを上手に着崩している。
「どうしたんですか? 先生って第3地区に住んでましたよね」
第3地区とは一軒家のある地区の総称だ。僕のいる寮のある場所を第2地区と呼んでいる。
「キミにお願いがあってね」
お願い? 先生は確かにそう言った。
「なんでしょうか?」
僕はなんだろうと普通に疑問に思ってそう答えた。
「双葉君へのガイドなんだが……1ヶ月で敷地内全部をまわって終わらせてほしいんだ」
「え? 校舎内だけじゃなくってです……か」
「授業には出なくていいからそっちを優先してほしい。 じゃ、頼んだよ」
それだけ言うと先生は寮を出て行った。
「え……、ちょ、ちょっと……」
僕はそのまま固まってしまって、そのまま動けなくなっていた。
「敷地全部って……」
次の日、僕は朝から双葉さんが登校してくるのを待った。しかし彼女は来なかった。
まあ、来る来ないは双葉さんの自由だし、昨日の約束時間は放課後だったからなぁ。こんなことなら連絡先を聞いておけばよかったかなと少し反省した。しかし、放課後になっても彼女は来なかった。
そして、夜の零時を過ぎた頃、インターフォン越しに双葉さんと黛先生の二人が僕を訪ねて寮に訪れた。
「こんな時間に……何の用ですか?」
完全に眠っていた僕は叩き起こされて寝ぼけ眼で答えた。
「夜分遅くに住まない、実は……今日は朝から23時頃まで彼女に、君が施設の案内をしていたことにしてほしいんだ」
え? なんでそんなことを?
「理由は聞かないでくれると助かるのだが……」
黛先生はマジメに話しかけてきた。
「ダメかな……」
もしかしてこの二人って……
「あの……二人はつきあってるのでしょうか……?」
僕の問いには答えず黛先生は話を続けた。
「どうだろう、話を合わせてくれないだろうか?」
先生は僕の顔をマジマジと見つめてながらも無表情だった。そして、となりにいる双葉さんの視線は、空を眺めていた。
「わかりました、いいですよ」
「本当に! よかったぁ!」
双葉さんは手を叩いて喜んで見せた。しかし、その目は空を彷徨い感情はこもってない感じ。まるで演技のような……。
「恩に着るよ、それじゃあ私たちは失礼するよ」
黛先生はそういって帰ろうとしたが、何かを言い忘れたみたいで、こちらに再度振り向き念を押した。
「今後も何度か頼むことがあるかもしれないが頼む」
二人は無表情な顔をしながら去っていった。
僕はそんな二人に、違和感を感じながら床についた。
「順調か?」
「問題なし」
「ただ、まだ地形の把握が完全とは言えない」
「そうか、まあ彼には1ヶ月の案内役を頼んでいるので、大丈夫だろう」
「それだけあれば準備は間違いなく整う」
「名簿は準備が出来次第に渡す」
「了解です」
その日の夜は異様に静かだった。
何日か経ったある日の朝、双葉さんは学校に朝から来た。
「おはよう、双葉さん」
僕は教室の扉の前で、彼女に挨拶をした。
「……おはよう」
彼女は小さな声で挨拶を返した。
「あの、双葉さんさえよければ、今日は朝から施設を案内するけど、もちろん先生からもOKでてるんだけど、どうかな?」
「あ……お願いします」
僕の問いに素直に答えてくれた。
「よかった……じゃあ、早速行こうか、今日はどこから廻る?」
「あ、それじゃ研究施設のほうからでいいかな?」
「え? 先に遠いところから行くの?」
「……ダメですか? そっちの方が後が楽かなと思って」
「なるほど、わかりました」
僕は荷物を取りに教室に再度入った。僕と彼女を除いて10人しかいないクラスメイトの一人から声をかけられた。
「響也! どうだ! 転校生! おかしなところとかないか?」
「なんだよ拓海」
話しかけてきたのは西園 拓海だ。
彼とはよく一緒にいることが多い、友達と呼んでいいかは微妙なところだが、一応友達の一人だ。
「おかしなところって何だよ! 失礼だろっ!」
僕は言い返した。
「だってよ! 転校生だぜ! この学園に! ありえないだろっ!」
「とは言っても絶対にないなんて言い切れないだろ」
「そうなんだけど……何か裏があるような気がするんだよなぁ」
こいつ……黛先生と双葉さんの関係に気づいてるんじゃないよな?
「とにかく、彼女の案内役を頼まれてるから、じゃあね」
「え、今から行くの?」
「全施設を廻らないといけないので……」
「は? 校区だけじゃなく全施設?」
「先生にそうしろって頼まれてるんだよ」
「ふ~ん、それで日にちがかかってるのかぁ、まあ気をつけろよ、なんか裏がありそうなんだよな」
「どんな裏だよ」
僕は拓海に軽く手を振って教室を後にした。
そして1ヶ月後、何ごともなく過ぎて、僕の頼まれ事は終わり、双葉さんは学校には来なくなった。この学校では生徒は自由だ。
僕は今日はやる気が起きないため、教室を出て寮に帰ることにした。ここにいても特に何かをするでもなくて、集まったみんなで遊ぶだけだし、寮で一人の方が効率よく勉強ができる。僕は人間の第六感について勉強している。勉強というより研究と言った方があっているのだが、ここでは勉強と呼んでいる。人の能力の限界やその先に何があるのか……。その為に人を観察したりするので、極力学校に行って同級生を観察するようにしている。時折、教室に顔を出す先生に質問をしたりもする。なので本当は学校に残ったほうがいいのだが、今日はやる気が起きなかった。それなら自分の部屋で本を読んだりしたした方が、効率は上がると思ったのだ。
帰っている途中に、夕食のおかずを切らしていることを思い出して、ショッピングモールへと足を延ばすことにした。映画館の手前にショッピングモールがある。僕は入り口近くまで来た時に気づいた。黛先生と双葉さんが映画館に入ってゆくのに……。
僕はなぜか気になって、こっそりと後をつけて中に入った。
まばらにしかいない映画の一番奥の席に二人は座っていたので、気づかれないようにしながら二人の二つ手前の席に座った。人がまばらなせいか一応ここからでも彼女たちの話し声は聞こえてきた。
「名簿だ」
「3+1か」
「順番は任せる」
「+1は3人目のついでにする。 今は泳がせておく,今もすぐそこで泳いでいるので、そのほうが楽だ」
「わかった」
何の話をしてるんだろう。少なくとも僕には恋人の会話とは思えなかった。
彼らはその後は無言になり、エンディングロールを見ることなく映画館を出て行った。
ー3週間後ー
事件は起こった。研究施設の人が行方不明だというのだ。その情報が教室にいるとき、僕のところに拓海より運ばれてきた。
「この施設内で行方不明? それホントなのか?」
「ホントだって、この耳で確かに聞いたんだから間違いない。 なんか事件の匂いがしないか?」
「う~ん、ここでの生活が嫌になって逃げだしたとかは?」
「ま、可能性はなくはないけどさ、行方不明なのは変わらないじゃん」
確かにそうだ。しかし逃げだす理由がわからない。
なにもかもを保証されたこの学園の何が気に入らなかったんだろう。
なかには、そういうのを窮屈に感じるという人がいるにはいる。
でも大抵の人は満足していると僕は思っている。
本当に事件に巻き込まれたとかなのだろうか?
「で、行方不明になってる人の名前は?」
「聞いて驚くなよ。一条寺 直人さんだ」
「え……、お、おじさん……が……」
僕の母親の弟……それが一条寺 直人だ。
彼はこの学校を卒業して、一度外界へと出て外は性に合わないと言ってここに、舞い戻ってきて心理学の勉強をしていた人物だ。その彼が自ら行方をくらまして外に出るはずがない。
「うそだ……」
「そう思うだろ、絶対に事件に巻き込まれたんだって」
拓海はさらに続けた。
「推測だがオレは双葉さんが絡んでると睨んでる」
彼は自信満々だ。その自信はどこから来るのだろうか。
「なんでそう思うんだ?」
「へ? 何となくだ!」
彼は胸を張った。
「憶測でなんでそんなに威張ってんだよ、証拠もなしに人を疑うのはどうかと思うぞ」
「で、でもな~んも事件らしい事件も起こらない学園内で、行方不明事件だぜ」
確かに事件なんてほぼ起きないこの中では珍しいことではある。もし事件が起きても小さなものばかりだ。でも、だからと言って簡単に人を疑うのは違うと思う。
「彼女がここに来て2ヶ月程たっているじゃないか」
「何言ってんだよ、一条寺さんがいないことがわかったのは、ここ2、3日の話だ。もしかしたらもっと前から行方不明になってたかも……」
「それを言ったら僕たちも事件に絡むことは可能じゃないか」
「それは確かにそうなんだが……」
彼の言い分だと誰が犯人でもおかしくない。そんなことで双葉さんを疑うようなことはしたくない。それに黛先生とのこともあるから、いろいろ聞かれたくないだろうしな。
「じゃあ、お前は誰が犯人だと思う?」
「まだ、誘拐事件とも殺人事件とも決まってないだろ!」
「い~や、絶対に双葉さんが関係してるはずだ」
「その自信はどこからくるんだよ」
「ん~、あえて言うならカンだな」
はあ……、もう無茶苦茶だな。彼女と黛先生との約束もあるからここは、僕が一肌脱ぐしかないな。
「そこまで言うなら僕が彼女の無実を証明してやるよ」
その言葉に拓海は笑みを浮かべて答えた。
「おもしろい」
こうして、張り込み生活が始まった。
2週間が過ぎたが、彼女に動きはなかった。その間、黛先生が2回訪ねて来ただけだ。
「黛先生と双葉さんってつきあってるの?」
「なんで、そう思うんだ」
「いや、彼女の家に来たのって黛先生だけじゃん」
「あの先生はどの生徒のところにも週に2、3日は顔を出してるぞ。僕たちのところにだって来てるだろ」
「でもさ、来る時間が遅くないか? 21時とか過ぎてるじゃん、一人暮らしの女の子のところに来る時間じゃないだろ」
「黛先生にも、いろいろあるんじゃないかな? みんなのところを廻ってたら時間もかかるだるうし……」
僕は何とかごまかそうと焦ったが、杞憂に終わった。
「ま、それはないか。だって来て10分程で帰っちゃうもんな」
そうなのだ。先生は恋人である双葉さんに会いに来ているはず……、にしては短時間で帰ってゆくのだ。まあ、家を見張って2週間だけのことだから何とも言えないが、それから、さらに2週間が過ぎても双葉さんは家から出てこない。そして、見張り始めて2ヶ月もたつのにだ。先生もその間、彼女に会いに来たのは4回だ。僕たちは朝から深夜まで24時間、交代で見張ってるから間違いない。
僕たちがこんなことをしている間に新たな行方不明事件は起こった。今度は教師だ。僕の教室の受け持ちではないが、中学2年を担当していたようだ。名前は堂本 孝三郎。僕自身は一度も会ったことのない先生だ。彼は2日前まで教室に顔を出していたそうだ。自身が担当するクラスで今日は試験をするからと、生徒に出席するように言っていたらしい。
そんな人が行方不明?
これは確かに事件の匂いがする。
僕たちはショッピングモールに来ていた。拓海が買い物をしたいというので、つきあっている。
「事件の可能性が出てきただろ?」
確かに、今日は試験をするとか言っていた人が、自ら失踪するとは思えない。事件という事件の起きなかったこの玲瓏学園で何が起こっているんだ!?
僕が考え事をしていると、双葉さんが現れて僕に話しかけて来た。彼女の家を張ってから、今まで外に出なかった双葉さんが、ショッピングモールに来て話しかけてきたのだ。
「あの……、話があるのだけれど……」
僕と拓海は目を合わせて固まった。
「何の話かな?」
「こ、ここでは……ちょっと……」
彼女は拓海をチラチラ見ながら話してきた。
なんだろう? 拓海に聞かれたくないことかな? もしかして黛先生とのことかな?
「わかった、あっちに行こうか?」
死角になる場所に彼女を誘導した。
「ちょっと待っててくれよな! 拓海!」
「いいよ、先に帰るわ! じゃな!」
そう言うと拓海は帰ってしまった。買い物もまだなのに……。ま、いいか。
「それで、話って……」
死角となる場所に彼女を連れてきた僕は、何の用があるのか聞いた。
「あ、あの……西園君て……彼女とか……いるの……かな?」
「え? 拓海? いないと思うけど……」
え? なに? どいうことだ?
「そう、よかった……」
え? あれ? 双葉さんて……、黛先生と……? 違うの!?
「あ、あの、双葉さんて黛先生と付き合っているんじゃないの?」
「え? 彼は従兄です……けど」
い・と・こ!!
そうだったのか! 僕の勘違いか! それはいいとして、何で拓海!
「ひとめぼれ……なの」
彼女曰く、転校初日に会ってビビッときたという。ま、僕には関係のない話だね。初めて見た時、恋心を抱きそうになったことは、絶対に内緒だ。
「それで、よかったら……、紹介して……くれない……かな」
「え……、拓海をー、ま、いいけど……」
「ほんと? じゃあ、お願いするわね! 明日は学校に行くから! 」
彼女は、もうお前には用はないと言わんばかりに、僕に背中を向けて去っていった。
この学園内には、学園専門の警察とか消防署とかが存在している。だから今回の事件に関して当然、行方不明・殺人などの事件の可能性で警察も動いてはいる。しかし、学園内の警察は無能だ。
なぜか? それは素人みたいな連中しかいないからだ。
そもそもこの学園内で事件が起こることがまずない。起きたとしてもペットの捜索とか園内の清掃に参加するくらいだ。だからなのか、ここに配属されるのは、何年も現役から遠のいた年寄り連中ばかりだ。そのうえ現役時代もデスク作業ばかりだった人たちだ、彼らに事件解決はほぼ無理だろう。
直人さんが家出とかの可能性はまずありえない。彼はここの生活を気に入っていた。彼が何の事件に巻き込まれたのか、まるでわからない。僕なりに考察してみようともしたが、全然わからない。
そもそも2つの事件に関連性はあるのだろうか?
または単一の事件が重なっただけなのだろうか?
全くわからない。
僕は教室の自分の椅子に座って、そんなことを考えていた。今、僕は双葉さんと拓海を待っている。双葉さんとの約束を実行するためだ。
「よう! 響也! 今日は学校に来たんだ」
拓海が僕に話しかけてきた。
今日は……って、お前も久しぶりの学校だろ。
この2ヶ月程は、一緒に双葉さんの家を24時間、張っていたんだから。
「お前に話があってな」
オレに?
オレはお前に話なんかないけど……という顏をしてた。
そこにタイミングよく双葉さんが現れた。
「双葉さん、おはよう」
「お、おはようござい……ます」
「お、おう」
あれだけ家を見張って、一歩も家から出てこなかった人物がいることに、拓海は驚いていた。
「じゃ、行こうか」
二人が揃ったのを確認した僕はそう言った。
「え? え? 行くってどこへ?」
拓海は僕にそんな疑問を投げかけてきた。
「屋上に……」
双葉さんが答えた。
「ん~、そうだなぁ、屋上に行こう」
僕の発言に、コクンと頷く双葉さん。
なんで?
小さく呟く拓海。
僕は二人を教室から連れ出した。
屋上の扉を開ける前に、双葉さんが言った。
「心の準備をするので、先に屋上に出て待っててほしい」
「わかったよ」
僕は、とまどっている拓海の手を引っ張り、屋上へと出て扉を一旦閉めた。
「誘導成功 これよりミッションを開始する」
「了解」
この学校の屋上は常に開いている。自殺をするような人もいなければ、殺人を犯すような人もいないというのもあるが、もし、万が一に備えてフェンスはジャングルジムのように囲まれている。さらに外側は透明なアクリルのようなもので覆われている。なんでも防音機能のある特別なものだそうだ。
僕と拓海は、フェンスに倒れるように体を預けて、景色を眺めながら双葉さんが来るのを待っていた。
「お、お待たせ」
その声に僕たちは振り向いた。
「なんか、オレに話があるって響也から聞いたんだけど……」
拓海の話してる途中、僕たちはそこで固まった。まるで別人のように立っている、双葉さんがそこにはいた。どう表せばいいのかわからないが、体全体から何かオーラのようなものが出てるような気がするし、威圧感をおぼえる。それにとにかく、瞳が鋭くなり表情が恐ろしいのだ。そこに大人しい感じの双葉さんはいなかった。
「ど、どうしたの? なんかこわいよ、今から告白……するんじゃ……」
僕は彼女に話しかけた。双葉さんは何も言わない。答えない。そして、一歩一歩、こちらに近づいてくる。まるで、獲物を狙う鷹のような鋭い目つきで、こちらの動きを観察している。
業を煮やした拓海が動いた。
「なんかわからないけど、オレもう帰っていいだろ」
そう言って双葉さんの横を通りすぎた拓海は、そのまま立ち止まった。
一瞬、瞬きをした瞬間に双葉さんはその場からいなくなっていた。そして拓海の頭が体から音もなく静かに離れた。そして、屋上の床に落ちた拓海の頭は、大量の血が噴き出し辺りをドス黒く真っ赤に染めた。
え? なんだ!? 何が起きた!?
あまりにも突然の出来事で思考が追いつかない。
戸惑いを隠せないでいる僕の目の前に、双葉さんが不気味な顔をして立っていた。大量の血が拓海から噴き出したのに、彼女は返り血を一滴も浴びていなかった。さらに不思議なのは、双葉さんは武器と呼べるようなものは何一つ持っていないのだ。僕には彼女が右手を動かしたように見えたのだが、気のせいなのかな。のんきにそんなことを考えている場合ではなかった。
「おまえを殺す」
彼女の放った一言に僕は恐ろしくなって、その場から動くことができなくなってしまっていた。そこに僕の知ってる双葉さんはいなかった。彼女は、右手を動かして手刀をするかの如く構えた。そして、不気味な表情のまま右手を、僕の目の前で軽く振った。咄嗟に目を瞑った。何も起きない。恐る恐る目を開ける。双葉さんは目の前にいなかった。そして、僕の前髪がパラパラと目の前で落ちていくのを見て、慌ててドアを目指した。
まだ死んでない、生きている! 早く逃げないと殺される!
と思い一目散に走った。もうすぐでドアの取っ手に、僕の手が届きそうになったその時、誰かドアを開いて屋上へと入って来た。そいつはドアを閉めて出入り口を塞ぐようにして立った。
「やれやれ、双葉君、遊ぶのもほどほどに頼むよ」
黛先生! いったい何が起きているんだ!
目の前に黛先生が立っていた。
まさか!
拓海の言っていたことを思い出した。あいつは言っていた。双葉さんが犯人だと……。拓海は憶測だったのかもしれない。それに黛先生も加担しているのか……。
この屋上から逃げるにはドアを開けるしかない。でも、そこには黛先生が立ちはだかっている。逃げるためには先生を倒すしかない。僕は意を決して彼に跳びかかった。しかし腹部にパンチを一発もらい屋上の中心ありたまで戻され僕は倒れこんだ。僕は起き上がって正面を見た。そこには、どこから出てきたのか双葉さんが立っていた。
「ここでの最後の殺しなんだ、ゆっくり味合わせろや、音無響也君」
最後? 間違いない、犯人は双葉さんなんだ。でも、なぜ彼らを?
どうせ死ぬのなら、いろいろ聞いておこう。
死ぬのがコワイのはコワイに決まってるが! ただ死ぬなんてゴメンだ!
いろいろ考えていると、なんだか冷静になってゆく自分がいた。落ち着いてきた僕は、辺りを見回していた。ここから逃げないと、確実に殺される。
「2件の行方不明事件は、君がしたことなのか?」
「ああ」
「殺したのか?」
「ああ」
こうして、ハッキリ本人の口から聞かされると、なぜ殺したのかが本当にわからない。
「なぜ、殺した……」
「なぜ? 依頼されたからさ」
「オレは任務を遂行するだけ……」
一人称が変わった? なるほど、こっちが本性ってわけか!
「任務? ……君は殺し屋か何かなのか? それに、誰がこんな依頼を……?」
「知らねえよ、オレはただ殺すだけだ」
「もしかして、黛先生が依頼者なんですか?」
扉の前で黙ってこちらを見ている先生に聞いた。
「……私は依頼者から頼まれたことを、彼女に伝えるのが仕事だ」
「そして、依頼を遂行するのが彼女の仕事だ」
なんだよ、それ。
この二人、殺人を仕事にしてるのか!?
「オレは殺しが出来ればそれでいいんだよ、依頼者が誰かなんてどうでもいいのさ」
く、狂ってる!!
彼女はそのために学園に来たのか!?
ん? でも、黛先生は彼女と同じで外から来た人だけど、2年以上前からいるよな?
僕は疑問に思って聞いてみた。
「でも、先生って2年以上前にこの学校に来てましたよね」
黛先生は口を開いた
「まあ、いいでしょう。あなたが死ぬのは決定事項なので、最期にいろいろ教えて差し上げますよ」
「計画自体は、私がここに来る前からあったんです」
「依頼が来てから、すぐに私はここに飛ばされました、組織のリーダーによって」
そんなに前から? しかも関わっている者が他にも!!
「ずいぶんと時間をかけるんですね」
「ここに来てからも、外での依頼もこなしてますから時間がかかるんですよ」
「それに、双葉君にここで殺しをしてもらうために、それと今後のことを考えて立地の把握をしてもらう必要があるんですよ」
つまり僕は、案内役の名目で利用されたって理由か!
「これ以上のことは何も話せません」
「双葉君、そろそろ終わらせましょう」
双葉さんは、僕を見て薄気味悪い笑みを浮かべている。
ダメだ! とにかくここから逃げないとっ!
一か八か、ドアを開けようと思い切ってダッシュをした。しかし、ドアにたどり着くことはできなかった。僕は転んでその場に倒れ込んでしまった。
何かに躓いたわけでもないのになぜ?
僕は足元を見た。左足が……、膝から下がない。僕はその光景を見て、今更ながらに痛みを感じて大声を上げた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うるせえなぁ、片足がなくなったくらいでワメくな!」
痛みに耐えながら僕は、消えた足を探した。左足はすぐに見つかった。双葉さんの後ろに転がっていたのだ。いつ、切られたんだ、彼女が動いた形跡はない。そんなことを考えながら双葉さんを見ていると、彼女と目が合った。僕は左足がなくなったのもあるが、それ以上に彼女の瞳の恐怖に支配されて動けなくなっていた。双葉さんは、なんの音もなく右手を横に振った。1秒ほど周りの時が止まったような感じがした。その後、激痛が走って悶えながら、うめき声をあげていた。直後、僕の右足は膝元からきれいに切れた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痛いっ! 痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!
僕の両足はどうやったのかわからないが、双葉さんによって切断されてしまった。両足がなくなり動けなくなってしまい、その場で伏している僕の首に、双葉さんは左手をかけた。そして女とは思えない力で、僕を持ち上げた。僕は最後の力を振り絞り彼女を見た。薄れゆく意識の中、彼女の目を見た。
彼女の瞳の中に、何もできずに死を待つだけの僕がいた。
意識が遠のいてゆく。
何もわからないまま、僕は死んだ……。
死んだ僕に彼女が話しかける。
「おつかれさん」
「依頼完了」
オレは、さっきまで人だったものを捨てた。仕事は終わったのだ。
「後の処理、頼む」
「ああ」
その言葉に一言だけ返す黛先生。それを聞いてから、オレは屋上の扉を開けて階段を下りてゆく。途中で3人程の人とすれ違った。黛先生の配下の後始末部隊だ。彼らが後のことは、なかったことにしてくれる。
オレは2、3ヶ月後にはこの地を去る。その間は普通に学生でもしてみようかな。と、言ってもかなり特殊な学校ではあるが……。しばらくは家で大人しくするか。
1ヶ月後、
双葉雫は学校に来ていた。音無響也と西園拓海の捜索願いが出された為、学校側でも捜してみよう、という連絡がきた。双葉は形だけではあるが、この呼びかけに参加する。だが、双葉の本当の参加理由は、殺しの対象が一人増えたからだ。その為の下調べを兼ねてのものだ。彼女にとっての殺人は生きがいそのものなのだ。彼女の攻撃のスキルが、どうやって身に着いたのかは誰も知らない。だが、彼女はこれからも人を殺め続けるだろう。
その内に悪魔の心を隠しながら……。